第31話 ミレニアの領都訪問②

 公爵の許しを得て、治癒魔法をかけることが可能になった。


 ……なんで王族の姫である私が、一貴族の許可を得るのかって?


 そりゃあ、王族だからといって、領地の統治者に無断で範囲魔法を突然かけてはまずいでしょう?


 と、そんなことを説明している場合じゃないわね。

「では、行きます」

 ごくりと、公爵家の人たちが息を呑む。


範囲浄化エリアピュリフィケーション!」

 災いをもたらすものを消す。そして、体を冒されている人たちの回復を……!

範囲回復エリアヒール!」

 私の体から溢れ出た魔力は、私の足元で光り輝く二つの魔法陣を展開し、そこを中心に広がって、金色の光が領都を覆っていく。


「話には聞いていたが、領都全体に治癒魔法など……!」

「奇跡だ!」

「奇跡の姫、いや、聖女様だ!」

 災いに頭を悩ませてきた、公爵をはじめとした人々が、祈るように私の前に傅き出す。


「……そうだ! 城勤めのもので症状が出ているものを隔離した小屋……、そこにいるもの達の確認にいけ!」

 公爵が、使用人に指示をする。


「はっ!」

 執事だろうか。バトラー服を着た年配の男性が、彼の部下と思わしき若い男性を伴って、走っていく。

 そうしてしばらく待っていると、彼らがようやく戻ってきた。


「ご主人様! みな、治っています! もう何も異常はないと……!」

「奇跡です! 奇跡が起こったのです!」

 離れの小屋に向かっていた二人が、こちらに駆けて叫びながら報告をする。

「なんと!」

 公爵も、驚きの声をあげる。


 ……マナー的にはダメなのだろうけれど、よほど嬉しいのよね。


 その、マナー違反と知っていながらも、走り、叫ばずにはいられない彼らを見て、私は微笑ましく思えた。

 そして、この地を救えたことに、胸が温かくなり、そして、人々を救えた自分が誇らしいと思えた。嬉しかった。


 ……私には、力がある。そしてそれは、人々を救い、喜びをもたらす力。


 私は、ようやくになれたことを実感するのだった。


 すると、公爵の城の門前に、人が集まり出した。

「病が治ったんです!」

「あの光はなんですか⁉︎」

「子供の病が……どうにもならなかった高熱があっという間に下がったんです!」

 衆人たちは口々に何があったのかと問い寄せる。


 そこには貴族もいるし、平民もいる。

 そして、その人数はどんどん増えていった。


「ねえ、アルストリア卿」

「はい、ミレニア姫様」

「多分、彼らは何があったのか、知らされなければ、このままここに詰め寄ったままかもしれません」

「……確かに」

 そう呟くと、アルストリア公爵が悩ましげに逡巡する。


「姫様、ご到着されたばかり、しかも偉大な魔法を行使していただいたばかりで恐縮なのですが……お体に触りがないようでしたら、領民に挨拶をしてはいただけないでしょうか。是非とも、この領都を救ってくださった姫様を皆の前で紹介したいのです」

 公爵は恐縮しているらしく、額に汗を流しながら、しきりに頭を下げる。


「確かに、災いは去ったと、民に宣言するのは良いでしょう。彼らが安心できますもの。……私は大丈夫です」

「……では、すぐに準備をさせましょう!」


 そうして、場所は公爵の城の二階にある中央テラスから顔を見せることに決まる。

 領都の警備兵たちが、手分けして領都内に周知事項があると触れて回ったそうだ。


 私とマリアは、その間、そして今日滞在するための部屋を提供してもらう。

 領民の前に立つのだとしたら、旅の中での服ではどうかと、マリアが提案してくれた。

 なので、私は、王家の娘としては恥のない、けれど華美すぎないドレスに着替えたのだった。


 そして、ちょうど準備を終えた頃に、部屋のドアがノックされた。

「ルークです。お話をさせていただきたく参りました」

「ええ、ちょうど支度が整ったところだわ。入ってちょうだい」


 私が許可を出すと、ルークがドア開けて入ってきた。

 それを見て、私のすぐ横にいたマリアが下がる。


 私と向かい合うように立ったルークは、そこで片膝をついて跪く。

「ミレニア姫。私は、今回の姫様のお申し出に感動しております」

「……申し出というと……この領都訪問かしら?」

「そうです」

 そうして、少し伏し目がちだったルークの視線が向けられる。その瞳はまるで何か尊いものでも見るような、そんな輝きがあった。


 私は、大人の彼にまだ十歳の小さな私の手を掬い取られた。

「私の剣も忠義も、神に捧げています。けれど……私の愛は、ミレニア姫、あなたに捧げたい」

 私は彼の言葉に驚いて、瞳を見開いた。


「私はまだたった十歳の子供にすぎないわ。大人のあなたなら、いくらでもあなたの愛を欲しいと望む女性もいるでしょう?」

 あまりに唐突な申し出に、私は一度彼の申し出をやんわりと諭そうとした。


「いえ、年齢とかそういうものではありません。そして、私は姫様からなんの見返りも求めてはおりません。……ただ、私が姫様を想うことだけを、あなたのその有り様を敬愛することを、認めていただきたいのです」

 私は困ってしまって、黙り込んでしまう。

 そんな私を見て、柔らかく瞳を細めて彼が言葉を続けた。


「あなたは、私に『死んでも守れ』とおっしゃられた陛下の言葉に対して、『生きて守れ』とおっしゃってくださった。……そして、我が身よりも民をと献身的に癒しを施して回られた。……そんなあなたを、敬愛しているのです。その敬愛に、年齢など関係ないのです」


 私は、後ろに控えているマリアに目配せをした。

 マリアは、ただ、一つ頷いた。


 ……これを受け入れないというのも、ルークに恥をかかせてしまうわね。

 しかも、彼は「見返りは求めない」と言っている。

 それは、私が彼を愛するかどうかは、関係ないと言うことだ。


「ルーク。ありがとう。私はあなたを信頼しています。けれど、私はまだ十歳で、あなたのことをどう思っているのか、愛だとかというものは、わからないのです」

 私の返答を聞いて、ルークがふわりと柔らかく笑った。

「……それだけで十分です。姫様。私の愛は、あなただけに捧げられる」

 そう言って、ルークは自分の手の上に乗せた私の手、その甲に、触れるだけの誓いの口づけをしたのだった。

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