閑話 精霊は隠しきれなかったようです


 くんくん...


「何やってる?あざみ。」


「...におう。」


「におう?何が?......ねぇ、無視してる?」


「うるさい、ついてくるな。柊風しゅうふう。」


「でも、今日夜会ある。」


「知らない。興味無い。....だからついてくるな!」


 夜の暗がりの中、二つの影が街を動いていた。

 あざみと呼ばれた少女は群青の長髪を低い位置で二つに結んでいた。その髪と首に巻いたマフラーをなびかせながら、屋根の上を飛び移っていた。

 その後ろ、柊風しゅうふうと呼ばれた少年は同じく群青の短髪。薊とお揃いの紅マフラーをなびかせて、薊を追う。


「薊、どこ行く?何かを感じたのか?」


「...魔力感知、上。」


「上...」


 柊風が空を見上げた瞬間、そこに大きな魔法陣が浮かび上がった。街全体を覆うほどのその魔法陣に二人は足を止め魅せられた。


「あぁ。すごい。この広範囲を一人で。」


「でも、これやってるの人間。」


 そう、この一瞬であんなに大きな魔法陣が浮かび上がるはずがない。しかもそれを一人がやっていることだとすると、人間では不可能の域だ。


「あっ...」


「消えた?」


 魔法陣はその姿を消した。現れるのもあっという間で、消えるのも瞬間の事だった。


「でもまだ...」


「うん。感じる。」


  _._._._._._._


「隠密をかけながら、広範囲魔法を操る…化け物だね。」


「あぁ、そうだな。」


「あれ?興味なし?もしかしてエリはこれが誰の仕業か知っているのかい?」


「さぁ?それより今日は何の用だ?しかもこんな遅くに...」


 机から目を離さずに喋るエリオットの姿は忙しそうだった。


「えっ?それ本気で言ってる?今日はパーティの日だよ!!呼んでも出てこないからって私が呼ばれたんですっ!」


「あぁ今日だったか...いっその事ジルが女だったらよかったのにな。」


「やってみますか?フカ...ミリァー...我が身よ変幻せよ。」


「えっ?」


 さすがに本気でやると思っていなかったエリオットは、驚いてジルベルトに目を向けた。


「どう?結構可愛くできたと思うけど...エリ?」


 そこには、呆然とジルベルトを見つめるエリオットがいた。椅子から立ち上がると、ジリジリとジルベルトの方に近ずいてきた。


「えっ何?えっどっどうした??」


 エリオットはガシッと行きよくジルベルトの肩を掴んでじっとジルベルトの顔を見つめた。

 これがエリオットの顔が優しく微笑んでいれば、ドキドキシーンだったかもしれないが、そのエリオットの顔は、、、


「こっわーえっ?なんかやらかした?えっすごい形相なんですかど??」


「シャロル?」


「はぁ??誰ですそれ?」


「あっいやなんでもない。すまない。」


 エリオットは自分が何をしているのか気がついたらしく、慌ててジルベルトから手を離した。


「はっ早くいこう。」


「その格好で行くつもりですか?」


 エリオットの姿は、正しく一夜漬けの後のそれであった。その事にエリオットも今気がついたらしく、少々戸惑った。


「まったく...今呼んできますね。」


「あぁ頼む。」


 急ぎ早にジルベルトは部屋を出ていった。


「はぁ...自分でも分からないな..シャロル。確かに君はシャロルという名前だったはずだ。...どこかで....君と会った気がするんだ。」


 突然思い起こされたシャロルと言う名前にエリオットは困惑した。

 しかし、思い起こされたのはそれだけだった。


「はぁ...一体君は誰なんだ?」


 コンコン


「入れ。」


 エリオットの問に誰かが答えてくれるはずもなく、エリオットはパーティーの支度をすることになった。


  _._._._._._._


「あぁ〜嫌だぁ〜行きたくないよぉ〜。」


「イアン。しっかりしなさい。そんなことではルリーを守れるかどうか不安で仕方ない。」


 全く...っと呟きながらイアンツィーの前に座るクリアスはこめかみを抑えた。

 ここはドレッディーン家の馬車内、クリアスのため息はその場を緊張に走らせる。

 しかしそんな緊張感をあっという間にといてしまう者がいた。


「なんで二人揃ってそんな顔をするのですか?わたくしはやはり、行かない方がいいパーティーなのでしょうか…この病で社交界は初めてですし…。」


「そんなことないよ!!ルリー、君はとても愛らしく、素晴らしいレディに育っているんだ。だからこそ心配なんだよぉ〜...」


「隣にいる兄はともかく...ルリー、私の娘なのだ。何も怖がることは無い。ドレッディーン家として胸を張れ。」


 そう言ってクリアスは少し微笑んだ。


「はいっ!!お父様!」


「僕もそばにいますからね。ルリー...」


「はいっ!!お兄様!」


 イアンツィーに頭を撫でられながら、ルリィーアは笑った。

 その花開くような笑顔に、クリアスもイアンツィーも微笑んだ。


 チリン...


「っ......」


 不意に聞こえたその鈴の音に、またもや緊張が走った。


「どうしたんですの?」


 しかし、ルリィーアには聞こえていない。


「いや、なんでもないよ。ほらもうすぐ宮殿が見えてくるよ。」


 イアンツィーがすぐさま話題を変えると、ルリィーアは馬車の窓のカーテンを少し開け、外を楽しそうに見ていた。


「イアン...」


「大丈夫ですよ。害はありません。」


「そうか。」


 イアンツィーの言葉に少しほっとし、クリアスはそのままルリィーアを眺めた。

 クリアスはその顔には出さないが、イアンツィーの事を信頼しているようだった。そして、それに最近気がついたイアンツィーは。外、空を見上げて考える。


(そう、害はない。でも、この魔力は...シャルさんの言っていたスィーピアさんのものですね。)


 魔力で広範囲に何かが展開されている。すぐに隠密をかけられたせいでなんの魔法を使っているのかが読めない。


(一体今度は何をしたんでしょうね。シャルさん...)


  _._._._._._._


 今回の広範囲魔法。隠しきれなかったスィーピア。そして、もう一人この魔法に勘づく者がいた。

 それはクリソラン・ノームル。だが、この者が気がつくのは当たり前のことなのかもしれない。

 スィーピアはクリソランの娘であるアイリス、今のソリアの使役精霊なのだから。

 クリソランはどこか懐かしそうに、バルコニーから外を見つめた。


「どうしたんです?そんなキョロキョロして?ね?クリソラン先輩。」


 そんなクリソランにそう気安く声をかけてくる者がいた。

 群青色の髪を、男としては長すぎるほどに伸ばし緩く一つで結ってあるような結ってないような髪型が、彼の性格をよく示していた。


柳風りゅうふう君。私はこんな後輩を持った覚えはないんですがね?」


「え〜辛辣ですね。先輩ってば。」


「はぁ...もう先輩と呼ばれるような歳じゃないんですよ…」


 そう、二人の会話は先輩後輩のようではあるが、もう57歳と50歳のおじさんである。しかし、そこは精霊族と獣族なので、見た目は30歳だと言われても分からないものだった。


 実際、動きも俊敏で柳風はどこから持ってきたのかその手にはいつの間にかワインが二つ。


「久しぶりなんですから。一緒に飲みましょ?」


「ふっ本当に柳風君は何も変わらないですね。」


「えっ?嫌味ですか?それなら先輩はなんだか年老いましたね?」


 バシッ


 クリソランは少しムカついて柳風にデコピンを食らわせた。


「痛っ...変なとこ子どもなんだから...」


「何か?」


「いーえ。なんでもないです。それより飲みましょう。この出会いに!!」


「仕方ないですね。ではこの出会いに。」


 グラスを傾けてくる柳風に、クリソランは同じくグラスを傾けた。

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