悪役令嬢は家に帰るそうです(2)


(あんなエリオット殿下初めて見た...)


 私が知っているのは....


(やめよう。思い出すのは、今はあんなことにはならない....ならないはずだから)


 私は何とか過去、冷酷な目を向けられていたことを首を振って断ち切った。それより、『そこの少女を見逃す』というのはどういうことだろうか。


「ごめん。バレてた。」


「えっ??」


「ここ、関係者、以外、立ち入り禁止。」


 つまり、私が迷い込んだ場所は運悪くも入っちゃ行けない場所だったらしい。そしてそれを薊は隠してくれたらしかった。


(てか、関係者以外立ち入り禁止に入れるってことの方が気になるんですけど!?)


「あの、あなたは一体...」


あざみ、」


「えっ?」


「名前、呼ぶ、許す。」


「アザミ...わかりました。アザミ様。...?」


 立ち入り禁止に入れる時点できっと相手は貴族だと私は悟り、礼節のある行動へと変えた。

 しかし、薊は歩く足を止め、振り向き、こちらをじっと見つめてきた。


(...何?なんかやらかした...?)


「名前、、、ニクゥイーバータオジョオゥソゥ」


東国トゥーリ語、ですか?申し訳ありません。東国トゥーリ語はよくわからなくて...」


 東国トゥーリ語とはその名の通り、東国トゥーリで話されている言葉だ。東国は、この国ハイルツェン王国の大領地のひとつで主に獣族たちの住む国だ。

 先程から見せるようになったその耳としっぽからやはり獣族なのだろう。


「ん...呼ぶ、名前、様、なし...」


「えっ...」


「名前っ!!」


(大丈夫かな...絶対この子貴族、、、あっ)


「もしかして、獗獄けっごく薊様ですがか?」


 少し嫌そうな顔をして、薊は首を縦に振った。

 獗獄家、それは四大公爵家の一つである。獗獄家は群青色の髪に、紅の目。まさに今目の前にいる薊のような特徴を持っている。


(絶対呼び捨てはむりーーーーー!!!!)


「.....分かった。でも、次は、先輩って呼ぶ。命令。」


「えっ???」


(この子私より歳上なんだ...でもやっぱり貴族と馴れ馴れしくするのは...)


「命令。」


「はっはい。薊先輩。」


「じゃあ...ね。」


 薊は満足そうに薄く微笑んで、引っ張っていた手を話すと、また音もなく消えてしまった。


「シャルっ!!!」


 いつの間にか待合室の前に来ていて、振り返るとエンディーが待合室から出てきていた。


「あっエナねえちゃん。」


「もう探したのよシャル全然待合室来ないんだから...」


「ごめんごめん...さっ帰ろ。」


 私はエンディーの手を繋ぐと、校門へと歩き出した。

 少し後ろを振り返るが、やはりそこには誰もいなかった。


  _._._._._._._


 王都の中でも、雰囲気が周りとはだいぶ違う場所。それが王都の東側の地区だ。

 他とは違う木造建築の数々が立ち並び、その多くが朱色に染まっていた。異国情緒に包まれたその中では、東国トゥーリ語が飛び交っていた。

 そして、そんな街並みの城に1番近い場所に、朱色ではなく群青に染め上げられた館が一つであった。

 獗獄けっごく館またの名、群青邸。


 薊が家に帰ると、兄妹が玄関前に仁王立ちしていた。自分と同じ姿をしたその兄妹は、耳も尻尾もピンと立ててどうやら怒っているらしかった。


柊風しゅうふう....ただいっ」


「薊、どこ行ってた。交代、約束。」


「約束....??」


 はて、何か約束などしただろうかと首を少し傾げた薊はひとつ、思い当たる事があった。


「護衛騎士...のこ、と?」


 あの気に食わない子の護衛など真っ平御免だと、すっかり薊は忘れてた。


「そう。」


「約束。してない。」


嘘つくなよヴァオシューフワ!!そう言ってまた面倒事ゾンシィーバー押し付けるんだろマーファンツィーカイ!!」


別に嘘はついてないわヲメイユーシューウワ!!護衛騎士の仕事なんてヲビジャンダンピィ...やりたくないブゥーナン!!」


 普段、寡黙な双子の兄妹だと言われているこのふたりだが、実情はただ王都でよく使われている中央ハッツィー語が苦手なだけなのであった。


いや、薊は嘘つきだねボゥニィピィアリルヲォというかリュウギョウミィあんな子の護衛なんかヲォイェイァンヲゥビジャンダンピ僕だってごめんだねワヨゥシェブゥーナン!!」


じゃあなんでっナメウェッシェンメェ!!」


「たっだいま〜!!....ん??」


 二人の口論がヒートアップし、お互いのマフラーに掴みかかったところで、ある人物が帰ってきた。

 その人物が現れた瞬間、二人はマフラーから手を離し、お揃いの朱色のマフラをふわりと動かした。くるりと向いた方向はもちろん、玄関に立つ人物。


「「元凶...」」


 声を揃えて放った二人の言葉に、何か悪い事が起きると感じた。

 緩くひとつに結んだ髪や耳、尻尾は双子と同じく群青色をしている。しかし、その顔は双子の無表情さとは全く違い苦笑いを浮かべていた。


「ちょっと待って、ねっ薊ちゃんも柊風も....僕も色々大変なんだよ〜ねって....」


 そして、中央ハッツィー語を上手く使いこなし流暢に喋る様は、二人とはやはり違っていた。


「父上、言い訳。」


「そんなもの、いらない。」


 そう、今二人の目の前にいるのは、二人父である。その名、獗獄けっごく柳風りゅうふう


「あはは...」


「「あっ...逃げるなビィヤォパオディアオ!!」


 苦笑いが聞こえたと思った瞬間、そこには誰もいなくなった。身のこなしが軽く、自由な男。柳風らしい逃げ方だった。

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