第29話 流行り病⑤

 私が発動した魔法が、王都全体を覆っていった。


 足元に展開された二つの魔法陣を見た人々が、口々に感嘆の声を上げた。

「まるで聖女か聖人のようだ……」

「ミレニア姫が、国を救ってくださる!」

「奇跡だ……!」

 中には、私の周りで跪いて、祈り出すものまでいた。

「姫様……」

 ルークも、私を護衛しながら、恍惚と尊敬の表情でその光景を見つめていた。


「……まずは、魔法は施し終えました」

 私は、教会にいたみなに報告した。


 これで、このあと、同じ症状を訴えるものが現れなければ、成功だろう。

「では、しばらくは経過観察をしましょう」

 教皇猊下がそう告げる。

 私たちは、しばらく様子見をすることにした。


 王都以外の領都や町や村からの病人の報告はある。

 今はそちらは王都ほどに流行はしていないので、そこについては個々に治癒のみ対応してもらうことにした。必要ならば、治癒が可能なものが派遣される。


 魔法陣はできている。

 だから、王都の結果がわかれば、狭い地域用に見直して、各場所でも同じ魔法を使えばいい。

 広い領都には、総魔力量を鑑みて、私が赴かないといけないかもしれない。けれど、町や村規模なら、教会や軍の癒し手の中から優秀なものを選んで対応できるだろう。


 結局、しばらく王都で経過観察していたところ、数名が症状を訴えるにとどまった。

 そして、その彼らも、他の領都などから移動してきた商人など、感染ルートが王都以外だろうと推測できるものだけだった。


 そうして今日、結論がついたので、教会で国の地図を囲んで、誰がどこを担当するかを話し合っていた。

 その地図には、都市の面積や人口まで記されたものだ。


「ミレニア姫。大変恐縮なのですが、この四つの領都は比較的広い都市です。他のものたちでは対応できないでしょう。ですから姫様に足を運んでいただきたく……」

 教皇猊下自ら私に依頼された。


 ……確か、過去の生ではこの病のせいで国民の三分の一を失った。


 ならば、その後大幅に国の税収は激減し、財政が逼迫したはずだ。


 お兄様とともに勉強する中で、私は知った。

 国民は国の礎だと。


 王家は、いや貴族も、彼らの税に支えられて生きている。

 彼らに支えられて生きる王家の一員の私。そして私には力がある。

 ならば私には彼らを救う義務があるだろう。


「ええ。もちろんです。国のために、苦しむ人々のもとに赴きましょう……ただし、お父……いえ、陛下のお許しが必要です」

「そうですね。教会の長である私自ら陛下に、お願いにあがりましょう」


 その約束のとおり、翌日、王都の対応の結果報告を兼ねて、教皇猊下御自らが城を訪れた。猊下の護衛のためか、ルークをはじめとした聖騎士たちも一緒だ。

 流行り病の対応は、政務の中でも最急務となっていたので、対面の願いは、即受け入れられた。


 対面は謁見の間で行われた。

 上座の椅子にお父様が座っている。

 私とお兄様が、その脇に並んで控えていた。

 宰相フィレスも、私たちと反対側に控えていた。


「……王都の流行り病を、奇跡の魔法で解決してしまったそうじゃないか!」

 お兄様が、こっそりと耳打ちしてきた。

「はい、無事に解決できました」

「すごいよ、ミレニア! 僕は、君を誇りに思うよ!」

 お兄様が、私をぎゅっと抱きしめてくれた。


 そうこうしていると、人が揃う。

「用件は、王都の対応が済んだと報告と、王都以外の都市などへの対応についてでしたね」

 フィレスが、口火を切った。


「はい。ミレニア姫奇跡の魔法により、病のもとになる悪しきものは王都から取り除かれ、そして、まだ不調を訴えるものにも回復を施すことができました。……ひとえに、ミレニア姫様の、類い稀なる知識と力のおかげです」

 教皇猊下が、胸に片手を添えて、首を垂れた。


「おお……!」

「すごいじゃないか、ミレニア!」

 お父様が感嘆の声をあげ、お兄様が、私を称賛に輝く瞳で見つめてくる。


「ミレニア姫。これは偉業です。……努力が、実を結びましたね」

 フィレスも、目を細めて私に微笑んだ。


「……ありがとう。でも、まだ苦しんでいる人々がいるのです」

 称賛の声を受け止めてから、私は首を横に振った。


「ミレニア姫の仰るとおりです。王都で流行した病は、領都とされる大都市や町村に飛び火しています。中小規模の場所であれば、術者を工面できましょうが、領都の中でも大規模になるいくつかの都市は、姫様のお力をもってしか、対応しきれないのです」


「……なるほど」

 フィレスが顎に手を添えて頷いた。


「姫様ご自身には、そういった都市に赴きたいとのお言葉をいただいております。けれど、ミレニア姫は王家の姫。陛下のお許しをいただきたいと、私自身が教会を代表してお願いに参った所存です」

 そう言って、猊下が再び首を垂れた。


「……陛下」

 フィレスがお父様に目線を送って、伺いを立てる。

「……ミレニアでなければ、無理なのか」

「はい、姫様に出向いていただきたい領都は四つ。そこは都市の面積が広く、他のものでは対応できません」

 お父様からの問いに、猊下が説明した。


「ミレニアの身は誰が守る」

「ミレニア姫様は、我が国を救える唯一の方。我ら聖騎士団の命に変えても、御身を守ると誓いましょう」

「死んでもまもれ。いいな」

「はっ!」

 お父様の憂いを絶つために、ルークが誓う。

 そのめいはどうかと私は思うのだけれど、私に、いや、エレナお母様に似た私に固執するお父様を説得するにはこれしかないのだろう、と私は黙っていることにした。


「……陛下。姫様の外出期間を最小限にとどめるために、馬に補助魔法を施すことができるものにともをさせましょう。速度向上スピードアップの魔法によって、より早く各都市を回れるでしょう」

「ふむ。その采配はフィレス、お前に任せた」

「……お任せを」


 そして対面が終わった。

 私も教皇猊下やルークたちとともに、謁見の間を辞した。

「ねえ、ルーク」

「はい、姫様」

「私はあなたの命は欲しくないの。……あなたは、生きて、私を守ってちょうだい」

「……姫様」

 ルークが驚愕に目を見開いた。

 そして私の前にきて、跪いた。

「ミレニア姫。神の名にかけて、そして私の剣をもって、姫様の御身を守り通します。そのために生きると、誓いましょう」

 ルークが、誓いの言葉を口にしてから、首を垂れた。


 そうして、私はようやく王都の外に出ることができることになったのだった。

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