第21話 ミレニアと王太子カイン②

 私は、やはり今回は自分で返事を書くことにした。

 あの人の名前を書いたから、次は本文よね。


 とはいっても、最初の挨拶の手紙のお返事。そして、私はこの婚約に乗り気ではない。あの国に行けば、あの未来が待っているのではないかと不安だからだ。

 とすると、社交程度の返事をしておくのが無難だろう。


 やんわり、その気はないということを伝えたいけれど、それは国力の差を考えると、まずいかもしれない。

 どう書いたら良いだろうと、私は思案する。


 まずは、手紙をもらったお礼よね。

 そして、自分の自己紹介を軽くして……。

 あとは、やはり婚約については、やんわりと断りたい……。


 自己紹介のところまで書き終えてから、ペンを走らせる手を止めて、マリアに声をかける。

「ねえ、マリア」

「はい、姫様」


「私は彼と結婚したくない」と言いたいところだけど、それはちょっとわがままとあしらわれそうよね?

 だって、会ったこともない人と政略結婚するなんて、王族からしたら義務に近いもの。理由もなく、「嫌」なんて言ったところで、通るはずもない。

 それは、過去の経験から学んでいる。


 ……さて、どうしようかしら?


 私が思案に暮れている間、マリアはじっと待っていてくれた。


 ……そうだ!


「ねえ、マリア。カイン様のお手紙によると、私に彼との間に婚約話が上がっているそうなの。ちょっとびっくりしてしまって。それに私は、一度も会ったことがない方と婚約なんて、いきなりは考えられなくて……」

 私は一旦言葉を区切って、マリアに困った顔を見せる。


「まあ!」

 とマリアも驚いた様子で声を上げた。

「失礼しました。……でも確かに急なお話で、姫様もびっくりしてしまいますよね」

 私は「そうなのよ」とマリアに返す。


「そうですねえ……」

 マリアも思案顔だ。

「どうお返事をしたら良いのかしら?」

 二人で返答の仕方を考えた。


「ああ、そうだ。婚約のお話には積極的に書かず、ひとまず、『殿下のことを知りたい』というくらいに留めてはどうでしょう?」

「それはどういうこと?」

「もしかしたら姫様は、殿下の人となりを知るうちに、お気持ちが婚約に向くかもしれません。それと、殿下にとっても、『あなたのことを知りたい』と興味を持たれるというのは、満更ではないのでしょうか?」

「それはそうね……」


 私はマリアの提案を頭の中で反芻する。

「あなたのことを知りたい」と言えば、それは無碍に断るという意味にはならないかもしれない。そして、少なくとも邪険にされたという悪い印象を抱かせないのではないだろうか。


「そうね、マリア。良い案をありがとう」

 私はすっきりとした気持ちで、マリアの提案してくれた内容を綴って、手紙を書き終えたのだった。


 ◆


 俺はダルケン王国の王太子カイン・フォン・ダルケン。

 俺は王位継承者ということもあって、早々に婚約者を決めた方が良いという周囲の声を受けて、婚約者を決めなければならない立場になった。


 国内の公爵や侯爵といった上級貴族の令嬢たちの名前が並べられる。そして、俺は各家が絵師に描かせた娘たちの絵姿から、誰かを相手に選べと言われた。


 あからさまな貴族もいた。

 面会を求めてきたと思ったら、やたらと着飾らせた娘たちを連れてきて、これ見よがしに娘を推してくる。


 そして彼らは俺を俺として見ていない。それがわかるほどにあからさまだった。

 娘を将来の王妃、ひいては国母とするため。

 そして自分たちが、王家の姻戚となるため。

 それが見え透いていたのだ。


 そもそも、俺には心に焼きついてやまない少女がいる。

 隣国のユーストリアの王女ミレニアだ。

 正確には、彼女を見初めたのは彼女がまだ王女になる前だ。彼女の両親がまだ健在だった頃に出会ったらしい。それは、後で聞いた話だ。


 国交のために、父とともにユーストリアを訪問した。そして、延々と続く社交に飽きて護衛の目を盗んで庭に逃げ出したときに、偶然彼女と出会ったのだ。


 俺の名を呼んで探す護衛たちの声が聞こえてきて、慌てて身を隠そうとしたら、みっともないかもしれないが、俺は転んで膝を擦りむいてしまった。


 芝生の絨毯の上に座り込んだ。

 そんな俺の前に、陽の光を受けて蜂蜜のように輝く髪が、視界をよぎった。

「おけが、しているの?」

 まだ幼くたどたどしい声で、小さな少女に尋ねられた。

 まるで野に咲く菫のような瞳が、俺のことをじっと覗き込んでいた。


「そこで転んだ」

 俺は、不貞腐れながらも躓いた場所を指さした。

「かわいそう……」

 まるで菫色の透明なガラス玉のような瞳が、俺の擦りむいた膝を見つめている。


 彼女は、何を思ったのか、そっとその傷には触れないように、手を翳す。

「いたいの、なおったら、いいのに」

 そういうと、彼女の手のひらから光が溢れ、気がつくと俺の怪我は跡形もなく消えていたのだ。


「……あら? きえたのね」

 瞳をぱちぱちさせながら、少女が俺の膝を見つめていた。そして、顔を上げて俺の目をまっすぐに見た。


「よかったわね」

 少女がにっこりと笑う。

 それはまるで天使の微笑みのよう。

 俺は彼女に魅入られて呆けてしまう。

 伝えるべき礼も言えずにいるくらいに。


 すると、遠くから「ミレニア!」と呼ぶ女性の声が聞こえた。

「おかあさま、だわ。いかなきゃ!」

 少女は、俺が引き止める間もなく、その場を走って去っていったのだった。


 彼女を呼んだ女性のもとへ、ミレニアが駆けて行った。そして、たどり着くと、その女性に手を取られて手を繋ぐ。

 母親だろうか?

 遠目に見ただけだけれど、ミレニアとその女性は、親子ではないかと思わせるほど、同じ蜂蜜のような濃い金色の髪を揃って持っていた。

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