第22話 カインの思い①
俺は、ユーストリア王国からダルケン王国へと帰国する。そして、あの時の少女は誰なのかを調べた。
俺には、幼い頃から学友として、ゆくゆくは俺の補佐をすべき人間になるようにとあてがわれた、侍従のアレスがいる。
彼にそのことを伝え、調べられないかと伝えたのだ。
アレスは俺よりも三つ年上で、賢く、そして人というものを上手く扱える少年だった。
俺は父にあの日列席したユーストリアの貴族を尋ね、アレスが、貴族たちから同じ内容を聞いて歩く。
そうして判明したのは、彼女はミレニア・フォン・オズモンド。少女は、王妹が降嫁したオズモンド公爵家の娘で、彼女にそっくりだった女性は、王妹であるエレナなのだということだ。
彼女たちが持つ、癖のある緩くふわふわと波打つ濃い金髪と、菫色の瞳。
そもそも、エレナが美姫と呼ばれていて、国を跨いで名高かった。そして少女はそんな彼女に瓜二つ。
彼女たちについての噂を探り当てるのに、そう時間は掛からなかった。
「殿下は、ミレニア姫様にご興味があるのですか?」
その結果を、アレスと向かい合って座って受けていると、彼に尋ねられた。俺たちは乳兄弟とはいかないが、それに近いほど親しい。
だから、いつものようにアレスは自然にそう質問してきたのだ。
「偶然、ミレニアに出会ったんだ。彼女はまるで天使のように愛らしかった。彼女の姿が頭から離れない。毎晩、夜寝ようと思うと、彼女と出会ったあの時を思い出すんだ……」
俺は、素直にアレスに経緯を話した。
「それって……」
アレスが、どう言ったものかといった様子で、言葉を一度止めた。
「どうした、アレス」
コホン、と咳払いをしてから、アレスが口を開いた。
「もし、私の推測が見当違いでも、お怒りにならないでくださいね?」
俺は直情的な人間で、勘に触ると、怒り出すことも多かった。
「……怒らないと誓おう。で、何を言いたい」
「殿下は、ミレニア姫に恋をされたのではないかと」
その言葉を聞いて、俺は雷に打たれたのかのように硬直した。
……恋? この俺が?
「恋というものは、思いもよらず不意に訪れるもの。そして、それが一瞬の出会い……一目惚れという形でやってくることもあるのです」
衝撃で動けないでいる俺に、アレスが恋というものを説明する。
「……一目惚れなど、軽率にすぎないか?」
俺は一瞬、それにやましさを感じた。
あの愛らしい容姿だけに惹かれたのだろうか?
いや、違う。
俺を癒したあとの、無邪気な笑顔はその容姿と相まって、まるで天使のよう。あれは、彼女の清らかな心が具現化したもので、その心を含めて気になるのだと、そう言い訳をしたかった。
「カイン様。恋を難しく考える必要はございません。そして、それに理由など必要ないのです。……人は自然に心を動かされる、そんなこともあるのですよ」
俺はアレスのその言葉に、固まった心と体がほぐれ、座っていた椅子の上で脱力する。
「……まだ、誰にも言わないでくれないか?」
「もちろんです」
そうして、俺のミレニア姫への恋心は、俺とアレス二人の間だけの秘密にしていた。
そんな俺に、周囲の大人たちが未来の伴侶を選べという。
……俺は、ミレニア姫がいい。
ある日、ダルケンの名だたる貴族たちの娘を全て断る俺に業を煮やした父であり国王が、俺を呼び出した。父のそばには、宰相もいる。
「誰もかも嫌とは何事だ! 結婚は王族の義務。それくらい知っているだろう!」
対面して早々、俺は父から叱責を受けた。
とうとう追い詰められたといったところだろうか。
父の言うことはもっともだ。王族や貴族は、特に嫡子であれば結婚して子を儲けるのが義務。そして、その結婚は家と家を結びつける意味でも重要だ。
それくらいは王太子として教育を受けていたから、俺も知っていた。
「……父上が勧める女性たちの中に、私の思い人はおりません」
「……想い人? そなたには心に決めた娘がいると?」
父が、驚愕に大きく目を見開いた。そして、彼の隣に控える宰相に目くばせをする。
「殿下、差し支えなければ、その方のお名前を教えてはいただけませんでしょうか? その方が殿下にふさわしいお立場の方であれば、殿下の思いを叶えるお手伝いをすることも可能です」
……確かにそうか。まだ子供の俺だけでは、彼女に、彼女を想っていることすら伝えられない。
「ユーストリア王国の、ミレニア・フォン・オズモンド。ミレニア姫だ」
「……オズモンド公爵家?」
宰相が首を捻った。
「どうした。何か問題でもあるのか?」
父が、宰相に尋ねた。
「いえ、オズモンド公爵夫妻は馬車事故で亡くなったと……」
……なんと言うことだ! そんな不幸が彼女に降りかかっていたなんて!
「おい! ミレニアは、ミレニアは無事なのか⁉︎」
俺は、宰相に詰め寄った。
「確か、ミレニア姫の母上は、ユーストリア王国の国王の同腹の妹君。遺児となられたミレニア姫は、王家に迎え入れられ、今は王女となっておられると聞いております」
そこで、父と宰相が顔を見合わした。
「「ユーストリアとの婚姻……!」」
そうして、俺の片思いに過ぎなかった想いが動き出すのだった。
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