悪役令嬢は記憶と向き合うようです(2)


 長い沈黙の後エンディーは何も言わずただ私を抱き寄せた。

 そしてまた沈黙が続き、エンディーは私を抱きしめたままゆっくり話出した。


「シャル...それはね。とても辛い事かもしれない。苦しくて泣きたくなるものばかりかもしれない。それでも...それでも?」


「エナねぇちゃん...。」


(そうだよね。エンディーも同じ様に家族を無くしたという事は変わらないんだよね。いや...私以上に覚えているんだから、もっと辛いのかも...)


「エナねぇちゃん。私ね。もう逃げたくないんだ。忘れて無かったことにはもう出来ないの。」


「でもっ!!」


 私はエンディーが抱きしめる腕を離した。エンディーは今にも泣きそうな顔で私を見つめる。

 そんな顔は、今まで見たことがなかった。


「だから...だからっ!!手伝って欲しいの!一緒に思い出して欲しいの!辛いことだってあるかもしれない。苦しいことも悲しくなってしまうこともきっとある。でもそれだけじゃないじゃん...。おにぃちゃん...カリーおにぃちゃんとの思い出は、さっ。」


「っ!?!?な、んで...。」


『うわーお!!よく分かったじゃ〜ん!』


 さすがのエトも、私がこの結論に辿り着くとは思わなかったのだろう。とても興奮気味だ。

 エンディーも同様、驚いて硬直している。


「えっと...エトねぇちゃん、どうなってるの??」


 確かに推理どうり、カリーはあの日亡くなったおにぃちゃんなのだ。しかし、なぜ生きているのかは分からないままだ。


「そう...よね。でも、私にも分からないの。彼が誰なのか。母さんたちも分からないの。」


 エンディーは自分を落ち着かせる為か、ゆっくりと話し始めた。


「シャルがどこまで覚えているのか分からないけど、実はね。母さんたちって...」


 ドシッドシッ、ドシッドシッ


「っ!?!??」


「何...あ、れ。」


 急な大きな振動がし、私たちは森の方を見た。すると森から出てきたのは、巨大な熊だった。


「エッエナねぇちゃん...。」


「落ち着いてシャル!!絶対にあの熊から目を逸らさないで!!」


 エンディーは始め少し驚いたものの、落ち着きを取り戻したのか、私に指示をした。そして、素早く首にかけていた笛を高らかに鳴らす。


 ドシッ...ドシッ...


 大柄な熊は一歩また一歩と近ずいて来る。今までに感じたことのない恐怖を感じた。何回も死んだことはある。しかし、今私は大量の冷や汗で手も湿っていた。


「エナ!!シャル!!大丈夫か!!!」


 不意に聞こえた声に私は油断し、そちらの方を見てしまった。


「父さっ!!」


 私が目を離した大柄な熊は急に動きが俊敏になり、その鋭い爪を持った手を私へ振り下ろした。


(やだ!!死にたくないっ!!)


「助けっ...」


 目の前に迫った爪が怖く私は反射的に目を瞑った。

 ...........

 .......

 ....

 しかし、いつになっても痛みは来ない。


『シャ〜ル、大丈夫。目開けてみ。』


 エトが優しくそういうので、私は少し落ち着き、目を開けた。


「あ...れ??」


 そこにあったのは、首と胴が離されている先程の熊がいた。


「シャル!!大丈夫?怪我してない??」


「母さん...。」


 呆然とする私を抱きしめたのは、ソリアだった。


(...ん??あれっ母さん?)


「もしかして...あれ。」


「ん?あぁそうよ。私がやったの、久しぶりの狩りだったから少し手こずっちゃったわ。ごめんなさいね。怖かったでしょう...。」


「えぇー...。」


(まじか...私の母さんめちゃ強かった。)


『あれっ言ってなかったけか?ドムリもソリアも元Sランク冒険者だよ〜』


(えすらんくぼうけんしゃ??)


『あぁえっとね簡単に言うと英雄並だってこと。』


 いつも楽しく話すエトが今回の説明は少し適当だった。


『いやだって、そんくらい知ってる子多いんだよ...あ、いやなんでもない。じゃっちょっとやることあるし外すねぇ〜』


 唐突に別れを告げると、エトは回線を切った。


「なんなんだか...。」


「ん?どうしたの、シャル。」


「ううん。なんでもない。それよりカリーは?」


「そういえば、さっき森に行ったきり帰って来ないね...。」


 カリーが森から戻って来ないことに、家族全員が顔を強ばらせた。

 過去のことを思い出すのだろう。


「俺が探してくる。ソリア、あとの準備はよろしく頼んだ。」


「えぇ...わかったわ。」


 少しの沈黙の中ドムリがそう切り出し、ソリアもハッとする。

 ドムリとソリアは凛とした表情で頷いた。そんな彼らが、いつもより頼もしく見えた。


「じゃあ...行ってくる。」


「気を付けてね。」


「...ふ〜エナ、シャル。ご飯用意しましょ!!」


 ソリアはそう笑顔で振舞った。

 それはいつもの母親の表情ではあるものの、森の方をチラリと見るその表情は、しかし心配のようだ。


(私...何も出来なかった。)


 私はまた、一人底に突き落とされる感覚がした。




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