第10話 ミレニアの魔法訓練②

「『魔力溜まり』にある、魔力を意識する……」

 私は、まずそこから訓練中である。

 初歩も初歩。そもそもまだ、魔力というものの手応えすら感じていない。


 ……本当に魔法が使えるようになるのかしら?


 ふっとそんな疑念がよぎった。

「ミレニア姫。今、自分を疑ったでしょう?」

 私の思いは顔に出てしまったらしく、すぐにフィレスに指摘されてしまった。


「……だって、さっきから一刻くらいは続けているわ。それなのに、何も感じられないのだもの」

 私は、少しフィレスに抗議したくなって、自分でも気づかない無意識のうちに唇を尖らせた。


「魔法の鍛錬とはそういうものです。彼らだって、あなたのような時期を経て、ああやって魔法を行使しているのですよ」

 そう私に諭した彼の指先が、練習場の中で魔法訓練をしている兵士を指していた。


「一朝一夕とはいかないのね」

「そうです。さあ、お分かりになったら、続けてください」

 フィレスの口調は駄々をこねる子供を諭すようだ。

 うん、私は六歳なのだから、それが当然よね。


 ふう、と私は一つ深呼吸をする。


 ……私の未来のためなのだもの。まだほんの少ししかやっていないのに、音を上げていてはダメよね。


 私は、しっかり取り込もうと決意した。

 瞼を閉じる。

 まだ日の高い時間だから、瞼を閉じても明るさは感じるものの、余計なものは瞼という帳に覆われて消えてなくなった。


「丹田のあたりにある、魔力の温かさを感じとって」

 フィレスの言葉に耳を傾ける。


 ……温かさ、温かさ……。


 私は、瞼を閉じたまま、じっとその気配を探っていく。

 瞼を閉じると、不思議なことに、視界だけでなく、耳から聞こえてくる外野の声も遮断され、気にならなくなってきた。


 そして、ただ、意識を臍の下に集中させる。

 すると。

 どろり、とした液体のような温かいものが、動くのを感じた。


「今、お臍の下が、どろりと温かかったわ!」

 私は、パッと目を見開いて、今感じた感覚をフィレスに伝えた。

 フィレスが目を細めて頷く。


「おそらく、それがあなたの魔力でしょう」

 フィレスも、私に付き合って一刻。ようやく感覚を掴んだらしい私に満足そうに笑っている。


「では、次の段階に行きましょう。もう一度、目を閉じて」

 フィレスの大きな手のひらが私の顔へ添えられて、私の額から瞼へと撫でていく。

 私はそれに従って瞼を再び閉じた。


「魔力の温かさを感じたら、次は、それを『魔力溜まり』の中で動かしてみてください」

「……動かすって、どういうふうに?」

「そうですね。臓器の中で、魔力をぐるりと回すような……」


 口で感覚を教えるというのは難しいのかもしれない。フィレスの言葉尻は「どう教えようか」といった彼の悩みを感じさせた。


「ぐるり、と回す……」

 さっき、私は魔力を温かい液体のようだと感じたはず。だったら、それはきっとフィレスの言うように、流動的に動くはず。

 それを信じて、に意識を集中させる。


 ぐるり、と少しだけ温かい液体が回るような感じがした。


「……少し、動いた気がする……」

 私はフィレスに告げて、再び集中する。まだ、感じたのはほんの少しの動きだけ。本当に動かせたのかは、まだ確かではないのだ。


 ……もう一度、集中して……。


 すると、今度ははっきりと、ぐるりと円形の臓器の中で液体が回る感覚がした。

 私は、パッと目を見開いた。


「フィレス、感じたわ!」

 私は嬉しくてフィレスのローブの裾を掴んだ。

 そして、私より遥かに背の高いフィレスを見上げて、その瞳を見つめる。

 目が合うと、彼の目が柔らかく細められた。


「よく、出来ましたね」

 フィレスが私の頭頂部を撫でた。

 私の癖のある髪が、フィレスの大きな手でかき混ぜられる。


「今の魔力を動かす動作は、『魔力を練る』と表現します。そして、魔力を練るだけでも、魔法の鍛錬になります。魔法の威力が上がったり、総魔力量が増えたりします。これは、魔法を使う初歩の訓練ですが、将来のための基盤にもなるのです」

 私を撫でる手を止めて、フィレスが説明する。


「ですから、まず、この魔力を練り上げることを、常にするようにしてください。そのうち、無意識でもできるようになるでしょう」

「そうなのね。これが、基本……」

「そうです」

 そうして、私の魔法訓練の初日は終了したのだった。

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