アン

橋本葉月は花束を手に持ち、電車のドアに近い手すりにもたれ掛かり埼玉県のとある駅に向かった。

1時間ほど電車に揺られて駅を降りた。

改札を出て少し歩いた線路沿いに花束を手向けた。

更に歩き進むとだだっ広いステージのある公園に入った。

葉月はステージの中央に座った。

そして、ぼんやり空を眺めはじめた。





1997年夏

葉月、中学1年

この頃葉月は両親と上手く行かず、家出を繰り返しては連れ戻され、学校も親に言わずに度々欠席することが多くなっていた。

1学期終業式の日、3日程前から家出をしていた葉月を母親が学校へ迎えに来た。

担任が葉月を呼び「橋本、お母さん来たぞ」そう言うと数人のクラスメイトがざわついた。

葉月は嫌々母親の元へ顔を出した。

「なに⁉︎」

不機嫌そうに葉月は母親に言う。

母親は、担任に「今日は連れて帰っても大丈夫ですよ。」と言われ、葉月は荷物をまとめて渋々母親の後ろを着いて帰って行った。

家に着くと、葉月は無言のまま部屋に入った。


夕方母親が葉月をリビングに呼んだ。

葉月はムスッとした顔でリビングに行くと、母親は葉月の態度に怒った。

葉月と母親は口論となり、次第に酷くなり母親は葉月に手を挙げた。

「お母さんはそうやってあたしを叩くでしょ!だから何も話したくないし、聞きたくないんだよ。なんでいつもあたしばかり言われなきゃいけないの!」

葉月は強い口調で母親に歯向かうと、また母親は葉月を叩き髪の毛を引きずり玄関の外へ追い出した。


葉月はそのまま自転車に乗り最寄りの駅まで向かったが、やる事も無く電車に乗った。

乗り継ぎをして、聞いた事はあったが、まだ行ったことのない初めての市で降りた。


改札を出て右も左も分からない街をふらふらと歩き、橋を越えて葉月は公園を見つけた。

すると、同い年くらいの男の子達が話しかけて来た。

葉月はお構い無しに歩き続けたが、しつこく話しかける男の子にイライラし「うるさい。邪魔、どいて」と強く言うと、1人の男の子が葉月に「女のくせに生意気だ!」そう言うと、葉月の胸ぐらを掴み、殴りかかろうとしたが、それを阻止するように別の男の子が割り込んできた。

「おい!女の子に手を挙げたらダメだ!」

優しい声がその手を止めた。

ひろ、ひろさんなど言葉が飛び交った。

「女の子なんだから、気をつけないとダメだよ。家はどこ?送るよ?」

葉月はムスッとした顔で男の子を避けて歩き出した。

「っんだよ!せっかくのひろさんの行為だっつーのに、無愛想な女!」

誰かがそう言うと、ひろはまた葉月に近づいた。

「俺の名前は有栖川裕充ありすがわ ひろみつ

です。」

爽やかな笑顔でヒロは言ったが、葉月は無視した。


ヒロは公園の入口付近にあるステージに座りギターを手に取り、弾き始めた。

葉月は歌に足を止め、ヒロを見た。

優しい声に公園内に居た人がステージに注目していた。

1曲歌い終えるとヒロはまた、葉月の側に来た。

「で、君の名前はなんて言うの?」

葉月は素直に名前を言っていた。

思い詰めた顔をして泣き出した葉月の様子を見たヒロは、慌てる様子も見せずステージの隅に葉月を座らせた。

泣き止むまでヒロは葉月の隣に座っていたが、立ち上がりどこかへ消えた。

5分ほどで戻ってきたヒロは缶コーヒーとスポーツドリンクを持ってきた。


スポーツドリンクを葉月に渡し、隣に座った。

葉月が泣き止むとヒロは優しい声で話しかけた。

「何かあったの?話し聞くよ?」

葉月は少しためらいながらも、母親の事を話した。

「あたしのお母さん、すぐあたしを叩くし、髪の毛を引っ張って引きずるし、それにあたしの事嫌いなんだよ。」

「なんでそう思うの?」

「兄弟がいるんだけど、他の子には優しいの

 けど、あたしには冷たく当たるし、あたしの事嫌いなんだよ。」

「そっか!で、今日は家出してきちゃったの?」

ヒロは優しく聞き、葉月は首を横に振った。

「変な話しをしてごめんなさい。帰ります。失礼します。」

立ち去ろうとした葉月をヒロは止めた。

「大丈夫だよ。何もしないから、女の子がこんな時間に1人で夜道を歩くのは危ないから、送るよ。家は何処?」

葉月は戸惑ったが

「いえ、大丈夫です。1人で帰れますから」

と言い、後ずさりをして公園から出た。

ひろは後を追わなかった。

だが、ヒロの友達2人を後に着かせた。

葉月はそれに気づかなかった。

電車に乗り、また最寄りの駅まで帰るとそのまま帰宅した。


翌朝、親が起きる前に葉月は自宅を出て昨日の公園へと向かった。

早朝の公園は静まり返り、人一人いなかった。

ステージの隅に座りぼんやりしていると、ギターケースを背負ったヒロが駆け寄ってきた。

「やっぱり来てた。」

と、ヒロは笑顔を見せた。

「今日はこんな早くに何してるの?」

と、ヒロはまた微笑んだが、葉月はどこか上の空・・・

しかし突然ぼーっとしていた葉月が大きな声を出した。

「あのー‼︎」

ヒロは驚いた顔で葉月を見た。

「こんな朝早くから何をしているんですか⁉︎」

葉月が聞くとヒロはゲラゲラと笑った。

「それね、俺のセリフだからね。」

クスクスと笑いながらヒロは話し始めた。

「俺は朝の見回り!この辺りの安全を勝手に守ってるわけ、わかるかな?」

「ふーん、暇人って事?」

「ん?暇人かぁ・・・まぁそうかもしれない!

 で?葉月はなんでこんな時間にここにいるの?

 この辺の子じゃないでしょ?」

葉月は頷く

「電車で1時間くらいのところに住んでる。」

「それはそれは、御足労を・・・飯でも食いに行くか!」

唐突すぎて葉月は目を見開いて驚いたと同時にお腹がなった。

「さっ!早く立った!立った!」


ヒロは葉月の手を引き近くのファミレスへと入った。

店員はヒロに「おはよう。いつものでいいかな?」と慣れ親しんだように話し掛けた。

ヒロも「おはようございます。いつもの2つで」と会話を交わした。

いつものとは、鮭定食である。

ご飯、お味噌汁、漬物、鮭とシンプルだが、ここにとろろの小鉢を添えた物のがいつもの朝ごはんだ。

葉月はゆっくり箸をつけた。

その光景を嬉しそうに見つめるヒロに気づき、葉月は顔を赤らめた。

「ゆっくり食べな。足りなかったら俺のも食べていいからね。」

葉月はますます顔を赤らめ

「そんなに食べれません。あなたも早く食べた方がいいのでは?」

鼻で笑いヒロも食べ始めた。

食べ終わり、ヒロが紙を出した。

「これ俺の携帯の番号だからいつでも掛けてきていいよ。」

「あたし、もってないから」

と、葉月は突き返した。

「そっかぁ、でも持っておきなよ。公衆電話でも掛けられるようにテレフォンカードもあげる。」

紙の上にテレフォンカードを乗せて更に返してきた。

葉月はそれを受け取りショルダーバッグに雑にしまった。

ヒロが「そろそろ出るよ」

と立ち上がりお会計を素早く済ませ、また葉月の手を取りお店を出た。


公園に戻るとギターを取り出し弦を弾いた。

「俺はこれしか取り柄がないから、毎日ここで歌ってるんだ。聴いて?」

と、弾き語り始めた。

「葉月はどんな曲が好きなの?」

葉月は悩み

「歌ならなんでも好きです。」

「ほうほう」とヒロが頷き弾き語った。

ヒロのギターの音色に通り掛かる人は足を止めた。

曲が終わると拍手を送られた。

ヒロはお構い無しにギターを弾き「そろそろ終わりにします」というとまた、拍手を送られた。


歌い終わったヒロは、葉月の手を取りまた公園を出て、喫茶店に入った。

「あたし、そんなにお金ないよ」

葉月は困った顔をしヒロに言ったが

「俺といる時はそんなこと気にすんな!」

「でも・・・」

と、葉月が返してもひろは強引にメニューを見せてきた。

「ここは、ナポリタンがおすすめ!食べて」

「ん~?1番安いので・・・」

葉月は困ったままそう答えたが、ヒロはそれを無視した。

「ナポリタン2つ」

と注文した。

葉月は「えっ?」と言うが

「良いから!あっ!葉月はいくつ?俺は中1」

葉月は困った顔のままひろに返答した。

「あたしも中1」

「おいおい、もうそういう顔すんのやめろよ」

ヒロはくすくすと笑った。

「俺はただ、この街の人や出会った人は笑顔でいて欲しいんだよ。昨日の葉月は今にも死にそうな顔してたし、あいつらもちょっと柄悪かったから、お詫びだと思って遠慮しなくていいから。」

葉月はすんなり受け止めることは出来なかったが、ナポリタンは目の前に運ばれてきた。

無言でナポリタンを見ている葉月にヒロはため息をついた。

「1日3食!しっかり食べる!どんな事があっても腹は減る!出された飯を素直に頂いく!これが礼儀!まずい時意外はな。」

そう言うと、葉月にフォークを握らせた。

葉月はフォークを持ちヒロの顔を1度見てからナポリタンに手を付けた。

ヒロはうんうんと首をゆっくり縦に動かしナポリタンを食べ始めた。

途中葉月はヒロを見ると、目が合い俯いてしまった。

「なんだよ~」ヒロはそう言いクスクスと笑った。

ヒロが食べ終わり店主と楽しげに話をしているのを横目で見ながら葉月はナフキンで口を拭いた。

ヒロはテーブルに戻ってきた。

「美味しかった?半ば強引に食わせたけど、不味くないだろ?」

そう笑顔で言った。

「美味しかったよ。ごちそうさま。」

と葉月が言うと店主は笑顔で

「これ、サービス」

とテーブルにバニラアイスを1つ置いた。

「召し上がれ、店の自慢なんだ」

ヒロと店主は顔を見合わせて笑顔だった。

葉月はお礼を言いアイスを1口食べた。

バニラアイスにしては、甘さが控えめで少しミントのような香りが口に広がった。

ナポリタンを食べたあとの口の中がさっぱりとした。

葉月は顔を上げ、至福の笑みを見せた。

ヒロは満足気に笑った。

「今日はこの後どうする?ずっと、ぶらぶらしてるつもりなの?」

葉月は現実に引き戻されるような気分でヒロを見た。

ため息混じりに「帰ります」とだけ言った。

「あのさ、昨日出会ったばっかでこういうこと言うとすごい不審者なんだけど、家出するなら俺の家に来いよ。」

葉月は吹き笑いをしていた。

「待って待って、あたし家出するなんて言ってないし、どこの誰かも分からない人の家にお邪魔出来ないよ?親だって驚くよ?」

「親とは一緒に住んでないんだ。」

葉月は目を細めてヒロを見た。

「それはそれで、ものすごく、怪しいです!」

ヒロは真面目な顔をした。

「親は仕事が忙しくて俺と弟っつても、双子なんだけど…そいつと2人だけだから」

「略取?」

「・・・バカ!お前なんか誘拐してもこっちが損するだけだ!

ちゃんと親に言って、友達の家にしばらく泊まるなり言ってから来いよっ。

 あとはこっちでなんとかしてもらうから」

「ん~・・・」

「フラフラして、見てらんないんだよ!」

ヒロは照れ、口をとがらせた。

そこに店主が入ってきた。

「こいつは葉月ちゃんが思ってるほど悪い奴じゃないよ。

礼儀も知ってる。

人をまとめるのも上手いしな!

それに正義感だけは誰よりも強い!

人を守るためだけに生きてるようなもんだからな。

困った人が居たら手を貸す奴だ。

お人好し過ぎるところもこいつの良いところなんだ。

そんなこいつだから、葉月ちゃんを心配しているんだよ。

困っているなら、頼っても良いんじゃないかな?

大人がこんなこと言っちゃいかんな」

店主は熱く語ったあと、口を大きく開けて笑った。

「ん~・・・そこまで言われると、何か困った時は、よろしくお願いします。」

ヒロも店主も笑顔で頷いた。

ヒロはお会計を済ませ、葉月を駅まで送った。

「今から帰れば夕飯には間に合うだろ?親も心配してるぞ?

何かあればすぐ誰かに言う。俺に電話してきても良いから」


葉月は自宅へ帰ったがやはり、母親と口論になってしまった。

「もういいよ。あたしなんかいない方が良いんでしょ!もういい。出ていく!」

葉月は洋服をリュックに詰めて「しばらく、帰らないから!」と玄関を出て行った。

歩きながら色々考えている内に駅に来た葉月は、そのまま電車に乗った。

ヒロのいる場所へと向かう電車の中で葉月はなぜ、愛されないのかと考え涙を浮かべた。


駅を出ると腕を組んでフェンスに寄り掛かるヒロが立っていた。

葉月を見るなりクスクス笑っている。

葉月はヒロを目にし戸惑い背を向けた。

振り返るとヒロに似た人が立っていた。

「双子君・・・」

葉月は立ち尽くした。

腕組みをしたままヒロは葉月の前に来ると葉月の頭に手を乗せ、まるで直ぐ戻ってくるとわかっていたかのように笑顔で

「やっぱり、すぐ来た。」

そう言うと葉月の髪の毛を撫でた。

葉月は照れ、うつ向きながら髪の毛を手ぐしで直した。

ヒロの隣に来て挨拶したのは

「ヒロの双子の弟、有栖川貴裕ありすがわ たかひろ

です。」

タカの右口角には小さなほくろがあり髪は金髪で口調も荒々しいがヒロとの違いはこれだけで、顔はそっくりだ。

「よろしくお願いします。」

葉月はお辞儀をした。

「葉月はどうしたい?」

ヒロがそう聞くと

「ん?わかんない・・・ここに来たらなんとかなる気がして。」

「そっか・・・なら、なんとかしてあげる。」

ヒロはまた優しく微笑んだ。

その隣でタカがぶつぶつと文句を言っていた。

「ヒロの歌に惚れたんだろ?こいつの歌聞くとみ~んな何度も聴きに来るんだよな!

顔は同じなのによ、こいつばっかしモテんだよ。」

ヒロは何も言わずに聞いていたが、他の男の子が

「タカさんもかっけっすよ!」

「男に言われても嬉しくないんじゃ!」

タカはその男の子の肩に腕を回してじゃれあい、笑っていた。

その男の子はペコペコ頭を下げている。


ヒロと葉月は2人で先を歩き始めていた。

「で?親と喧嘩して家出しちゃったのかな?」

「うん。」

「ほうほう、まっ!それなら家に来るしかないな。それとも野宿?」

「え?それは…」

「いやだろ?なら決まりな!」

「うん・・・お願いします。

 ねえ、あたしもヒロって呼んでいい?」

「おお!いいぞ!」

ヒロと葉月は顔を見合わせて笑った。

「よーし!歌ってやるよ!」

公園に入るとヒロはギターケースからギターを取り出し有名バンドの曲を歌った。

ギターの音色がまるで風に乗って行くような、周囲に居た人の耳に届き、通行人がステージに集まった。

「これが人を寄せ付ける素質なんだね。もっともっと、ヒロの歌、聴きたい。」

葉月は独り言を言った。

ヒロは次の曲を歌い始めた。

弦を弾く指に見とれている通行人や歌に聴き入っている通行人、後から後から人が集まって来る。

ヒロは恐縮そうな顔で

「すみません。僕達未成年なので、今日はこれで失礼します。」

ヒロは聴いてくれた人に挨拶をして、素早くギターをしまうとそそくさと公園を出た。


「俺は・・・歌は必ず人の心に響いてくれるし、作った人のその時の思いは嘘をつかないと思ってる。

だから、俺は歌が好きだし、聴いてもらいたい!」

熱くヒロが語ると葉月は笑顔で「うんうん」と頷いていた。

「俺も作詞作曲した曲はいくつかあるけど、まだまだなんだよ。

やっぱり、心に響く歌や詞をしっかりメロディーにしたくてね。」

葉月はまた頷いた。

その姿をヒロが見て

「葉月は本当はもっと喋るだろ?遠慮しなくて良いよ!こんな事言ったら笑うかもしれないけど、俺昨日初めて葉月に逢って…なんつーか…前から知っていたような感じ?がしてさ、なんかほっとけなくてついお節介しちゃったんだよな。不機嫌に帰った後も、また逢える気がしてさ」

照れながらヒロが葉月に笑いかけた。

「それ!私も思った!!なんか最初びっくりしたし、悪質なナンパ?かと思ったけど、歌聴いたら懐かしく思えて、どこかで会ったような気がしちゃって…で、つい…今朝も公園に来てた。」

二人で笑いあっていると、後ろからタカが走ってきた。

「おい!何先に帰ってんだよ!」

「おっ!あいつらは?」

「帰ったよ!」

「よし!偉いぞ弟!」

ヒロはタカの髪の毛をくしゃくしゃとなでまわした。

嫌がりながらも笑いあう兄弟を葉月は見て、一緒に笑っている。


三階建てのオートロックマンションの前に着くとヒロがポケットから鍵を出した。

オートロックの鍵を開け扉を開けると階段で2階に上がる。

フロアには2つの扉がある。

正面から1番近い右の扉の鍵を開け3人は中に入った。


中に入ると広い玄関、廊下の奥の扉を開けると広いリビング、さらに奥には扉が5つある。

リビングにはテレビ、棚、絨毯の上にテーブルとソファーといったシンプルな部屋だ。

「適当に座って」

ヒロは葉月にそう言うとキッチンに入った。

キッチンはオープンキッチンだ。

葉月はソファーに座った。

「コーヒー飲める?それともジュースが良い?」

「コーヒー飲めない。」

控えめに葉月が言った。

「タカ、隣から缶ジュース持ってきて」

そう言うと、タカはキッチンの横の扉を出てジュースをいくつか持って来た。

オレンジジュース、りんごジュース、炭酸飲料だ。

「どれにする?」

葉月は迷わず、りんごジュースを取り両掌で缶を持った。

タカは炭酸飲料を手にすると部屋に入って行った。

ヒロはコーヒーと氷の入った大きめのグラスを持ちながらリビングに戻るとソファーに座った。

ゆっくりグラスに口をつけ、一口飲んだ。

「俺の部屋は左、タカは一つ空けた隣の部屋、どの部屋を使いたい?

まだ2部屋空いてるから好きな方使って」

そう言いながらまたグラスに口をつけた。

「大丈夫!どの部屋にも鍵はついてるよ。ベッドもあるからすぐ寝れる。」

「うん。ありがとう」

静かに葉月は返事をした。

「なんか不安?・・・大丈夫だよ。」

「お母さん・・・捜索願とか出さないかな?そしたら迷惑かける・・・」

「大丈夫だよ。気にすんな!俺が何とかするって言っただろ。」

ヒロは葉月に笑顔を見せた。それでも葉月はまだ不安そうな顔した。

「家出しなきゃ良かったか?まぁ、とりあえずお風呂入りな!

さっぱりして、一晩寝れば気持ちもすっきりして明日帰ろうか、ここに居るか決まるだろ?」

ヒロは優しく言い、立ち上がった。

「お風呂はこっち」

リビングの横にある扉を開けるとまた、扉がいくつかあり奥に行くと横開きの扉の向こうにお風呂がある。

マンションの1フロアーがヒロとタカの家のようだ。

「ありがとう」

葉月は戸を閉めてお風呂に入った。


葉月がお風呂を出てリビングに戻るとヒロの部屋から声がした。

「はい、はい・・・では、よろしくお願いします。お父さん」

ヒロが部屋から出てくると葉月はソファーで寝ていた。

ヒロは葉月にタオルケットを掛け、お風呂に入った後、部屋に戻って行った。


翌朝、タカが口論する声で葉月が目を覚ました。

「だから!毎日来なくて良いって言ってんだよ!」

「ですが、貴裕お坊ちゃま・・・旦那様からのご指示で私は家政婦としての役割をしなければならないと何度も言っているではありませんか」

ヒロが部屋から出て来ると、家政婦はヒロに助けを求める顔をした。

「井沼さん、おはようございます。

またやってるんですか?井沼さんも週一で良いですよ。

今は夏休みなので、自分達のことは極力自分達でやりますから、井沼さんも来た事にして、夏休みを取ってください。」

「しかし裕充お坊ちゃま、それでは私が旦那様にお叱りを受けます。」

困った顔の家政婦に、ヒロは

「だから、俺たちも父には井沼さんの事はしっかり言っておきますから大丈夫です。

来た事にしておきますから、それとも?買い物途中にパチンコ行ってることでも父に言っておきましょうか?」

「そ、それは言わないでください。」

「なら!決まりだね。今女の子を一人預かってるから、井沼さん居なくても俺ら大丈夫なんで」

ヒロと家政婦の話は終わり、家政婦は帰って行った。


葉月はヒロの顔を見ながら

「今のはちょっと脅しっぽかったけど?」と言った。

「頭は生きてるうちに使わないでいつ使うんだよ」と、タカが笑った。

「お前が言うな!」

ヒロがタカの髪の毛をくしゃくしゃとし、キッチンに入りコーヒーを淹れた。

「これ飲んだら見回りに行ってくるけど、葉月はどうする?」

葉月よりも先にタカが

「俺、今日は恭平と待ち合わせ」

ヒロは「あ~」と返した。

「私も行く!一人で居ても何していいか分からないから」

支度を済ませて3人でいつもの公園に行った。


朝7時、公園には散歩中のお年寄りや通勤途中の会社員など数人が歩いていた。

ステージの前には数十人のヒロとタカの友人が集まって何やら話をしている。

3人はゆっくりと近づく

「ヒロさんとくっつくか!タカさんとくっつくか!賭けしようぜ!」

「俺はヒロさん!タカさんみたいなガサツな人を好むタイプには見えなかった!」

「はぁ?タカさんも優しいだろうが!」

間に入ったタカが言うと、気づいていなかったのか一斉に「うんうん」と頷いた。

その光景を見ていたヒロと葉月は笑っている。

振り返った友達は驚いた。

タカはニヤニヤしていた。

「誰がガサツだって?」

戸惑う友人の一人が

「いつからそこに居たんですか?驚かさないでくださいよ!」

「そうですよ。ちょっとしたジョークですからね」

「バカやろっ」

と、タカは笑った。

ヒロはまたステージに座り、ギターを手にし、いつもように歌った。

「あれはヒロさんの方があの子に夢中って感じだな!」

そう言うと他の子が

「一目惚れっぽかったもんな」

とニヤニヤしてるいる者もいた。


弾き終わると、ひろは二組に別れさせ、見回りに行かせた。

「さてと、朝ごはん食べてから、公園の見回りでもしようかな。」

葉月の手を取りファミレスに入ると昨日と同じ事を繰り返す。

「ヒロはいつも公園にいるの?」

「そーだよ」

「好きなんだね?」

「え?公園?」

「え?えっと・・・そう。学校あるときはどうするの?」

ヒロは頬杖を付き

「俺は学校に行ってない!在籍はしてるけど、タカもだよ。

その分俺たち兄弟は家庭教師と勉強してる。

親の言い付けだから、今はもう高校の勉強をしてるし」

葉月は驚いた顔をした。

「なに?」

「え、だって同い年なのに学校に行かないで家で勉強してたら遊べる人いないよ?」

ヒロはそれこそ笑った。

「居なかったら、アイツらとつるんでねぇよ。」

「どうやって知り合ったの?」

「朝の見回りと夕方の見回りで」

「ん?それで?」

「あ?あ~ぁ、喧嘩してたから仲裁に入った。

それから、良く会うようになった。今その現状」

「喧嘩止めただけで仲良くなるの?男の子って・・・」

笑うだけのヒロを見て葉月は考え込んだ。


朝食が運ばれると大学生くらいの女性店員が

「ヒロ君彼女出来たんだ~」とからかってきた。

ひろは真面目な顔で「はい!」と答えた。

店員はクスクスと笑い「ごゆっくり~」と仕事に戻っていった。

葉月はヒロに「なんで?はい!なんて言ったの?」

ヒロはいたずらに笑った。

「なんとなく!付き合ってるように見えたんならそれで良いじゃん。」

食事を進めながら、葉月はヒロはに話しかけた。

「ヒロは中学生に見えないよ。」

ヒロは少し難しい顔をした。

「これはあんまし話したくないんだよな~

 でも葉月になら少しだけ話してもいいか!

 俺の父さんは、とある会社の会長兼社長で、俺は次の社長、まぁ後継で海外留学もする。

 俺がしっかりしないと父さんも社員も困るから」

葉月は真剣な顔で話を聞いた。

「そっか、背負ってる物が・・・

私なんか比べ物にならないね。

全然違うよね。

本当にしっかりしてる。」

そしてヒロは晴れやかな顔をした。


食事を終えお店を出た二人は、また公園に戻った。

公園のステージの真ん中に座るとヒロが葉月に問いかけた。

「人はなぜ他人のことを気にかけるか、分かるか?」

葉月は困った顔で口を開いた。

「優しい心があるから?」

にこりと笑ったヒロ・・・

「ひとが他人を気にかけるのは、その人のことが好きな時だよ。

 好きな人に優しくなるのもそっけない態度も相手のことを思ってだと教えてもらったんだ。 

 何が正しいとかはこれから探していけばいいけど、好きになったやつは守り抜きたい。」

ヒロが途中から真剣な顔をした。

「俺はまだ親に守られなきゃ生きていけない歳だけど、初めて逢ったあの日からずっと気になってるんだ。

 でも、そっけない態度は俺には取れない。

 好きなんだ!ずっとそばで優しくしていたい。

 辛い時はそばにいてあげたいと思ってる。

 俺と付き合ってください。」

照れもせず真剣な表情のヒロを見て、葉月は真顔で頷くだけしか出来なかった。

それは、葉月にとっては初めて異性に告白されたのだから・・・

ヒロはまだ、葉月を真剣な顔で見つめていた。

葉月もまた、ヒロを真剣な目で見つめた。

ヒロから先に笑顔になり

「頷いたのは、俺との道を考えてくれるってことでいいの?」

葉月はそんな重く考えていなかった、さらに深く頷いた。

「でもまだ、中学生だから私はヒロを待たせてしまうよ。

 それでもいいの?」

歯に噛んだ笑みで下唇を噛みヒロは葉月の頭を優しく撫でた。

「俺もまだ中学生だよ。

 それに、俺の方が留学して待てせちゃうよ・・・

 葉月が待ってられるか心配だよ。」

ヒロの笑みが少し曇ったのを葉月は見て

「大丈夫だよ。ちゃんと待ってる。

だから、頑張ってね。」

葉月は満面の笑みでヒロに伝えた。

ヒロも安心した表情で葉月を見た。

二人は顔を見合わせて笑った。


二人の姿はもう誰にも邪魔できないほどである。

そこに、タカが戻ってきた。

タカは二人を遠くを見るような目で見ていた。

「二人の世界かよ!」

一緒にいた恭平と顔を見合わせた。

二人に気づいたのは友達が集まり騒ぎ出してからだった。

「ったく!どんだけ二人の世界に入ってるんだよ。」

と言いながらタカが間に割って入った。

「そろそろほら・・・」

そう言うとタカの顔を見てヒロはハッと我に返った。


そして周りを集めた頃には15時を過ぎていた。

「今日もみんなありがとう。

報告のある人はいるかな?無ければ、自由解散で」

そうヒロが言うと周りが騒ぎ始めた。

「まだ解散には早いっすよ。歌ってくださいよ 。」

「そうだよ~‼︎こんな時間に帰ってもやることねー」


ヒロはギターを手に取りみんなの声に応えた。

「みんなに報告がある。

俺と葉月は、付き合うことになりました。

これからもよろしくお願いします。」

タカも友達も喜ぶような声を上げた。

三曲歌うとヒロはギターをしまった。

「今日はこれで終わり。

今度ちゃんと歌うからそん時までとっておきたいんだ。」

少し申し訳なさそうな顔をするヒロに

「良いっすよ!

まじで次が楽しみになってきた。

な~!みんなもそうだよな!」

あちこちで歓声が上がった。

そして、ヒロは葉月を見つめ、目が合うと満面の笑みをした。

葉月もまた満面の笑みを返した。


















この恋が花火のように儚く消えてしまわぬように・・・

そして仲間が大人になっても仲間でいられるように・・・

ヒロはこの日から数作の作詞作曲を手がけた。

歌は人の心に必ず響いてくれる。

歌は必ず思いを運んでくれると信じて・・・







夏休みも終盤に差し掛かり、ヒロとタカは葉月の宿題の最終確認をしていた。

「お前!こんなのも出来ないのかよ!

これは小6でやってんぞ。」

タカが葉月に文句を言う。

葉月は顔を赤らめてタカの肩を軽く叩いた。

「仕方ないでしょ。

算数も数学も、私とは相性が悪いんだから・・・」

この光景を微笑ましそうに少し寂しそうに見つめるヒロ

そんなヒロに気づいた葉月は

「どうしたの?

もしかして、もうすぐ夏休みが終わるから寂しくなった?」

ヒロは葉月の頭を撫で、歯に噛んだ。

「飲み物取ってくるけど、葉月はりんごジュースで良いか?」

そう言うとヒロは席をたとうとした時、葉月がヒロの服の裾を引っ張った。

「待って、あの扉の奥ってどうなってるの?

一度も入ったことないから、ずっと気になってて・・・」

ヒロとタカは顔を見合わせて吹いて笑った。

タカが葉月の体をテーブルへと引き戻し

「この問題が終わったら奥の部屋見せてやるから!

さっさと終わらせろよ。」

葉月はむくれ面をして終わっていない問題を解いた。

「できた!」

葉月はどうだと言わんばかりの顔で解けた問題をタカに見せた。

タカは、黙って答え合わせをし一呼吸置いてから葉月に問題用紙を返した。

「時間かけすぎ!

まぁ、全問正解だから約束の奥の部屋、見せてやるよ!

あんまし見せたくねんだよなぁ。

笑うなよ!」

3人で奥の部屋へと入ると、そこにグランドピアノが置いてあり葉月は驚きのあまり声を失いそうになった。

「え?

 え?

これってまさかだけど・・・

タカが弾くの?」

タカが照れながら頷いた。

「意外すぎて笑えない・・・」

葉月の隣に立っていたヒロは必死で笑いを堪えていたが耐えられずお腹を抱えて笑っていた。

「ないよな~。

 金髪で見た目もちょっと怖そうに見えるやつが実はピアノを弾いてます。ってイメージできないよな~」

と、ヒロは笑っている。

「いや、いや、双子だから顔は一緒だからなっ!一卵性だから!」

と、タカも少し笑いながら反論した。

分かったわかったとヒロはタカの背中を叩いた。

「せっかくだし、なんか一曲弾いてやれば?」

ヒロに言われてタカがピアノの蓋を開けた。

ヒロが葉月を椅子に座らせた。

タカが弾いたのは【ショパン・別れの曲】

優しいと強いを行き来するようなピアノの音が先ほどまでの空気を変えた。

弾き終わりタカが立とうとしたとき、葉月が突然立ち上がり口を開いた。

「もう一曲だけ【月の光】弾いて。」

と、お願いをした。

すると、ヒロがタカと代わり

「俺、月の光は弾けないんだよ。

 ヒロの方が得意だからチェンジ!」

葉月はもう一度椅子に座り直すと、ヒロの弾くピアノの音色が部屋に響いた。

優しいとどこか寂しという切なくなるような音色・・・

タカの音色とは力の入り方も全く違って、ヒロの性格が音に乗って流れてくるのを葉月は感じていた。

最後の鍵盤の音が鳴り空気が静まり返った。

ヒロはピアノの蓋を静かに閉めた。

葉月は拍手をした。

「すごい!二人とも。

 なんか感動しちゃった。」

ヒロもタカも照れ笑いをした。

「もう夕方だし飯食おうぜ!」

タカは照れを隠すかのように言った。

ヒロも頷き、3人で冷やし中華を作って食べた。

タカの切った錦糸卵が繋がっていたりと、笑いが絶えない食卓を囲った。

3人で後片付けをし、じゃんけんでお風呂の順番を決めた。

お風呂から上がったヒロに葉月はアイスコーヒーを運んだ。

「ありがとう。

あと少しで、毎日会えなくなるんだな。

寂しくなるな・・・

これ、週末だけでも来れるように定期を父さんが買ってくれたから、もらって欲しい

俺も会いに行くから、待ってて」

葉月の目には薄らと涙が滲んでいた。

ヒロはそんな葉月を優しく抱き寄せた。

「絶対会いにくるから、毎週来るから・・・待っててね。」

ヒロは声にはしなかったが何度も何度も頷いた。

朝、6時に葉月が目を覚ますと部屋の外で笑い声がした。

葉月はそっと扉を開けると、すらっとした優しそうな男性が立っていた。

この男性が二人の父親、有栖川裕人ありすがわ ひろとだ・・・

葉月は会うのが初めてだった。

「葉月ちゃんだね。

 初めまして、裕充と貴裕の父です。

 忙しくて中々顔を出せなくて申し訳ない。

 そろそろ夏休みが終わってしまうと聞いて、今日は少し時間を作ってきたんだよ。

 葉月ちゃんにプレゼントを持ってきたんだ。」

そう言うと紙袋を葉月に次々と差し出した。

中は数着のワンピーやスカート、おしゃれなパンツズボン

「女の子がいないもんで、どんな服を選んで良いのかわからなくてね~」

と父、裕人は苦笑いをした。

「父さんのセンスだから、嫌なら着なきゃいいよ!」

タカはそう笑いなが話した。

葉月は洋服を大事そうに抱え、深々とお辞儀をした。

「嫌じゃないです。

 とても、嬉しいです。

 ありがとうございます。

 ここにいる間も、たくさん面倒を見ていただいたのに・・・

 素敵なプレゼントをこんなにも沢山、大事に着たいので自宅には持ち帰れませんが、またここに来た時に着たいと思います。

 ありがとうございます。」

と、葉月はもう一度深々とお辞儀をした。

 父、裕人は感心した頷きをした。

「今日はどれか着てデートでもしてくると良い・・・

 夏休みの最後まで楽しんだいきなさい。」

父、裕人は優しく葉月に言った。

「着替えてきな。」

ヒロの声がどこからか聞こえてきた。

葉月は、軽くお辞儀をして扉を閉めた。

水色のレースのシフォンロングワンピースを着た葉月が部屋から出てくとタカが意外そうな顔で見た。

「父さんセンス良いよ!

 姫みたいだな。」

父、裕人は満足気にした。

ヒロがキッチンからアイスコーヒーを片手に出てきた。

ヒロは葉月を見つめたまま固まってしまった。

葉月は戸惑ってしまった。

「ヒロ!なんか言ってやれよ!

 葉月が困ってるぞ。」

と、タカがヒロを茶化した。

「あ、なんていうか・・・その・・・似合ってるよ。」

ヒロは照れながら葉月に言った。

父、裕人がソファーから立ち上がりヒロの肩をポンと叩き背中を押した。

「父さんはそろそろ出ないといけないから、また来るよ。

 下に車を待たせているから早く準備して楽しんできなさい。」

そう言うと、部屋を後にした。

タカは、二人の様子をソファーで横になりながら見ていた。

ヒロがそんなタカに見かねて

「何してんだよ!

 お前も行くんだよ‼︎」

タカが葉月の顔を見た。

葉月はタカの顔を見て微笑んだ。

「みんなで行かなきゃ楽しくないよ。

 タカも早く支度して」

葉月はタカをソファーから立たせた。

タカも部屋へ戻り着替えを済ませた。

8時過ぎにようやく家を出た。

マンションの下では運転手が車の外で待っていた。

ヒロがその運転手に声をかけると、運転手はお辞儀をして後部座席のドアを開けた。

3人は後部座席に乗り込むと運転手は優しくドアを閉めた。

「どちらに向かわれますか?」

3人は顔を見合わせて声を合わせて、無邪気な子供のように

「海~‼︎」

「かしこまりました。」

車が静かに発進し車の中では3人のはしゃぎ声や笑い声が飛び交った。

2時間半ほどで海に着き、運転手がドアを開ける前に3人は飛び出した。

もう海水浴のシーズンが終わっていたこともあり、泳ぐことは出来なかったが、3人は波打ち際を行ったり来たり

「はづき~‼︎俺は葉月が好きだー!」

ヒロが海に向かって叫ぶとタカも

「俺もー!みんなが好きだー!」

「ずーっと一緒にいよーねー」

葉月もそう言うと、また3人ではしゃいだ。

どこかの学校でお昼のチャイムがなった。

そこに運転手がタオルを持ってやってきた。

「会長からお店を予約したと伝言を預かっております。

 そちらへ向かいたいのですが、よろしいでしょうか。」

「腹減ってたんだよ。

 行こう!」

タカが真っ先に車へと戻り、その後ろをヒロと葉月が歩いた。


お昼を済ませて、帰りの車の中では、タカが眠っていた。

「夏休み最後に本当に素敵な思い出が出来て良かったです。

 ありがとう。ヒロ」

「来年も再来年もまた来ような。」

ヒロは葉月に微笑んだ。



葉月が家に帰る日になった。

ヒロは葉月の頭を撫でながら

「また、すぐ会えるから葉月はしっかり学校に行って、少しでも嫌だと思うこともこれからは我慢して週末必ず会えるよにしよう。

 俺も勉強頑張って会えるようにするから、約束な!」

葉月は頷くだけだった。

「休みなんかあっという間にくるから

 出来ることをしていこう」

葉月はヒロの顔を見つめ

「約束する。

 また週末・・・

ありがとう。

ヒロ・・・

タカも、みんなも」

最後に葉月は笑顔を見せ、またねと言って帰っていった。


夏休みが終わってから葉月は真面目に学校に行き

母親とも揉める事がなくなた。

週末には必ずヒロ達に会いに行って一ヶ月が経った頃

「10月に誕生日会しよう。

葉月も俺たちも同じ月だから合同で盛大に祝おうと思って

葉月の誕生日にやりたかったんだけど、平日だから俺たちの誕生日の前日23日で」

「もちろん、いいよ。

 もう今から楽しみ、プレゼント何がいいかな?

 悩んじゃうな~」

「葉月はプレゼントとか考えなくていいから、手ぶらでおいで」




10月23日

誕生日会当日午後7時

葉月が駅に着くとタカが迎えに来ていた。

「今日はタカだけ?」

「俺じゃ不満か?

 やっぱり最愛のヒロがいいよなぁ」

「まぁね~」

葉月がくすくすと笑った。

玄関を開けると部屋は真っ暗で、リビングの扉を開けるとローソクに火がついたケーキをヒロが葉月の前に持ってきた。

みんなが歌をうたって、3人でローソクの火を消した。

電気がつくと、勢いよくクラッカーが四方八方から鳴った。

「おめでとう」

と言う声と拍手が飛び交った。

「葉月、ちょっと」

ヒロが葉月をキッチンへと呼んだ。

「父さんのところに葉月のおばあちゃんから電話があって、終電でもいいから帰って来て欲しいって言ってて向こうの駅でおばあちゃんが待っててくれるって言うから時間には電車に乗らないと」

「わかった。

 とりあえずこの時間は楽しもっ。」

そう言うと葉月はヒロの背中を押してキッチンから出た。

「主役が揃わないと意味ないだろ!

 早く来いよ。」

そう言ったのは恭平だった。

葉月もヒロも笑顔で輪に入っていった。

「隠れてイチャイチャすんなよ。

 そういうことはみんなが解散してからにしろよ。」

と、恭平が言うとヒロは

「いや・・・今日は葉月帰らないといけないんだ。

後で、駅まで送ってくるから恭平みんなを頼んだぞ!」

笑顔で恭平の肩を叩いた。

「みんな、今日は葉月帰らなといけなくなったんだ。

だから、ずっと温めてきたオリジナルを今から歌いたいと思う。」

ヒロはギターを手に取りオリジナルソングを披露した。

葉月のために作った曲を最後に歌った。

出会った日からこれからの未来までをストーリー感溢れる歌詞にしていた。

ヒロがギターを置くと拍手が飛び交った。

「オリジナルいいよ。

デビューできんじゃね?」

恭平が絶賛していた。

タカが恭平を小突いた。

「ヒロが音楽でデビューしたら、本格的に後継ぐの俺になるだろーが!

 俺には向いてないから!

 やめろよ!」

ヒロが笑いながら

「大丈夫だよ。

 安心しろ。

 デビューなんか出来ないし、誘われても行かないよ。

 俺には父さんの後を継ぐっていう約束があるんだよ。」

みんなもこの話を聞いて納得した顔をして、声を合わせて「あ~」と頷いた。

時間が過ぎるのはあっという間で、葉月が帰る時間になった。

ヒロと葉月はみんなに手を振り

「みんなも気をつけて帰れよ。

 寄り道すんなよ。」


二人で駅近くまで歩いていくと、同い年くらいの男の子が高校生くらいの柄の悪い人に絡まれているのを目撃した。

ヒロは葉月に待つように言うと、止めに行ってしまった。

助けられた男の子はペコペコと頭を下げて去ってしまった。

逆にヒロが絡まれているのを葉月が止めに入ろうとした時

葉月には何が起こったのか瞬時に理解することができなかった。

柄の悪い二人は足早にその場から立ち去って行ってしまった。

葉月は我に帰りヒロのそばに行くと

ヒロが葉月にもたれかかって来た。

ヒロはお腹を抑えている。

「ヒロ・・・」

ヒロの腹部を葉月が触ると濡れているのを感じ、目をやるとヒロのお腹からは手で抑えただけでは止まらないほどの出血、葉月が時折通行人に助けを求めたが、声にならないか細い声に、暗い夜道・・・気づいてくれる人がいなかった。

「大丈夫・・・

 ご・・・めん、ポ・・・ケッ・・・トに携帯・・入って・るから・・・

 119に・・かけ・・」

そう言うとヒロは喋らなくなった。

言われたとおりに葉月は119に電話をかけた。

「駅近くで・・・刺されたん・・・助けてくだい‼︎」

葉月の振り絞った助けてくださいの声は通りかかった女性に届き、すぐに葉月と電話を変わってくれた。

女性が状況見て説明をした。

葉月はヒロに話しかけては腹部に押し当てている手を確認、出血は止まることなく溢れ出ている。

「はづ・・・き・・・

 し・・ん・・ぱい・する・・な・・・」

「喋らないでよ。・・・大丈夫もうすぐ救急車来るからね。だから頑張って」

ヒロは頷き

「あり・・が・と・・」

そう言うとヒロは微笑んだ。

葉月の目からは涙が溢れ出ている。

救急車のサイレンの音が近づいてきた。

女性が葉月に話しかけるが葉月の耳には届いてはいなかった。

救急隊の人がヒロの状態を確認し、ストレッチャーに乗せると救急車の中へ運んだ。

葉月も救急隊の人に救急車に乗せられた。

心電図の機械音、救急隊の話す声、サイレンの音

葉月はヒロの手を握りしめ不安を隠せないでいる。

救急隊の言葉が耳から離れなかったからだ・・・

「だいぶ酷いぞ。

 出血量も多すぎる。

 早く受け入れ先の病院を‼︎」

葉月を苦しめたのはこれだけではない。

ヒロが刺された瞬間が脳裏に焼き付いて離れなかったからだ。

体の震えか止まらなくなり、救急隊の人が心配し声かけた。

「大丈夫です?

 寒いですか?

 かけるもの出しますね。」

葉月はか細く低い声で

「いえ・・・大丈夫です。」

救急車が病院へ到着すると、ヒロは手術室へと入った。

葉月は救急隊の人に手術室の前の椅子に座らされた。

「もう一度確認しますね。

 怪我はしてませんね?

 何もなければあとは病院の方と話してください。」

葉月は頷いた。


その後警察が入れ替わりで葉月に声をかけた。

「君が有栖川裕充さんと一緒にいた子かな?

 何があったか話せるかな?」

葉月は頷きはするが、言葉が出ない様子だ。

女性警官が葉月の背中をさする。

「ゆっくりで大丈夫だからね。

 その前に、手と顔を洗いに行こうか。」

と、葉月を立たせ、洗面所へと連れて行った。


葉月が鏡で自分の姿を見て泣き叫び座り込んでしまった。

女性警官は葉月の背中をさすり続けた。

葉月が落ち着きを取り戻すと女性警官は持っていたハンカチを水で濡らし葉月の顔を拭いた。

「まずは顔と手を綺麗にしないとね。

 彼が目を覚ました時びっくりしちゃうよ。」

その言葉に葉月は立ち上がり自ら手と顔を洗い、女性警官と椅子に戻った。

待っていた警察に何があったのかを思い出せる範囲で全てを話した。

「葉月ちゃんの証言で犯人逮捕するから私たちを信じて待っててね。」

優しく女性警官が話すと、葉月に勢いよく向かって来た女性は葉月の頬を思い切り引っ叩いた。

葉月も周りに居た警察も驚いた。

女性警官が葉月を庇うように前に立った。

「いきなり何をされるんですか⁉︎

 女の子の顔を叩くなんて!」

そう女性警官が言うと

「裕充の母です。

 いきなり叩いてしまってごめんなさいね。

 私も気が動転してました。」

言い方はきつかったが、少し声が震えていた。

後から来たタカにヒロの母親は腕を掴まれ別の椅子へと連れて行かれた。


タカがっ黙って葉月の隣に座った。

しばらくすると裕人が飲み物を持って葉月に謝罪に来た。

「済まなかったねぇ。

 葉月ちゃんが悪いわけじゃないのに、妻が暴力を振るってしまって・・・

 これ飲んで」

持っていた飲み物を葉月に渡すと裕人はまた話し始めた。

「状況が分かり次第家に送るから、それまでここで待ってて、お家の方には連絡を入れたから安心して良いからね。」

そう言い残し裕人は警察に事情を聞きに行ってしまった。

「ごめん。かける言葉が見つからないんだ。

 でもヒロは大丈夫だと俺は信じてる。

 だから葉月も信じて待とう。」

タカは俯きながら葉月に伝えた。

「私が、今日帰らなければこんな事にならなかったのに・・・

 私が今日最初から来れなければ、ヒロはこんな事にならなかったのに・・・

私が・・・」

葉月が下を見ながらボソボソと話した。

タカはそんな葉月を見て

「それなら、俺だって・・・俺だって一緒に送って行ってたらこんな事にはならなかった。

 相手は刃物を持っていたんだから、俺が居てもどこかしら怪我してたかもしれない。

 葉月が悪いんじゃない。

 刺した奴らが悪いんだ!

 クソっ‼︎」

タカは自分の足に拳を強く落とした。


日付が変わり、しばらくすると手術室のランプが消えた。

中から手術技の医師がでてくると、みんなで駆け寄った。

先生の言葉に誰もが耳を疑った。

「最善は尽くしましたが、大量の出血と刺された場所が悪く蘇生も試みましたが・・・裕充さんは・・・10月24日0時5分に息を引き取られました。」

確かに医師はそう言った。

「今は中で綺麗にしてもらってますから、もう少しここでお待ちください。」

そう言って医師はどこかへ歩いて行ってしまった。

葉月は座り込み声を出さずに泣いた。

母親は裕人に支えられていた。


それから数分後看護師が手術室からヒロを乗せたストレッチャーを引きながらでて来た。

「別室に移動しますので、こちらへどうぞ」

霊安室では無く個室には少し狭い部屋へと案内された。

まるでただ寝ているだけのようにストレッチャーの上で横になっているヒロを見た葉月は

「眠っているだけだよね?

 だってみんな、大丈夫って言ってたんだから・・・

 早く目を覚ましてね。

 来年も再来年も一緒に海に行くんだから早く治さないとね。

 ・・・・おかしいな~、なんで涙が出るんだろう。ヒロは眠ってるだけなのに・・・

 そうですよね?

 早く起きないと、今日誕生日でしょ!みんな心配してるんだから、ねぇ・・・ねぇって・・・」

タカがみかねて病室の外へ連れ出した。

「葉月‼︎

 ヒロは・・・もう死んだんだ‼︎

 信じられないのは俺も母さんも父さん同じなんだ。

 頼むから、冷静になってくれ・・・

 頼むよ・・・」

タカが涙を流して葉月に訴えかけた。

「・・・そっか、亡くなったんだ。

 そうだった・・・私・・・ごめん」

タカは首を横に振った。

「良いんだ。俺も冷静になるべきだ。

 葉月・・・悪かったな。

 少しここで待っててくれ」

葉月を病室の外に一人残して、タカは病室に入っていった。

しばらくして裕人が病室から出てきた。

「送るのが遅くなって申し訳ないね。

 今運転手に連絡するからもう少し待っててね。」

「すみません。

 ・・・でも、始発までここにいてはいけませんか?

 もう、ご迷惑はおかけしません。

 もう少しだけヒロのそばにいさせてはもらえませんか?」

葉月の必死の頼みも叶わず

「妻がねぇ、葉月ちゃんの顔を見るのが今はとても辛いと言ってね。

 もちろん葉月ちゃんのせいじゃないんだ。

 葉月ちゃんも自分を責めないでくれよ。

 ・・・ちょっと車を手配してくから待っててね。」

裕人はそう言い葉月のそばを離れた。

母親が病室から一人で出て来た。

そして葉月にこう言った。

「葬儀も来なくていいわ。

 今までのことは全てあなたが見た夢だと思って、ここには二度と来ないで

 あなたの為にもこの方が良いわ!

 貴裕にも、二度と会わないで!」

キツく冷たい言葉で葉月に言う。

病室からタカが慌ててでくると

「母さん!

 そんな言い方はないだろ。

 ・・・葉月、本当に悪いな。

 葬儀もこれからも、必要であればここに俺たちに会いに来て良いからな!

 葉月と出会った事は夢なんかじゃねーから、いつでも来いよ!」

母親はタカの言葉を最後まで聞かずに病室にもどっていった。

裕人が葉月を呼びに来た。

「さぁ家に帰ろう。

 一緒に着いて行きたいんだが今の状況で・・・

 申し訳ない。

 運転手には説明してあるから、葉月ちゃんは帰るんだよ。」

「分かりました。

 ありがとうございました。」

葉月は深々とお辞儀をしてその場を去った。




葬儀には葉月の姿はどこにもなかった。

葉月はヒロの母親に言われたことを守ったのだ。



一人涙を流し、この事件で心をボロボロにしたが、ヒロとの約束、学校へは行くこと・・・

少しの休憩後葉月は守った。

自分を責めて自らの手で終わりも考えた・・・

その度にヒロの笑顔が頭に浮かんだ。

















あれから何年もの月日が流れ、葉月は28歳に・・・

花束と小さな手を握り思い出の場所へと戻ってきた。



葉月は心の中で何度も何度もヒロを呼んだ。


『ヒロ、ただいま・・・

 遅くなってごめんなさい。

 ここに来る勇気がなかった私を許して・・・

あの夏の日私たちはここで出会い、ここでお別れをした。

まるで、花火のようなとても美しい恋でした。

ヒロを忘れた日なんて一度もなかった。

いつも、そばで見守ってくれてありがとう。

私も一緒に連れて行って欲しかった。

そう思う度、ヒロの笑顔が頭の中で蘇って

ほんの数ヶ月の事が私には何年もずっと一緒にいたように思える。

報告だよ。

なんと!私はコーヒーも飲めるようになったよ。

それから・・・

私、お母さんになったの

あの日ヒロのお母さんに言われたこと、今ならわかる気がする。

本当なら、ヒロと素敵な家庭を築きたかった。

もしも、来世があるのなら・・・今度こそヒロと生きたいから、それまで少しのお別れだよ。

ヒロ・・・さようなら』

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