第三章 ダルケン王国を襲う災い
第34話 王太子カインからの手紙(十二歳)
私は、お兄様から驚きの告白を受けたけれど、その後も日常は忙しかった。
まだ、流行り病が完全に収束していなかったからだ。
そして、国に降りかかった災いが全て収まる頃には、私は十二歳になっていた。今までどおり進むならば、この後私は十三歳で婚約が決まり、十五歳で断頭台に送られる。
今までの人生では、この頃には時計の針が刻む音を聞くだけでも、それが終わりへのカウントダウンを示唆しているようで、恐怖に震えていた。
けれど、私はもうそれを憂いてはいなかった。
私は今までの疲れを癒すべく、私はしばらく全ての予定をキャンセルして休んでいた。
私を取り囲む環境も、そして私の心の持ちようも変化していた。
ただただ震えることしかできない人間ではなくなっていたのである。
……そういえば、カインへの手紙がしばらく途絶えているわ。
落ち着いていると、そこに気付いて、私は、流行り病の対応で滞っていたカインへの手紙の返事を書くことにした。
……流行り病のせいで忙しくしていることは伝えていたけれど、落ち着いたのなら、今からでもお返事を書いた方がいいわよね。
私とカインの関係は良好だ。
とはいっても、婚約話が進んでいるとか、恋愛関係とか、そういったものではない。
強いていえば、国を隣り合わせにする王太子と王女の間で、穏やかな友情関係が築けているという感じだろうか。
私は、私の部屋に私とともにいるマリアに声をかけた。
「ねえ、マリア。カイン殿下に久々にお手紙を書こうと思うのよ」
「それはよろしいかと思いますわ。お手紙のやりとりも、姫様がお忙しくなる前に送ったものから途絶えていますしね。……姫様がようやく落ち着くことができたことをお伝えしてもよろしいかと。きっと、殿下もご安心なさいますわ」
「そうよね」
マリアの回答に、私は口元を綻ばせた。
……あのカインと、こんな関係になれるなんて。
手紙のやりとりしかないけれど、私が抱く彼の印象はあの冷徹な王のイメージだけではなくなっていた。
剣の鍛錬が何よりも好きな、努力家。そして情熱的でもある。
そして、そればかりに傾倒するわけでもなく、帝王学といった未来の王に必要なものも、きちんと学んでいるという。
私が過去四回で見てきた彼は、なんだったのだろう?
今の状況で考えると、不思議でならない。
ああ、けれど。
……そもそも、私自身が彼に対して、いえ、世界に対して心を閉じていたのね。
そんな状態であれば、本当の彼の姿を、私がまともに評価できていなかったのかもしれない。
それに加えて、過去の四回の私は、彼に一度も自筆で手紙を返したことがなかった。
きっとそれは、受け取った彼にもわかるだろう。
そして、彼を傷つけたかもしれない。
好意の反対は、敵意じゃない。
興味を持たないことだという考え方もある。
それを、彼は私から受け続けた。だとしたらどうだろう。
やはり、彼は傷ついていたのではないだろうか。
政略結婚とはいっても、彼は、今も過去も律儀に手紙を送ってくれた。
それに対する対応が、「興味なし」「代筆」だったとしたら。
……傷つくわよね。
「マリア、筆記用具を出して欲しいわ。……ああ、そうだ。封筒と便箋は、この間新しく手に入ったという私の瞳の色のものがいいわ」
私の言葉を聞いて、マリアが柔らかく微笑む。
「承知しました」
マリアが筆記用具が収められた引き出しを探る。
「姫様」
「なあに?」
「姫様のお色である菫色の便箋をお使いになるのであれば、インクの色もそれに合わせてはいかがでしょう?」
「……それもそうね」
私は、それもそうだと納得して思案する。
せっかくの淡い菫色の便箋には、いつもの黒いインクを使うと、便箋の色の柔らかさが台無しになってしまうわね。
濃い群青……それだったらどうかしら?
「マリア。確か、濃い群青色のインクはまだあったかしら?」
「はい、ございますよ」
「じゃあ、そちらで書こうと思うの。良い色組みだと思うけれど、どうかしら?」
「はい。とても良いと思います。ああ、これからこの群青のインクをお使いになることが増えるのでしたら、補充用の新しいものを取り寄せておきましょう」
そうして、私は、淡い菫色の便箋と封筒、群青色のインクで、カインに久しぶりの手紙を書き始めた。
流行り病が無事収束したこと。
まとまった休みをとっていたこと。
その合間に、カインへの手紙が滞っていたことを思い出して、今手紙を書いているといったことなど。
冷静に見てみると、実に他愛もないことだ。
そうして、書き終えた手紙を送ると、二週間ほどしてカインからの手紙が私のもとへ届けられた。
「同じものかどうかはしれないが、ダルケンで流行り病が発生した兆候があり、ダルケンの王都が混乱している」
そういった内容に触れられていたのだ。
私の心に不安がよぎる。
彼の身の安全と、彼の国の国民のことを憂えた。
けれど、友好国とはいえ、他国の話。私が現段階でしゃしゃり出られる状況ではないだろう。
私は、彼の身を案じていることを書いて返事を送った。
やがて、不安は的中する。
ダルケンに流行り始めた病が、ユーストリアで流行したものと同じであると判明したのだ。
ダルケン王国の国教を取りまとめる教会が、ユーストリアの教会と情報を交換しあった結果だそうだ。
二つの国教は、建前上は別の教えとされている。けれどそれは、主神を同じくする、やや戒律が違う部分があるだけの、兄弟のようなもので、険悪な関係ではなかった。宗派の違いといったらわかりやすいだろうか?
そして、両国の教会同士で情報交換しあい、その結論に至ったらしい。
そして、ユーストリアでその流行り病の対応に大きく貢献したものとして、私に白羽の矢が立ったのだそうだ。
ダルケン王国から、私を指名して、流行り病への協力要請が舞い込んできたのだ。
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