第23話 カインの思い②

 結局俺のミレニア姫への想いは、国交上も利があると判断された。

 何より、俺が彼女以外は受け入れないと言い切ったのもある。


 適切な相手でなければ、俺の言い分はただのわがままに過ぎなかったが、ミレニアの身分は養女とはいえ、隣国の王女。そして、養女とはいっても王妹の娘、父も王族と血縁のある公爵。彼女の血縁は、何も問題はなかった。


「ユーストリア王女との婚姻……ここは気づきませんでした」

「確かにな。……だが、良いかもしれん」

 宰相と父が、妙案とばかりに積極的に話し出した。

 なんでも、彼女が王女になってまだ一年ほどしかたっておらず、つい、婚約者候補から漏れたのだという。


「国力を単純に比較すれば、我が国の方が上。ですが、ユーストリアの力は侮れません。そして、何かの拍子で戦にでもなれば、我が国が勝利したとしても被害は甚大でしょう」

「ならば、婚姻で国と国とが姻戚関係になっておくというのは、有効な手段だな」

「カイン殿下も、姫との婚姻をお望みです。確か年頃もそう違わなかったはず。……これは、進めてみても良いのではないかと思いますが……」

「うむ。調べて問題がなければ、ユーストリアに打診をしてみろ」

「はっ!」


 こうして俺の想いは大人たちにも受け入れられ、俺とミレニアの間で婚姻話の打診が進められることになったのだった。


 ◆


 そうして何ヶ月か経った頃、宰相が俺の部屋を訪れた。

「殿下、お願いがあるのです」

「なんだ?」

「殿下の、婚約話のことです」


 俺は、その進展を聞かされていなかったので、それを聞けるのかと期待に胸をが躍った。俺は勢いよく顔を上げた。

 けれど、宰相の顔は曇り顔だった。


 ……上手くいっていないのだろうか?


 期待が不安に変わっていく。

「正式に婚姻を申し入れて数ヶ月になります。ですが、良い返答が返ってきません。……どうも、ユーストリア王が、姫を国外に出すことに難色を示しているようなのです」

「……実の娘じゃないんだろう?」

 俺は、ユーストリア国王の反応に疑問を抱いた。


「そうはいっても、ミレニア姫は、ユーストリア王にとっては同腹の妹君の娘御。ユーストリア王は妹君と大変仲が良かったらしい。そしてミレニア姫はその妹君にそっくりなのだそうです」

「……」

「そうすると、亡くなった妹君の面影をミレニア姫に重ねていてもおかしい話ではありません。そして手放したくないと思うのも……」

 そうして、宰相は一度口をつぐんだ。

 期待に高揚していた俺の気持ちが沈んでいく。


 俺は、それに囚われないと、話題を変えることにした。

「ところで、俺に願いとはなんだ?」

 そういえば、宰相はそれを理由に俺のもとを訪れたはずだ。


「ユーストリア王が難色を示すのであれば、殿下からミレニア姫に手紙などで交流をしていただき、彼女自身がこの婚約話に乗り気になるようにしていただきたいのです」

「……え」

「殿下とミレニア姫が思いを交わしているとなれば、難色を示すユーストリア王もそのままではいられないでしょう」


 そうして、宰相の要請もあって、俺は彼女に手紙をしたためることにした。


 俺は求婚相手への手紙の書き方など知らない。

 そんな心の機微を学ぼうと思ったこともなかった。


「何を書いたらいいか、わからない……」

 そう呟いた俺を見て、宰相と侍従のアレスが微笑んだ。

「「私たちがお手伝いしましょう」」

 そうして、俺は、二人の協力を得ながら、最初は当たり障りのない、初めの挨拶にふさわしいと提案された内容を、自分の手でしたためたのだった。


 ◆


 二週間ほど経った頃だろうか。

 俺のもとに手紙を持った宰相がやってきた。

「殿下、ミレニア姫からお返事がまいりました」

「ミレニア姫から⁉︎」

 俺の心が期待に湧く。


「日数的にも、あちらも早馬を使ってくださったのでしょう。それでギリギリ届く日数です。まだ八歳と聞いておりますが、すでに礼節をご理解なさっている姫君のようですね」

 子供同士の手紙とはいえ、俺は王太子。そして将来国王となる身。それを考えれば、相応の配慮するのが望ましく、彼女はそれができているという宰相は、彼女に好意的なようだ。


「早く、手紙を読みたい!」

 俺が宰相を急かすと、微笑ましいものでも見るように笑って、彼がペーパーナイフと一緒に彼女からの手紙を手渡してくれた。


 封蝋を押された封筒に、宛先に俺の名が、差出人に彼女の名がしたためられている。

 まだ八歳だという彼女の字は、年相応にまだ幼さを感じさせる。その文字に、自然と口元が緩む。


 ペーパーナイフを使って、封を切った。

 手紙を取り出し、半分に折られた手紙を開くと、先程の封筒と同じ字で、文字がしたためられていた。


 ……俺宛ての、彼女の手書きの手紙。


 そう思うと、胸が温かくなった。

 その手紙には、手紙のお礼と、彼女の自己紹介。

 具体的に彼女がこの婚約話をどう受け止めているのかと言うことは、明確に書かれてはいないが、「俺のことを知りたい」と書かれていた。


 ……婚約についての彼女の思いを知ることはできなかったのは残念だけれど、彼女が俺に興味を抱いてくれている!


 それに、心が躍る。


「お返事の内容は、どうでしたか?」

 宰相が俺のに尋ねてくる。その顔は微笑ましいものを見るようだ。

 おそらく、俺の気持ちが高揚しているのが、顔に出てしまっているのだろう。


「……俺のことを知りたいと言っている!」

 俺は嬉しさのあまり、勢いよく宰相に回答した。

 宰相が、にこりと笑う。

「……では、少し間を見て、またお手紙を送るのがよろしいかと。あまり急いても、軽んじられたり、軽薄な男と思われたりするやもしれません」

「そういうものなのか……」

 すぐにでも返事を書きたい衝動に駆られていた俺は、宰相の言葉で冷静さを取り戻したのだった。

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