第二章 婚約要請と、国を襲う疫病

第20話 ミレニアと王太子カイン①(八歳)

 私が養女となってから二年が過ぎ、私は八歳になっていた。

 週に一度教会へ通い、フィレスに魔法の手解きを受け、新たな魔法を習得するために勉強する。もちろん、王家の姫としての勉強も予定に組み込まれている。

 お兄様とも関係は良好で、お茶をしたり、自習をするときは声を掛け合ったりして、兄妹仲良く過ごしていた。


 そんなある日、私宛てに赤い封蝋の押された手紙がやってきた。


「カイン殿下からの手紙……」

 封筒に記されたサインを見て、私は血の気が引く思いがした。

 そう。それは、私を断頭台に送る、彼からの手紙だった。

 私は椅子に腰を下ろし、その封筒をテーブルの上に置いた。


 ……そうか。ダルケン王国から、婚約話が上がってきたのね。


 この大陸には、ダルケン王国とユーストリア王国が、その領土を分かち合っている。他に国はない。


 そして、ダルケン王国とユーストリア王国の力関係は、前者の方が圧倒的に上である。領土も、軍事力も、彼の国の方が上なのだ。

 だから、彼の国の王太子の婚約者としての縁談がくれば、基本、立場的には断ることができないのがユーストリア王国の実情だ。


 なぜ、王女といっても養女である私が指名されたのかということは、実は知らない。

 まあ、養女とはいっても、国王の姪であるから血筋としては問題ないと判断されたのだろう、と勝手に推測していた。


 そうして、なぜ婚約話が浮上してから、長きに渡って正式決定されなかったのかも、実の所理由は聞かされていなかった。

 本来なら、この婚約話をあまりにこじれさせたら、国家間で戦争にもなりかねないというのに。


 赤い封蝋が、カインの風貌を思い起こさせる。

 良くいえば情熱的、まあ、悪くいえば直情的ともいうのだろうか。

 その性格を表すかのような、鮮やかな赤い髪と瞳の持ち主で、私の二歳年上だったはずだ。


 マリアが私にペーパーナイフを手渡してくれた。

 私は、時がに向かって進んでいることを思い知らされて、ずしんと心に重石が載せられたかのように、暗い気持ちでその手紙を開けた。


 手紙の中身は、見覚えのあるものだ。

 五度目の、最初の手紙。

 内容は、一度たりとも変わらない。

 挨拶と、私たちの間に婚約話が上がっているということ、そして婚約を望んでいるということ。


 ……まあ、書かされたってところかしらね?


 社交の手紙というものは、それなりの身分であれば書くのが礼儀である。まして、婚約を申し入れているのだから。


 ……さて、これをどうしようかしら?


 今までの生では、ひどい場合は開封もしないで、衝動的に破り捨てたこともある。ただひたすらに怖かったのだ。

 まあ、そのうち慣れてくると、目だけ通して、マリアに代筆を命じていた。

 何度来ても、私が自分で返事を書いたことはない。


 前回までの生では、私とマリアの仲も、そういいものではなかった。そして、彼女が代筆した文章を確認することもなく送り返していた。


 ……よくよく考えると、私は酷いことをしていたわね。


 最初からこの婚姻話がきたことに絶望し、その後は恐怖になったといっても、あまりの仕打ちではないかと思い至った。


 ……どうしようかしら?


 相手は私の国よりも強国。そして相手はその国の王太子。

 私は彼との結婚を望んではいないけれど、彼との仲をこじらせるような行動は慎むべきではないのだろうか?

 私自身のためにも、国のためにも。


 私は王都に下りて、教会で奉仕活動をするうちに、庶民たちとも直接接するようになった。もし彼の国を怒らせて戦争になったりしたら、力のない彼らは理不尽に蹂躙されることだろう。


 それを想像すると、それは避けなければならないと思うのだった。


「マリア、お返事をしようと思うの」

「それは、良いことですね。お相手は隣国の王太子殿下。それが礼儀というものでしょう」

 そう言って私の言葉に同意を示すと、マリアがいくつもの引き出しがついた棚の一つを引いて、便箋と封筒、そしてインクとペンを取って持ってきてくれた。


 ペン先にインクをつける。

 そして、便箋にカインの名前をしたためた。

 私は過去の人生とその記憶があるから、言葉には不自由しない。けれど、八歳の手指はまだ幼くて、綺麗な字を書けているかというと、そんなことはなかった。


 ……年相応な字ね。


 そう考えると、いつ結婚してもおかしくない年頃のマリアに代筆させていたものに比べると、字が、明らかに違ったのではないだろうか?


「ねえ、マリア」

「どうかしましたか? お返事の内容に困ったのでしたら、ご相談に乗りますよ?」

 マリアは、声をかけられた理由を、私が問おうとしたのとは違う意味で受け取ったらしい。親切に手助けを申し出てくれた。


「それはありがたいけれど、違うのよ。……少し、もしも、の話だけれど、意見を聞いてみたいことがあって」

「なんでしょう?」

 マリアが、首を傾げた。


「もし、もしもよ? この手紙の返事を、私じゃなくて、マリアに代筆をしてもらったとして、それを受け取った相手はどう思うのかしら?」

「それはいけません!」

 マリアは慌てた様子で首を横に振った。


「姫様と私は歳が大きく離れておりますし、代筆などしたらすぐにわかってしまうでしょう。そして、それとわかる手紙を受け取ったとしたら……」

「……失礼だし、傷つくわよね」

 そう。多分、私はカインとの付き合い方を、最初から間違えていたのだろう。

 マリアが私の呟きに頷いていた。

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