第4話 ミレニアと、王太子エドワルド②

「いえ、全部というわけではありません。たまたま、その単語を教わったばかりでしたので……」

 六歳でマスターしていたら、普通怪しまれるだろう。

 そう思って、私は言葉を濁す。


 そういえば、お兄様は何度繰り返しても、私のことを嫌っているようだったことを思い出す。


 ……今思い返してみると、なぜなのかしら?


 確かに私は、『妖精姫』と称されるほど、笑顔もない可愛げのない人間だった。

 多分。

 けれど、だからといって、最初からそこまで忌み嫌われるのはよくわからなかった。


 ……何か理由があるのかしら?


 お兄様に睨みつけられながら、私は不思議に思うのだった。

 それは、五回目にして初めて生まれた疑問だった。


「僕は、お前の手を借りるつもりはない」

 私の方に向けた顔を再び本へと移し、一人でやるという態度を見せる。

 そして「去れ」と、そして「僕はお前を妹などと認めていない」と告げられた。

 お兄様は完全に私を拒絶しているようだ。


「……ミレニア様」

 マリアがその雰囲気を察してか、一度この場は立ち去ろうと身振りで提案してくる。


「そうね、マリア。……お邪魔してごめんなさい、

 私は、彼を兄と呼ぶのはやめなかった。

 そして、マリアの例があるから、いずれは名前で、「エドワルドお兄様」と呼べる仲になりたい。


 もし婚約を防ぐという手が失敗しても、嫁いだ後に後ろ盾になってくれるような、そういう仲になっておきたかった。

 そう思いながらも、この場は矛を引こう。そう思って、私は図書館を後にするのだった。


 ◆


 私は、マリアが「城の中を案内しましょう」と提案してくれたので、その申し出を受けることにした。

 だって、私はまだこの城に迎え入れられたばかりだ。

 王妹の娘という立場から、両親とともに城に招かれたことは何度かある。

 けれど、『生活に必要なほど知っている』わけでないのが、今の私の立場のはずである。


 マリアは丁寧に、私が必要そうな部屋を案内してくれるけれども、実の所私はあまり聞いていなかった。

 だって、彼女の好意に対して申し訳と思うのだけれど、知っているのだから。


 だから、思考はさっき投げつけられた、お兄様の視線の意味を考えることに向いていた。

「ねえ、マリア」

「はい、姫様」

「少し歩き疲れてしまったわ。部屋に戻って、お茶を飲みたいの」

 そう言って、それを口実に、やんわりと案内を辞退したいと訴えた。


「まあ、気づかずに申し訳ございません」

 マリアが慌てて謝罪するけれど、私は「いいのよ」と言って首を横に振る。

 するとそれを見たマリアが、ほうっと安堵のため息をついて、表情が和らぐ。


「私の部屋に戻るのに付き添ってちょうだい。そのあと、急がなくていいから、お茶を用意して欲しいの。二人分」

「二人分、……ですか?」

 普通、今の状況でマリアが考えるのは、私一人ぶんのお茶の用意だろう。けれど、私には招きたい客人がいたのだ。


 ◆


「ミレニア姫様……」

 私の私室のテーブルに私は腰を下ろしている。そして、その向かいにはマリアが、私に命じられて腰を下ろしていた。彼女の表情は非常に固い。

 普通なら、侍女が使える姫と向かい合ってお茶をするなど、よほど親密でもない限りないのだ。


 そう、私が話をしたかったとは、マリアだった。

 さっきのお兄様の態度について、相談をしたかった。


 悲しいことに、私には相談をできる相手という人がいない。

 けれど、まだ気が早いかもと思うけれど、過去の何回目とも異なって、マリアだけは私に対する態度を軟化してくれていたからだ。

 そして、彼女は頼られるのを好む傾向があるようだし。


 ……ここまで計算づくだと、嫌な女と思われるかしらね?


 でも、私は何度も死ぬ運命を辿る中で、それを一人で抱えて寂しい人生を送ってきた。

 優しい態度を見せてくれるマリアには、私の中でも仄かな好感が芽生えていたのだ。


 ……人に、甘えたかった。


 それも、私にとっての真実なのだ。

 一度それを知ると、それはとても甘美で温かなものだったのだ。


「あんまり恐縮しないで欲しいわ、マリア。あなたには、私の相談に乗って欲しいのよ」

 そう言って、私はマリアにお茶を飲むように勧めた。

 まあそれは、マリアが淹れてくれたものなのだけれど。

 マリアは恐縮しながらも、ティーカップに口をつけ、そしてカップをソーサーの上に戻した。


「侍女の私めに、相談……ですか?」

 彼女は、両手を行儀良く膝の上に戻して、首を傾けた。


「お兄様が、どうしてあんなに私をお嫌いになるのか、知りたいの」

 私はマリアにそう伝えると、ふと瞼を伏せた。


「……姫様」

 マリアは、そんな私を見て、「おいたわしい」と同情してくれた。

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