第五話

「ついに、ついに――書き上げたぞーぉー!」


 わたしは両手を天に向かって、神さまに感謝の祈りを大声で叫び捧げた。


「えりゃい、えりゃい! きゅぁらー」


 ディナが、わたしの歓喜に反応し褒めてくれている。

(この発音できないところが、かわゆい。わぁーってなって、癒やされるわぁー)


 しかし、神さまは厳しかった。


「ぅ、うわーぁー」


 スローモーションで天井が見えて、


「いだーあーぁー、い」

「あはははは――笑い殺す気か!」


 わたしを見下ろしながら、涙目になりながらバカ笑いしている、リュド。

 転んだ拍子にさっきまで執筆で使用いていた辞書が一緒に床に転がっているのが、目に入ってきた。


「乙女が転けているのに、助けるどころか。よろこぶヤツには――」

「うッ」


 分厚い辞書が、顎にクリティカルヒットした。リュドの身体が大きく反れて、後頭部が床に激突し鈍い音がし、動かなくなった……。

(ゃ、や、殺って――しまったーぁー!)


「犯人は……キアラさん――――あなたです!」

(わかってるよ、そんなこと!)


 "トリアス"。うん、うん、と首を上下に振って優越感に浸っていた。

 あんた! 推理小説に出てくる名探偵が犯人のアリバイトリックを見破りました! 的な台詞回してるけど。目の前で殺人事件を見ただけなんだから、ただの目撃者でしかない。というか、目撃者って口封じに殺られるのがお約束だよね、たしか…………。


「エンリ、剣貸して」


 ちょうど、エンリが剣の手入れをしていたのだ。これで、目撃者を。


「ちょ、ちょっと……。キアラさん…………め、目が据わってるんですけど?」


 エンリから剣を借りて、目撃者であるトリアスに近づいていく――わたし。


「キアラ。脱字が五箇所、誤字が十箇所。あと、ここのセリフなんだが。この前のシーンで、感情が昂っているのだから、短くストレートで。それからストレスを発散させるのは、ちゃんと作品として書き終えてからにしろ」

「……ゔッ…………はぃ………………」


 鬼担当編者である、ジャガーによる手厳しい推敲指摘が。わたしを狂気から現実世界に引き戻す。エンリから借りた剣を引きずりながら、机に戻って行く。


「エンリ、ありがとう」

「ぉ、おう。がんばれ、よ」

「ぎゃんばって、ぎゃんばって! きゅぁらーぁー!」


 エンリとディナの声援を背中に受け、わたしは私だけの戦場へと一歩、一歩、進んでいく。この戦いが、一秒でも早く終結することを願いながら。


「ぐぁ!」

(柔らかい生物なまもの、踏んでしまった)

「この、で――」

(一回踏んだから、もう一回踏んでも大丈夫よね)

「ぶぅぅぅぅぅーーーーー!!!!!」

「リュドが百パーセント悪い、が。さすがに、このまま乗り続けていると本当に殺人犯になるぞ、キアラ」



 わたしたちは、メインストリートを歩いていた。

(たち、といいながら付添人は一人。先んじて言っておきますが、デートではありませんので)

 出版社に書き上げた原稿を搬送中なのです。

 掲載させてもらっている雑誌の出版社がアップルビレッジにあるのです。子会社さんなんですけどね。

 わたし冒険者してますけど、兼業で、小説家しています。

 冒険者って自由業なんですよ。稼げる人は稼げますが、稼げない人は稼げません。完全歩合制なので、多くの冒険者たちは、何かしらの副業しています。

 体力がある人は力仕事関連を積極的にしていますね。収入を得ながらも、なおかつ、体を鍛えることができるので。まさに、一石二鳥。

 あと、専門知識がある人は、それを生かしてた仕事の手伝いをしたりしています。まさしく、適材適所。

 他にも自分が冒険者として培ってきた経験を活かしながら、兼業しています。

 冒険者だけで、生計を立てることができる人はピラミッド構造の頂点に位置している人たちです。

 現実的な夢と希望的な夢は、同じ夢という言葉ですが、大きな乖離かいりがあります。

 大概の冒険者たちは――副業するのが当たり前の厳しい世界です。

 だったら! 冒険者ってマイナス要素だけだろう。っていう、だめ出しを敢えて受け入れよう確かに――冒険者は世知辛い。

 でも、

 マイナス要素だけでないのだ、よ。これが!

 なんと言っても、先輩冒険者の方たちの人生観バラエティー豊富なこと。

 フフフッ、小説のネタの金山!

 って! お前だけのプラス要素じゃーねぇーか! と外野からツッコミが入る前に着きました。わたしの冒険小説を載せてくださっている出版社さんに。


 "株式会社、ミンストレル"です。出版業界では大手になります。

 わたし小さいときから物語を書いたりするのが好きだったので、冒険者になってから自分の冒険し体験したことを日記体小説にして思い切って出版社に持ち込んだら。

 わたしたちのおっちょこちょい(褒め言葉)な冒険話が。初心者冒険者、ある、ある、で編集部のなかで受けました。

 編集長さんが言うには。初心者冒険者って失敗を恥づべきものと勘違いしている傾向があるとのこと。実際、わたしも書き終えて、読み返すと、ちょっと恥ずかしい。

(ごめんなさい、見栄を張りました。結構、恥ずかしいです)

 と思えるので、初心者冒険者の気持ち理解できます。

 購買層である初心者冒険者の人たちから。包み隠すことなく失敗談を書いているところが、高く評価されているそうです。自分たちはこんな失敗はしないぞ! って。

(嬉しいやら悲しいやら)

 あと、コミカルに書いてあるので。一般読者の方にも、受けているそうです。

(旅の恥はかき捨て、ならぬ、旅の恥は書き捨て。なんちゃって!)


 雑誌紹介するの忘れていましたね。

 わたしの冒険小説を掲載させてもらっている雑誌のタイトルは、"誰でもなれる冒険者"、です。

 そうそう。初めて、この雑誌をジャガーに見せたら、

「ブラック企業の求人広告の謳い文句だな。これ読んで冒険者になったヤツ、絶対、後々、後悔するだろう」

 って、苦虫を噛み潰したような顔しながら言ってた。

 が!

 雑誌をパラ、パラ、と流し読みしながら。

「ハウトゥー本、か。安心した」

 とのこと。

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