第24話 ミレニアと王太子カイン③

 ◆


 しばらく経って、再びカインからの手紙が届けられた。

 ペーパーナイフで封を開け、引き出した手紙を開くと、そこに書かれていた内容に驚いた。


 ……前は今までと全く同じ内容だったけれど、今回のは違う?


 その手紙には、前回私が「あなたのことを知りたい」と書いたためか、前回の自己紹介から一歩進んで、彼の好みなどが書かれていた。


 普段何をして過ごすのか、どんな勉強をしているかとか。

 その中でも、剣の鍛錬の時間が一番好きだとか。


 ……あの人は、剣技が好きだったのね。


 何度も繰り返して、何度も夫婦になる運命だったのに、そんなことも知らなかった。

 そう考えると不思議な気持ちになってきた。


 そんなに長い手紙でもない。

 今日書いてあるのは、他愛もない内容。

 婚約のことについても触れていなかった。


 私は正直、あの人のことがまだ怖い。

 彼と婚約して結婚して、そして、で断罪されるなんて恐ろしい。


 けれど、なんだか今までとは違う気がして。

 私が自分で手紙を書いた、それ一つで、彼との関係がほんの少し変わった。

 そして、その変わったという事実に興味を持った。


 ……もしかしたら、今回は彼との関係も、何か変わってくるかも?


 窓に目を向けると、木漏れ日が窓ガラスを通して部屋に差し込んでいた。

 その細い光が、まるで私の前に現れた微かな希望の光のように思えて、私は口元を綻ばせるのだった。


「ねえ、マリア」

「はい、姫様」

「カイン様にお返事をしたいの。また、筆記用具を出してくれないかしら?」

「もちろんです」

 マリアが、前回と同じように封筒と便箋、インクとペンを私の座る机の上に置いてくれた。


 ……何を書こうかしら。


 私は便箋を目の前に一枚置いて、インク壺にペンを挿す。

 けれど、そこで手が止まって、思案にふける。


「ねえ、マリア」

「はい、姫様」

「今日のお手紙では、前回私がお願いしたからか、カイン様が剣の鍛錬がお好きだとか書いてあったの」

「まあ。活発な方なのかもしれないですね」

「そうね。ねえ、その手紙に、私は何を書いてお送りしたら良いかしら?」

 するとマリアが頬に手を添えてしばらく黙り込む。


「……姫様も、ご自分の普段の生活や、その中でお好きなことを教えて差し上げれば良いのでは?」

 マリアの回答に、「なるほど」と思って頷いた。


 私は、王家の娘として相応しくあるよう、必要な教育を家庭教師から施され、フィレスから魔法を学び、教会に週一回奉仕活動のために通い、余暇は一人でのんびり過ごしたり、お兄様と過ごしたりしている。


 ……そんなことを書けばいいかしらね?


 私は書くことを決めて、ペンを走らせるのだった。


 ◆


「カイン様、お返事が届いております」

 ミレニア姫から返事が届いた。アレスがそれを俺に手渡してくれた。

 俺は焦る気持ちを抑えて、手紙を開封する。


 また、彼女の手書きと思える字だ。

 そしてその手紙には、彼女の普段の生活について書かれていた。

 家庭教師との勉強に加えて、魔法の練習や、教会での奉仕、余暇には一人で過ごすか、彼女の兄と時間を過ごすことが多いと書いてある。


 なんだか、幻のような思い出の中の少女だった彼女に、初めて人としての息遣いを感じた。

 部屋の窓に目をやると、澄んだ青空が目に入り、その空の下、彼女も生きているのだと実感が沸く。

 俺はその手紙を読み終えて、元々二つ折りにされていたそれを折り、胸に抱いた。


「随分嬉しそうですね」

 そばに控えていたアレスが、俺を少し揶揄うような口調で尋ねてきた。


「……っ。喜んで何が悪い」

 俺はアレスから目を逸らした。


「いえいえ。あまりに嬉しそうなお顔をされていらっしゃるから。……お返事をいただけて、よかったですね」

 アレスが俺を見ながら目を細めた。


「……彼女はあまりに可憐で美しくて。まるで幻か妖精のようだったんだ。でも、この手紙には彼女の普段の生活が書かれていて、彼女が同じ世界で生きているって感じられたんだ」

 俺は、手紙を手で胸に押しつけたまま呟いた。


「それはそれは。……確か、ミレニア姫様は、美姫と名高かったユーストリア王の王妹殿下のお子様でしたね」

「ああ、多分、母親と思しき女性と一緒に並んだ姿は、二人で瓜二つだったよ」

 俺はミレニア姫の、陽を受けて輝く金の髪と菫色の瞳を思い出す。


「姫様はご両親を亡くして、王家に引き取られたと聞いています。……引き取られた王家で、一人寂しく過ごされていらっしゃったりはしませんか?」

 彼女の身を案じるかのように、アレスが胸に手をあてて首を傾けた。


「いや、そうでもないらしい。手紙によると、義理の兄……あちらの王太子殿下かな。彼と仲が良いようで、よく一緒に過ごしているらしい」

「……なるほど。それは良かった」

 アレスが安堵の吐息を漏らした。


 ◆

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