第26話 流行り病②

 私はお父様のお許しを得て、フィレス経由で早々に教会と連絡を取ってもらった。

 私一人で城から教会へ走って行けるわけではない。教会の受け入れ状態を整えてもらい、警護を担当する聖騎士たちの都合もつけてもらわなければならない。


 そうして待っていると、マリアもいつもどおりともに同行したいと申し出てくれた。

「ありがとう、マリア」

「この状況で私がなんのお役に立てるのかはわかりません。……ですが、姫様の手足となることはできるでしょう」

「本当にありがとう。……もしあなたに何かあっても、あなたは私が守るわ」

「……姫様……!」

 そうして、マリアも私に同行することになった。


 けれど、王都の状況もあってか、教会からはすぐにでもご協力いただきたいとの返答が早々に来て、結局、まんじりともしない日を送ったのは一日だけだった。


 そうして聖騎士ルークが私を迎えにきてくれた。

「姫様。この度のお申し出、ありがとうございます。教皇猊下も姫様のお優しき心に、大変感動されておいででした。……教会の代表として、御礼申し上げます」

 王城の馬車乗り場で彼と対面すると、彼が片膝を突いて、首を垂れた。彼とともにやってきた聖騎士たちも彼に倣う。


「いいのよ、ルーク。むしろ、私の申し出のせいで、あなたたちには負担をかけることになるわ。……ごめんなさいね」

 私は、ルークに頭を上げるよう伝えるのだけれど、ルークはそれに従おうとはしなかった。


「いえ。治癒の力を持たない我々聖騎士は、今の王都の状況に対応することはできません。そして、それが辛い。……そんな中、慈悲の心から王家の姫という尊い身分にもかかわらず、この事態に対応したいと言ってくださるあなたは、私たちにはまるで女神か聖女のように思えるのです」


「大袈裟だわ。……でも、その気持ちはありがたくいただいておきます。さあ、みんな立ち上がって。早く教会へ行かないと。救いを求める人たちが待っているわ」

 私がそう言って促すと、ようやくルークを筆頭にして聖騎士たちが立ち上がった。


「……それでは、参りましょう」

「ええ……!」

 私は、マリアの手を借りて馬車に乗り、教会へ向かうのだった。




 教会へ着いて馬車から降りると、そこには癒しを求めるものたちの行列ができていた。

「こんなに増えているなんて……」

 やはり協力を申し出て良かったと思う反面、これだけ苦しむ人がいるというのに心が痛んだ。


「……姫様!」

 先回りして教会の入り口の扉を開けて待っている聖騎士たちが、私の名を呼んだ。

「行きましょう!」

 私はルークとマリアを伴って、教会の礼拝堂に足を踏み入れるのだった。


「ミレニア姫!」

 広い礼拝堂の中、教皇猊下が遠目に私を認めて、声をかけられた。

「……猊下!」

 私は足早に猊下のもとへ歩いていく。


「この度は、流行り病の対応のために自らお申し出をいただき……」

「猊下、今はご挨拶よりも、苦しむものたちを癒すことが最優先です」

 猊下が私の言葉を聞いて息を呑む。

「……このお礼は、事態が終息したら、必ず」

 そうして、猊下も治癒を再開する。


 教皇猊下は、聖騎士団上がりではなく、治癒魔法が使える司教上がりなのだという。そして、その力はまだ健在。

 普段は下のものに治療活動を任せていたものの、さすがの事態に、自ら癒し手として参加しているのだそうだ。


 救いを求める人たちが、教会に一列に行列を作る。聖騎士たちが彼らに指示を出して整理したり、誘導したりする。

 教皇猊下と私、そしてシスターと派遣された治癒士が横に並び、彼らの手が空くと、次のものが空いた癒し手の前に進むのだ。


 そうして、手分けして患者たちを癒していくのだった。

 すでに教会は、非常事態と判断して、布施の有無は関係ないと公示していた。布施できるものはする、できないものも受け入れるとして対応している。


 その頃には、流行り病は、人から人へ感染する傾向を見せていた。

 だから、布施ができるものだけを治していても、この病は終息しない。根絶しなければならない。そう判断したからだった。


 そうして、私はほぼ毎日教会へ通い続けていた。

 そんな中、ユーストリアの流行り病の報がダルケンにも届いたらしい。

 カインから、私の身を案じる手紙が来ていた。

 私はそれに「私は大丈夫です。教会で治癒活動に忙しくしています」とだけ書いて、送り返してもらっていた。


 それにしても、流行り病は一向にその罹患者の数が減る傾向を見せなかった。

 むしろ癒す傍で増える傾向にあり、さらにまずいことに、王都だけではなく、領都といった、人口が多い地方都市にまで症状を訴えるものが出始めていると報じられてきたのだ。


 ……これじゃあ、間に合わない。


 そうして、そのときようやく私は思い出した。

 この流行り病が、過去四回までの生の中で、貴賤を問わず、全国民の三分の一の命を奪ったという事実があったことに。

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