第17話 ミレニアと、王太子エドワルド④

「エドワル……いえ、エドお兄様。ありがとうございます……!」

 お兄様から向けられる視線には、好意以外の何も感じられない。

 私は、その好意に感動して、胸が高鳴り、頬が熱くなるのを感じた。


 ……嬉しい!


 この生を始めたばかりの頃なら、きっと、「私の人生が変わりそうだ」などと喜んでいそうなものだが、今の私は、ただただ、一度も親しくなれなかったお兄様から愛称で呼んでほしいと言ってもらえたことに感動していた。


 基本、愛称で呼ぶというのは、ごく親しい人にしか許さないものだから。

 私が、お兄様の心を許している相手に加えてもらえたのだと思うと、それだけで嬉しかった。


「エドお兄様、私嬉しくて、胸がいっぱいで……」

 興奮しているのだろうか。胸が高鳴ってドキドキしすぎて、美味しそうなお菓子も、今は胸でつかえて食べられそうにないほどだ。


 そんな私を、お兄様が優しい目で見守ってくれていた。

「ミレニア。君が良ければ、今日は二人でゆっくり過ごそう。僕は、まだ病み上がりということで家庭教師の授業も免除されているから、いくらでも、ゆっくりしていられる」


 お兄様の提案を聞いて、少し離れて待機しているマリアに、ちらりと視線を向けた。すると彼女は静かに首を縦に振った。

 今日の私の予定は空いているという意味だ。

 そうして、私とお兄様は、その日一日はおしゃべりをして過ごすことに決めた。


「そういえば、僕を救ってくれたのは魔法だと聞いたけれど、ミレニアはもともと使えるようになっていたのかい?」

 お兄様は、私があの場で初めて魔法を使えたのだと聞かされてはいないようだった。


「いいえ、エドお兄様。私はあの日まで魔法を使えたことはありませんでした」

「急に使えるようになるなんて、不思議だね」

「フィレスによると、魔法を使えるようになるには、想いというものもとても大切らしくて、私の場合は、あの時エドお兄様をお救いしたいと思ったことがきっかけになったらしいのです」

「へえ……」お兄様が、私の説明を聞いて、関心を惹かれたようでしきりに頷いていた。


「ああ、そうか……ということは、それだけ僕を守ろうと必死になってくれたってことだね。ありがとう、ミレニア。助けてもらったことはもちろんだけど、僕はその君の気持ちがとても嬉しく思うよ」

「……エドお兄様……」

 ストレートな好意を表す言葉に、私は再び頬が熱くなるのを感じた。


「ああ、そうだ。美味しいお菓子も色々用意してもらったんだ! せっかくだから、いただこう。ミレニアはどれが食べたい?」

 お兄様が立ち上がって、トングを手に取った。

 驚いたことに、お兄様自身の手で、よそってくれるつもりらしい。


「エドお兄様、それは私が……」

 兄妹とはいえ、お兄様は直系の王太子。私はその義理の妹だ。

 兄妹の中でも序列はあるのだ。特に、私たちの間には。

 私は恐れ多いと思って、彼を制しようとした。


 離れてマリアと並んで控えている、お兄様の侍女も慌てている様子が見て取れた。


 すると、お兄様が愛嬌のある笑顔を浮かべて、片目をウインクした。

「この間、マナーの教師に教わったんだよ」

「……何をでしょうか?」

「レディーをエスコートしたり、レディーのために率先して何かをして差し上げるのは、男性側のマナーだとね」

「だから遠慮はいらない」と言って、さあとばかりに、お兄様が私の返答を待っていた。


 そこまで言われてしまえば、断るのは女性として失格だろう。

 そう思って、お兄様のお言葉に甘えることにした。


「では、わたしは、新しいお菓子だと噂に聞いている、チョコレイトを食べてみたいです」

「承知しました。麗しきレディー」

 まだお兄様の遊びは続いているらしい。

 恭しく礼をすると、お兄様は手に持ったトングで、私の目の前にある皿に二つのチョコレイトを載せてくれた。

 お兄様も、自分の皿にチョコレイトを二個載せる。


 お兄様が着席したのを確認してから、視線を重ねて頷き合って、二人揃ってチョコレイトを一つ口に含んだ。


「……甘い」

「口の中で溶けてしまうね」


 私たちは、驚きで目を見開いた。

 お兄様も、チョコレイトを実際に口にしたのは初めてだったようだ。


「そういえば、午前中は父上と面会していたと聞いたけれど、何を話していたんだい?」

「私の今後のことについて、お許しをいただきたくて、お父様のもとに伺ったのです」

「……今後?」

 お兄様は、私に尋ねかけてから、ティーカップに注がれた紅茶を一口口にした。

 私も、チョコレイトの甘さが残った口内を、一度洗い流したくて、紅茶を飲んだ。


「お兄様をお救いしたときに使ったのは、氷魔法と聖魔法です。フィレスが言うには、氷魔法は指導できても、聖魔法はできないらしく、教会で奉仕することで力を磨いたらどうかと提案されたのです」

「ああ、そういうことか……なら、外出許可や警備なんかの手配がいるからね。教会といっても、勝手に外出はできないよね」

「そうなんです」


 ふうん、と少し思案する仕草を見せてから、お兄様が口を開いた。

「それにしても、聖魔法……治癒の力を発揮できる人は稀有だと聞いているよ。そして、理由はどうあれ、無償で奉仕作業に出ようとするなんて。僕はミレニア、君のことを妹として誇りに思うよ」


 ……妹として誇りに思う⁉︎


 今まで何度も繰り返してきた中で、そんな言葉を与えられたことはなくて、私の胸は驚きと、そしてその後から感動に心を充たされるのだった。

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