第9話 ミレニアの魔法訓練①

「さて、練習を始めましょうか」

 私を見下ろすフィレスが口火を切った。


 ……ちょっとドキドキするわね。


 魔法というものに初めて触れることに、私の胸が高鳴った。


「まずは、魔力を感じるところから始めましょう」

 さあ、魔法が使えるのかしら、と安易に考えたのだけれど、それは早計だったようだ。


「感じる、の? それってどういう意味?」

 私は突然言われても、どうやったらいいか分からずに当惑する。

 高揚していた気持ちがあっという間に萎んで、急に自信がなくなってきた。


 私はフィレスの纏うローブの裾を、思わず握った。

 それを見て、フィレスが、ふっと微笑んだように見えた。


「そんなに急かなくてもよろしい。まずは、魔力というものについて説明しましょう。……人間の臍の下、丹田と言われる場所には、『魔力溜まり』という臓器があるのです」


「この辺り、かしら……?」

 フィレスの言葉を聞いて、ここかと思う自分の下腹部を両手で抑えると、フィレスが肯定して首を縦に振る。


「そうです。そこに、『魔力溜まり』があるのです。その臓器は生まれつきのものです。あるものにはあるし、ないものにはない」

 フィレスが、私に噛み砕くように、順を追って説明してくれる。

 私はそれを聞き逃すまいと、一言一言を脳裏に刻み込みながら、頷くのだった。

 そして、彼の今の説明に疑問が湧いた。


「ねえ、フィレス」

「はい、どうかしましたか?」

「質問があるのよ」

「なんでしょう?」

 フィレスの態度は、生徒をゆっくりと導く師そのもののようで、まだ六歳の生徒である私の疑問にも、きちんと立ち止まって尋ね返してくれた。


「今フィレスは、この臓器は生まれつきのものだと言ったわよね?」

「そうですね」

「だったら、魔法というものは、生まれつき行使可能な人と、どう頑張っても使えない人とに分かれてしまうの?」

 私は、フィレスに問うてから、手で押さえている下腹部を見下ろした。



「残念ながら、現実はそうです」

 その答えに、魔法を使いたいと思っても使えない人がいるというのは、かわいそうじゃないかと思った。


「可哀想ね」

 そう、他者を憐れむかのような言葉が私の口をついて出たけれど、それはもしかしたら私もなのだろうか。

 そう、不安がよぎった。


「私には、その臓器があるのかしら? フィレス、あなたは私には魔法の才があると言ったわ。それは本当なの?」

 私には、まだ魔法を使った経験はない。


 だから、いくら魔法の才があると言われても、その実感は乏しかった。そして、臓器とは体の中にあるものだ。なぜ、確証をもって私に才能があると言い切れるのか、不思議に思ったのだ。


「あなたに魔法の才があるのは本当です」

「あなたには、私にその『魔力溜まり』という臓器があるのが見えるの?」

 断言するフィレスに、私は問い返した。すると、フィレスは首を横に振って否定した。


「私には、そんなまるで体内を透視するような能力はありません。けれど……」

「けれど?」

「さっき言ったでしょう? あなたの体から魔力が漏れ出すのを感じたことがあると」

 そう言われてみれば、確かにそうだった。


「さっき聞いたばかりだというのに、ごめんなさい……」

 私は、素直に自分の非を認めた。

「大丈夫ですよ。私も少し説明が不足していたらしい」

 フィレスが、私に向かい合って目線の高さが合うように、しゃがみ込んだ。


「魔力溜まりがなければ、魔力を使えない。……それは、魔力を体内で作ることができないということです」

 フィレスが、噛み砕くように説明し始めた。

 私は、まずはその言葉を理解したと伝えるために頷いた。


「次に、あなたは類い稀なる魔力を漏れ出したことがある。それは私自身が感じ取ったことなので、事実です」

「うん」


「とすると、あなたには魔力を生み出す力がある」

「そうね。……ああ、だから、私には『魔力溜まり』があると、推測できるのね」

 私が、フィレスが論理的に順を追って説明してくれた内容に追いつくと、「よくできました」といった様子で、フィレスが私の頭を優しく撫でる。


「そうです。あなたは、幼いながらも聡明だ」

 私の頭を撫でるフィレスの手が、私の髪をくしゃりと優しくかき混ぜた。


「そこまでわかったら、その『魔力溜まり』にある魔力を感じるところから始めますよ」

 そう言って、しゃがんでいたフィレスが立ち上がる。


 ……ん? 魔法を使うとか、そういう前に、そこまで前段階から始めるの?


 私は、先走って「魔法が使える」と思い込んでいたから、少しがっかりした。

「ねえ、魔法を使うところからじゃないの?」

 そして、その感情をフィレスに吐露する。


 頭上から、ぷっと笑う声がした。

「ミレニア姫。流石にそれは先走り過ぎですよ」

 私は優しく嗜められて、基礎訓練からコツコツと励むことになったのだった。

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