奈々と雪ちゃん
「奈々はずっと、雪ちゃんのそばにいるよ!」
「私も、奈々ちゃんとずっと一緒にいる!」
幼稚園の頃にした、約束ごと。
高校生になった今でも。奈々は雪ちゃんと一緒にいる。奈々の大好きな、雪ちゃん。簡単に壊れてしまいそうな、とても繊細な心だった彼女は、今は少し頑丈になった。
いや、一度壊れてしまった。私は、彼女を守ると決めたのに。守れなかった。懸念していた事が起きてしまった。あれは、防ぐに防ぎようがなかったのだ。
でも、今では、一度壊れてしまった彼女は、また自分を取り戻した。
1度枯れたあどけないチューリップは、また、綺麗な棘を持つバラへと返り咲いた。
あの頃の、無垢な雪ちゃんも、今の、強い雪ちゃんも奈々は大好き。
雪ちゃんは、雪ちゃんだから。そこに、論理や、誰でも分かる理由は要らない。
奈々は、雪ちゃんの側にいられればそれでいい。雪ちゃんを悪く言うやつは全員…。
いや、それは雪ちゃんに止められたんだった。
あの事故は、雪ちゃんにも良い経験になったのかもしれない。
中学生になって、学校にも慣れてきた頃の話。
「雪ちゃん、おはよう!」
「奈々、おはよう。どうしたの?朝から元気だね」
「それがね!お母さんが、朝からパンケーキ作ってくれて、奈々元気もりもりだよー!」
「いいなぁ、私も食べたい。」
今度、奈々が作ってあげる。と、言いながら学校に歩きだす。
いつも通り、そう、今日もいつもと同じ日になるはずだった。
それは、授業の合間の休み時間に起こった。
雪ちゃんは、入学早々学年クラス問わず少し話題になるくらいの子だった。まぁ、顔も良し、性格も良し、そして可憐。モテないわけない。
そんな雪ちゃんをよく思わない子が、雪ちゃんにちょっかいを出したのだ。
いじめというにはちょっと陳腐な嫌がらせ。教科書を隠した。ただそれだけ。でも、何が問題だったのか、それは…。
その時、雪ちゃんは真っ直ぐ川田さんに向かい歩きだし。彼女の席の前で、
「私の教科書どこ?」
「え?」
私は雪ちゃんの秘密を知っている。
私が、静止の声をかける前に雪ちゃんは行動してしまった。
「あー、そう。先生の席の中ね。」
そう言いながら、先生の席から彼女の教科書が出てきて、何事もなかったように川田さんの前に戻り、
「今度からやめてね」
「え、なんで…?なんで、分かったの?」
やってしまった。
この時は、川田さんと雪ちゃん、それを近くにいた私しかこの事態を知らなかった。
叫んでもない。
揉めてもない。
ただ、2人の中だけで、全てが終わったはずだった
まだ、これなら少し大事になって、川田さんが叱られて、仲直りして終わった方がよかった。
でも、現実は違った。
翌日、奈々と雪ちゃんはいつも通り登校したが、一部の男子達が少し騒がしい。
「おい、来たぞ」
訝しむ子に、ちょっとわくわくしたような表情を浮かべる子。人によってまちまちだったが、チラチラと私たちを、いや、雪ちゃんを見てる。
自席に、荷物を置き雪ちゃんの席に向かうと、水元くんとほか数人の男子が歩いてきた。
彼は席の近くに来ると、ほかの男の子と顔を合わせ、
「本当に聞くのかよ?」
「ここまできたら、聞くしかないって」
「ほら、いけよ」
などと、小声で話している。
そして、水元くんが口を開く。
「天城さんって、人の心でも読めるの?」
ちょっと、雪ちゃんが目を見開く。
「なんで?」
私以外の子には分からないだろうが、声に不安が残ってる。
至っていつも通りに返そうとする雪ちゃん。
「いや昨日、川田となんか話してるなと思って、2人が話し終わったあと、川田が変な顔して聞いたんだけど。天城さんは、人の心が読める。って言ってたから本当かなーって」
水元くんは、席が近かったから興味本位で彼女に昨日の一連のことを聞いたのだろう。
「いや、読めないよ?そんなこと出来るわけないじゃん」
「でも、だって!私、なんも言ってないのに!教科書の場所も、分かったじゃない!」
突然、男子の陰にいた川田さん悲鳴をあげるように叫ぶ。
当然クラスの中にいるみんなは、
「え?なになに」
「川田さん、教科書隠したの?」
「天城さん、心よめるとか言ってなかった?」
突然、大きな声で騒ぎ始める人がいたらみんな気にして騒然とするのは自明の理だ。
「いや、あれは貴方の視線が先生の机にチラッと向いたから…」
たしかに、ようく観察しないと分からない一瞬の出来事だったかもしれない。
「そんな一瞬の事で分かったっていうの?探偵でも気取ってんの?そんなことできたら、おあつらえ向きね!」
「なんで、隠した貴方が怒ってるの?」
当然の質問だ。
「なんで、なんも言ってない私が隠したって分かったのよ!普通に怖いわよ!」
しかし、こちらも当然の質問だった。
そう、彼女は何も言ってない。彼女しか知らないはずの事を、知られてはいけない人が真っ直ぐに自分の元に来て、答えを知っていたのだ。
それから、川田さんはまくしたてるように
「私は、みんなに人気の貴方に嫉妬した!そして、ちょっと嫌がらせをして鬱憤を晴らそうとしたのに!私は、しっかり貴方が帰るのを確認して隠した!でも、貴方は何も言ってない私のところに来て。どこに隠したの?なんて言った!そんなの、一瞬で嫉妬が恐怖に染まるわよ!隠したことが、悪い事で、貴方に謝罪を求められれば謝るわ!でも、あんな出来事が有れば…。誰だって…。」
彼女は、言うだけ言って泣き崩れる。
人の信頼を失ってでも伝えたかったのだろうか。そんなの、呼び出して、普通に言えばよかったのに。しかし、彼女にはそんな余裕はなかった。昨日の出来事を説明して欲しくて、恐怖から解放されたくてこんな事をしたのだ。
そんな一連の出来事を見ていた皆んなは、雪ちゃんに対する好奇心よりも、川田さんに対する嫌悪の目が多かった。
彼女のあれは悪手をだった。
あれでは誰も、あの出来事を理解しない。
彼女の気持ちに共感する子がいたかもしれないが、男子達には特に無縁だ。女の子も、雪ちゃんを良く思う子の方が多い。
雪ちゃんは、川田さんの手を引き。女子トイレの中で、秘密を明かして説得し、仲直りした。雪ちゃんはあまり気にしてなかったらしい。が、ほかのみんなは、そうでもなかった。
その日から、川田さんの扱いを変える子が一定数でた。男の子は、あまり気にしていなかったが、女の子が仲間外れなどをした。
そんな中、雪ちゃんは川田さんに普通に接した。嫌がらせした相手でも、自分が原因を作ってしまった。改心したならそれでいいの。と、言っていた。
しかし、川田さんは夏休み明けから来なくなった。そして、別れも言えぬまま転校してしまった。
雪ちゃんは、
「私のせいだ」
と、この事を重く考えていた。それで、自傷行為を行おうともしたが、それは止められた。
雪ちゃんは、心の優しい子だった。自分によって、人が傷ついてしまったことに、自分も傷ついてしまった。
少しおかしいんだ。自分に嫌がらせした相手を、自分が原因で傷ついたなんて。でも、彼女がそう思ったなら、それで彼女が傷ついたなら、そうなのだ。
それから、雪ちゃんは人の心の声が聞こえて分かっても。何も知らないフリをするようになった。これまでは、なんとか誤魔化せたらしてきたが、これは致命的だった。
少し挫けた彼女は、また立ち直り人に対する考えと、接し方を直して行った。自分の聞こえた通りにする雪ちゃんではなく。人が困っていたら行動すると決めたそうだ。
「人のために、傷つくなら私はもう折れないよ」
これまでと同じじゃんか。ただ、自分のためには、聞こえたものを無視するだけ。
「おはよう、奈々!」
「雪ちゃん、おはよう!」
ニカッと笑う雪ちゃん。まだ、慣れない、学校の通学路を歩き始める。
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