第27話 流行り病③

 今までの生で無力だった私は、お父様の城に籠っているようにとの指示にしたがっていた。そして、私は城の中に設置されていた礼拝堂で祈りを捧げるくらいしかしていなかった。


 ……どうしよう。


 今の私には力がある。

 けれど、教皇猊下をはじめとして、みんなで手分けをしても、患者は増えるばかり。そして、流行り病は地方都市を襲おうとし始めていた。


 ……せめて、まずは王都だけでも鎮めないと。


 どうしたら良いのだろう。

 そう思いながら、目の前の患者に治癒魔法を施そうと思い、脳裏に基本回復ヒールの魔法陣を思い浮かべる。


 そういえば、魔法陣というのは、その魔法の内容を文字や数字、記号で構成したものだ。


 ……ならば、その魔法陣を、私が願うように書き換えたらどうかしら?

 対象者を、目の前の一人ではなく、王都全体に。


 脳裏に浮かんだ魔法陣を構成する要素を書き変えていく。

 そして、出来上がったで正しいと、不思議と確信が持てた。

 王都全体なんて範囲設定をすれば、どれだけ魔力を持っていかれるかわからない。けれど、今はそれを躊躇ってはいられない。


 ……どうかお願い。この王都の民を救って……!


範囲回復エリアヒール!」

 私が叫ぶと、私の下腹部を中心として、光が溢れ出す。

 そして、私の足元に、脳裏に浮かべた魔法陣が展開されて、輝き出す。

 それは、あっという間に広がっていって、……私がいる教会を中心として、王都全体に広がった。

 それは、王都に住むものたち全員を癒していく。


「ミレニア姫……!」

 教皇猊下もそばに控えていたルークも、驚きに目を見開いた。

「ミレニア姫⁉︎ 王家の姫だと⁉︎」

 病から解放されていく行列を作っていた人々も、その声に反応する。


「治った! あのせりあがるような苦しさも、痛みもない!」

「治った! 私の子が、救われた!」

「熱も、震えもない!」

「ミレニア姫と言ったか?」

「そうだ! ミレニア姫様が、我らを救ってくださった!」

「奇跡だ!」

 人々が、歓喜の声を上げる。

 大きな礼拝堂の中に、その喜びの声で満ち溢れたのだった。


 ◆


 一気に王都に治癒を施した私は、流石にもう残りの魔力が乏しくなってきたのと、それによる疲労を感じた。

 そして、王都中に範囲回復を施せたのだから、今日はもう大丈夫だろうと教皇猊下が判断して、私はルークに護衛されて、マリアとともに王城へと帰ることにした。


 王城に帰ると、お父様が謁見の間で待っていると聞かされた。私は、疲れてはいたけれど、報告も義務かと思い、謁見の間へ向かうことにした。


 部屋を守る警備兵が私の姿を認めると、黙ってその入り口の扉を開けてくれる。

 私はマリアを伴って、謁見の間に足を踏み入れた。

 部屋には、お父様、お兄様、フィレス、そして、他にも貴族たちが大勢いた。


「ミレニア、よくやった!」

 私がお父様の前まで歩いていくと、お父様が上段から降りて私に近づき、抱き寄せた。


「ミレニア! すごいよ!」

 お兄様も、興奮した面持ちで私を褒めてくださる。


「我々も、自身や家族を救われました」

 そう言ってかしずく貴族もいる。


「よく、頑張りましたね」

 フィレスが、弟子を褒めるような、優しい面持ちで、声をかけてくれた。


 そうして、私の新しい力で終息を見せたかと思えた流行り病。

 患者が出てしまった都市、町、村には、治癒魔法を使える司教やシスターを派遣すればどうかという声が上がっていた。



 けれど、王都を襲った流行り病はそれで終わらなかった。


 ……また、感染者が現れるようになったのだ。


「また、同じ症状を訴えるものが現れるようになりました。……そしてまた、増えてきています」

 教皇猊下の使いでと、聖騎士ルークが城に報告に来ていた。


 その報告を受けているのはお父様。そのそばにフィレスが控えている。

 私も呼ばれてその場に居合わせていた。


「フィレス。私は範囲魔法で一気に直したはず。それでも再び流行るというのは、どういうことかしら?」

 賢者とも言われるフィレス。それは魔法に長けたという意味だけでなく、知見者という意味も含んでいる。

 だから、彼の意見を聞きたかったのだ。


「人から人へ感染する傾向を見せていたとのことですが、感染経路がそれだけではなかったのかもしれません」

「……それはどういうこと?」

「はい。その病原体を持つのが、水や、動物、……例えばネズミや鳥など。そして彼らは病原体を持ってはいても、病を発症しないのでしたら、治癒魔法でその病原体を除くことはできない……のかもしれません」

 フィレスも、自分で導いた想定に、忌々しげに眉間に皺を寄せる。


 ……自分は発症しなけれど、病原体を運ぶものがある……。

 それを王都から消す方法はないかしら?


「ねえ、フィレス」

「はい、ミレニア姫」

「その病原体とやらを、全て消滅させる方法はないかしら?」

 すると、驚いたことにフィレスが首を横に振った。


「私は、姫がお使いになる、聖なる魔法というものを行使できません。才能がないのです。ですから、あまりそちらへの知見がないのです……」

 どう、しよう。

 ここで八方塞がり?


「僭越ですが、姫様」

「どうしたの? ルーク」

「王都の教会には、聖魔法や奇跡の力に関する貴重な資料が保管されています。その類に限れば、おそらく王城より、その蔵書は多いかと……」

 私たちは、ルークのその提案に希望を見出して、顔を見合わせた。

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