第13話 ミレニアの能力開花①

 そうして、まず最初の一冊を与えられ、私がその本を自分で読めることもあって、フィレスに自学するよう指示された。

 フィレスは国の宰相。当然政務を抱えている。

 私にかかりきりというわけにもいかないのだ。


 まずは、魔法陣を構成する要素を覚え、そしてその意味と組み合わせたときの意味を理解する。

「わからない点があったら、遠慮なく質問しにきてください」とフィレスに言われているので、わからなければ、彼のもとへ出向いた。


 そうでなければ、自室や静かで落ち着く図書館で勉強している。

 そんな期間が一ヶ月ほど過ぎていった。


「魔法の勉強の進み具合はどう?」

 今日はお兄様と向かい合って着席して、それぞれの課題をこなしていた。

 その合間に、お兄様が私に問いかけてきた。


「魔法の勉強って、意外と時間がかかるみたい」

「あれ? 君はフィレスのもとで学び始めてから……」

「一ヶ月以上経ったわ」

「何か魔法は使えるようになったのかい?」

「いいえ、一つも」

 私は首を横に振って、ため息と共に返答した。

 それを見たお兄様が苦笑いをする。


「なんでも、これ……魔法陣というのだけれど、これを構成する要素や組み合わせの意味を理解して、その上で、行使するものの想いやイメージが合わないと使えないらしいの」

「……それは大変だ。でも、君はこれを一人で理解できるんだ」

 お兄様が、目を見開いた。

 確かに六歳の子供がこの本で自習できるというのは、稀だろう。


 お兄様は魔力を持っていないらしい。だから、魔法の勉強をしたことはないそうだ。

 フィレス曰く、『魔力溜まり』という臓器を持って生まれるかどうかは、血筋に関係はないらしい。

 稀にその臓器を持って生まれるものがいて、私もそのうちの一人ということらしい。持っていることに一生気づかずに生を終えるものもいるそうだ。


 だから、魔法を使える人間は希少である。そして、その中でも『類い稀な』魔力を漏らしたことのある私は、逸材の可能性があるのだという。


 ……でも、適性がわからないとね。


 何ができるのかによっても、その魔法使いとしての価値は変わるのではないかと思う。

 だからといって、学ぶことをやめてしまえば、その可能性の芽が芽吹くことはない。


 ……実直にやるしかないわね。


 私は腰を据えて学ぶことを覚悟したのだった。


 ◆


 そうして、魔法を一度も使ったことがないまま、さらに三ヶ月が経った。

 その期間に、私は、火、水(氷を含む)、風、土、そして、光や聖属性の魔法陣について勉強をしていた。

 けれど、学び、記憶するばかりで、一向に魔法が使えそうな気配はなかった。


「さて、一区切りついたから、僕は自室に戻ろうと思うけど、君はどうする?」

 お兄様から声をかけられた。多分、「一緒に帰るか?」という含みもあるわよね? 珍しいわ。いえ、初めてかもしれない。

 ならば、ここで誘いの乗らないのは悪手だろう。


 お兄様が私の名前を呼ぶことはまだない。

 けれど、私たちの関係は、義理の兄妹。それを考えれば、まだ仲は良好なのではないかとも思えるようになってきていた。


「ええ、私も少し疲れてしまいました。……途中までご一緒しても良いですか?」

「いいよ」


 そうして、私たちは連れ立って各々の自室へ帰ることにした。

 図書館から出て、図書館とメインの居城を繋ぐ渡り廊下に出た。

 マリアとお兄様の侍女が、私たちのあとに続く。

 石造りの廊下の両側は、等間隔で石柱が並んで天井を支えている。そして、その外側は庭へ続く屋外になっているのだ。


 さあ、居城へ移動しようと二人で並んで歩いていると、お兄様側の草影からカサリと微かな葉擦れの音がした。


 お兄様は気がつかなかった。

 私はそれに気がついて、そちらに目を向ける。

「あっ!」

 私が、それを毒蛇の子供と理解するのとほぼ同時に、その蛇がお兄様の足首に向かって這ってきた。


「いたっ!」

 お兄様はそう小さく叫ぶと、尻餅をついてその場に座り込んでしまう。お兄様の足首は、小さな切り傷のようなものが出来ていた。


「お兄様!」

 私は彼のもとへ駆け寄ろうとしたけれど、小さな蛇はまだ足らないとばかりに、お兄様を睨め付けて鎌首をもたげている。


 ……どうしよう!

 どうしたら、お兄様を守れる……⁉︎


 そう必死に考えていると、脳裏に一つの魔法陣が浮かび上がった。

 この魔法の名前は……!

 私はとっさに蛇へ利き手を差し出す。


氷の嵐アイスストーム!」

 すると、私の下腹部から温かい魔力が流れ出て、私の利き手を伝って外へと溢れ出た。


 外に出た魔力は冷たい冷気となって蛇に襲いかかり、包み込む。そして、蛇は氷づけになって動かなくなった。


「……できた……」

 初めての魔法の発動に、思わず、利き手の手のひらを見つめた。


「いた……」

 手のひらを見つめてぼうっとしていると、うずくまったお兄様が顔を顰めていた。蛇の牙に傷付けられたと思しき足首は、切り傷から細く血が流れ、肌の色が青く変色し始めていた。


 まさか、毒?

 そう思っていると、お兄様が「寒い……」と言い出した。

 これは、毒だ。

 私は、血の気が引く思いがした。


「誰か!」

 そう叫んだけれど、お兄様を早急に運べそうな兵はいなかった。

「あなたたち、急いでお兄様を運べる男性を連れてきてちょうだい!」

 私が命じると、私付きのマリアと、お兄様付きの侍女が人を探しに駆け出していった。


 ……でも、確かあの毒々しい色の蛇は、成体になったらかなり危険な毒を持つ種だったはず。


 過去の記憶から、最悪の未来が浮かんでしまう。

 お兄様は、この国のたった一人の王子。彼が命を落としてしまったら……!


 ……誰か、お兄様を助けて! いいえ、なんとかして助けたい!


 すると、脳裏に二つの魔法陣が浮かんだ。

「え……」

 戸惑いながらも、お兄様の足首に魔法を発動しようと、そこに手をかざす。


毒解除アンチドーテ基本回復ヒール

「……治って、いく?」

 お兄様が、信じられないといった表情で自分の足首を見つめていた。

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