第11話 ミレニアの魔法訓練③
「今日は、図書館で座学しますよ」
フィレスに魔法を教わるようになって、一週間ほど経ったある日、彼がそう宣言した。
私がいるのは、フィレスの執務室。そして、フィレスは執務机に腰を下ろしていた。
「図書館?」
まだ、魔法を使わせてもらえないの?
そう思って少し私は意気消沈した。
「ねえ、フィレス」
「まだ私は魔法の実技は学べないの?」
私がせっかちなのかしら?
でも私は、フィレスに魔法の才がある、と太鼓判を押してもらっている。
だったら、何か手っ取り早く、バーン! と派手に魔法を放って、周りに認められたりするものじゃないのかしら?
魔法を学ぶことをやめる気はない。それは私の未来の可能性を広げる一つの手だから。
でも、少し地味に学ぶと言うことに不服をこぼしたくなったのだ。
「ミレニア姫……」
フィレスが、私を見て苦笑した。
……あ、やっぱり呆れられたかしら?
「魔法というものは、まず魔力を練る訓練から始まります。そして、次に魔法理論を理解しないといけない」
まずはとばかりに、私を諭すフィレス。そして彼の言葉が続いた。
「魔力を持つものは、まれに、強い思いから理論とは関係なく魔法を発動することがあります。けれど、それはあくまで偶然発動しただけ。不安定なものですし、そもそも次も発動できる保証はないのです」
フィレスは机の上で手を組む。
「そのために、理論を学ぶのです。魔法理論を学び、それに基づいて、自分の制御下で魔法を発動できるようになる。それが魔法の使い手となるための順序なのです。無秩序の上に魔法は存在しない。滅多にね。……わかりますか?」
「わかったわ。私はせっかちになっていたようね」
早く誰かに認められる存在になりたい、その思いが私を焦らせていたのかもしれない。私は、少しがっかりした気持ちと納得の混ざった、苦笑いとともに頷いた。
「では、図書館にいきましょうか」
フィレスが立ち上がって、私のもとへ歩いてきた。
彼が一度かがみ込んで私の手を掬い取る。私たちは手を繋いだ。
「どうして手を繋ぐの?」
過去の生を含めて、私と手を繋ごうとするものなど、あまりいなかった気がする。
「姫はお小さい。私と姫では歩く速さが違うでしょう?」
「確かに、そうね」
「だから、こうして手を繋いでいれば、姫を置いて私が先に進んでしまうことを防げると思いましてね」
「……そうだったのね」
私は、フィレスの言葉に納得した。
フィレスは、私よりずっと背の高い男性だ。本気で歩けば、あっという間に私は置いていかれるだろう。
そうして、手を繋いだ私たちは、歩いて図書館へ向かうのだった。
◆
「姫はそこに座っていてくださいね」
フィレスが、閲覧用のテーブルに備え付けられた椅子のうちの一つを、私のために引いてくれた。
「ありがとう、フィレス」
私は、その椅子に腰を下ろした。
まあ、本当のことを言えば、王族や貴族というものは身分が下のものに、『ドアを開けてもらう』『椅子を引いてもらう』というのは、ごく当たり前のことで、感謝を述べるほどのことではない。
けれど、今世の私は、こういったときも感謝の言葉は積極的に口にしよう、と心に決めていたのだ。
……でもフィレスって、代々の王に宰相として仕えてきてるのよね。
そう考えると、ある意味彼は王族より上の立場なのではないだろうか? と疑問がよぎったのだけれど、そこは今は深く考えないことにした。
椅子におとなしく座って待っていると、程なくしてフィレスが一冊の本を手に持って私のもとへ戻ってきた。
彼が私の目の前に置いた本の表紙には、『魔法理論と初級魔法』と書かれていた。
私はその本のタイトルを読んだ。
「……ああよかった。姫は既に文字も読めるのですね」
フィレスが、安堵しているのか目を細めた。
「そ、そうね。引き取られる前に、どうしても自分で本が読みたくて、努力したのよ」
本当のことを言えば、十五歳までの人生を何度も繰り返しているので、知っていて当然のことだ。けれど、そんなこと言えるわけがない。
だから、私は適当な言い訳で誤魔化した。
「ならば勉強も進みが早いかもしれません。最初は読み聞かせながら時間をかけて……と思っていましたが、意外とスムーズに進みそうです」
「だといいわね」
私が同意すると、フィレスが本をめくった。
「この本には、まず、魔法の基礎理論が書かれていて、この世界の魔法とはどういうものか、そしてそれをどう制御すれば行使できるようになるのかが書かれています」
「うん」
「そして、後半は少しの実践的な内容が書かれています。いわゆる初級魔法と言われる魔法の使い方に触れているのです」
「じゃあ……もう少しで私も魔法を使えるようになるのね!」
いよいよか! と私の胸の内に期待が湧く。
それが表情に出てしまっていたのだろうか。そんな私を見たフィレスが、微笑ましそうな顔をしていた。
「そうですね。ミレニア姫が魔法をお使いになるまで、もうひと辛抱です」
「頑張りましょう」と付け加えて、私たちはその本に向き合うのだった。
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