第15話 ミレニアのこれから①
向かい合って座った私たちは、早速先ほどの話題に話を戻した。
「さっき伺いましたが……兄君を救いたいという思いで、魔法を使えたんでしたね?」
「はい、自分でもよくわからないのですが、自然に座学で覚えた魔法陣を思い出し、そして、下腹部から手へと魔力が溢れるのを感じ、そして魔法を使うことができました」
ふむ、とフィレスが膝の上で手を組んで、頷く。
「それは……とても良い方向性です。そして、あなたが使った魔法も希少な力です」
「方向性? 希少?」
彼の意図が読めず、私は首を傾けた。
そんな私を見て、フィレスがクスリと笑う。
「私は、以前あなたに、魔法は魔法を練る訓練と、魔法陣を理解すること、そして想いやイメージだと教えましたね」
「そう、ですね……」
私は、教わった時のことを思い出してから、頷いた。
「その中の想いというものは、例えば『魔物を憎み、それらを倒したい』とか『誰よりも強者でありたい』という、なんらかの自分の欲のためであることが多い。……ああ、これが悪いと言っている訳ではないですよ?」
フィレスの言葉を聞いて、『憎む』という言葉に引っかかった。
……そういえば私、そういう想いを抱いて当然の人がいるのよね。
それは、ダルケン王国の将来の王になる、現王太子カイン・フォン・ダルケン。
私の夫となり、私を断罪して何度も断頭台へ送った男。
彼の成長した姿を思い出した。
……でも、彼を殺したいほど憎んでいるのだろうか?
そう自分の中に問いかけてみると、彼を殺したいほどの強い憎しみは湧いてこなかった。
そうね、あるとしたら、あの瞬間の「またか」という思いと、一瞬の怒りだけだった。
……やはり私って、感情に乏しいのかしら?
自分の心というものに疑念を抱いたそのとき、顔をあげると、私が思案を終えるのを待っているフィレスの顔が目に入った。
「ごめんなさい、お話の途中に、また考え事を……」
私は、教えの途中で待たせてしまったことを、フィレスに謝罪した。
「大丈夫ですよ。私はいくらでも待ちます。……考え事は、終わりましたか?」
「ええ、大丈夫よ」
「では、説明を続けましょうか。さっき話したとおり、自分の欲を叶えたいという想いから魔法を行使できるようになるものが多い、そこまで話しましたね」
「はい」
「よろしい」と頷いて、フィレスが話を先に進めだした。
「それに比べて、あなたの動機は『兄君を救いたい』という他者への思いです。そして、あなたが使ったのは氷魔法と聖魔法。……そういった優しい願いがないと、聖魔法はなかなか使えるようにならない。だから、特に聖魔法を行使できるものは大変希少なのですよ」
過去の記憶を紐解くと、確かに魔法で回復したり、聖なる力をもって攻撃をしたりする聖魔法を使えるものは、少なかった。
それゆえに彼らは身分に関係なく高く評価され、国や貴族、教会からも引き手数多だったはずだ。
そして、その聖魔法を、私が使えたとフィレスが言っているのだ。
……これは、私の人生にとって光明になるのではないだろうか?
「ねえ、フィレス。私はこの能力を高めることはできるかしら?」
私はそこに希望を見出した。
そもそも今まで魔法を使えるに至ったことはない。そして、やっと使えた魔法は希少な聖魔法(氷魔法もだけれど)。
今までの四回の人生とは違う、何かが変わった気がしたのだ。
「もちろんです。それに、氷魔法で障壁を作ったり、足止めをしたりするのは、あなたにとって自衛策にもなり得ますから、そちらも伸ばしたいところですね」
私をしっかりと肯定してくれるフィレスの言葉に、私は頼もしさを感じた。喜びに自然と頬が緩むのを感じる。
「じゃあ、これからもフィレスのもとで学べばいいのね?」
そう私が尋ねると、意外なことに、フィレスが首を横に振った。
「氷魔法については、私がお教えできます。けれど、聖魔法は私には使えないのです。そうすると、そちらは別の師を持った方がよろしい」
私は、そういうことなのかと、なるほどと納得する。
「でも、別の師というと……」
私に、そんな人がいるのだろうか? と疑問が湧いて、それを口にする。
「教会での奉仕、という方法があります。あなたは王家の姫君だから、仕事として誰かに使える身ではない。けれど、奉仕という名目で望むとあれば、彼らも喜んで受け入れこそしても、拒絶することはないでしょう」
「奉仕……」
「そうです。教会では、治癒魔法を使うことができる司教たちが、癒しを求めて訪れるものを治療します。あなたは、それに協力したいと申し出ればいい。もちろん奉仕ですから無償の行為ですが、同じ能力を持つものたちとの縁もできるでしょうし、治癒魔法を使うこと自体が訓練になります」
……そうか。長い目で見れば、人に尽くすことが、私のためになるのね。
「ではまず、お父様にその許可をいただかないといけませんね」
「そうですね。私も同行しましょう。あなたの願いを後押しできるかもしれませんから」
そうして私たちは、お父様、国王陛下に教会での奉仕作業のための外出許可をもらいに赴くことになったのだった。
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