月が綺麗な日に

「聡介くんは団子、好きよね」

「雫が好きだからな」

「よく覚えてたわね」

「まあな」


 そんなことを話しながら、雫は何かをこねている。話の流れからして、おそらく団子だろう。

 九月の満月だから月見をしたいと言って押しかけてきたのだ。


「お母様に台所借りてしまったけれど、こんな時間に散らかしてしまっても大丈夫かしら」

「ちゃんと片付ければ問題ないだろ」

「それもそうね」


 再び雫は団子をこねる。こういう作業は昔から得意だ。

 団子と並行して蜜も作っているらしく、少し忙しそうにしている。


「手伝おうか?」

「聡介くんは料理では頼りにならないから、いい」

「何も言えねぇ……」

「ほ、他のところでは全部一番頼りにしてるのはあなただから。料理だけ、料理だけは駄目なの」

「別に気を使わなくていいからな?」


 そうは言っても、雫が俺を頼ってくれているのは知っている。普段はあまり素直じゃない雫が頼れる相手なんて、昔からなにもかもを共有している幼馴染みくらいしかいないのだろうが。

 雫本人に手を出すなと言われた以上はできることがないので、大人しくその様子を見守る。時折こちらに視線を向けてくるが、すぐに団子の方に集中するというのを繰り返していた。


「なぜずっとこちらを見ているの?」

「えっ? ああ、いや。なんとなく」

「そう。なら、いいのだけど。もしこういうのが似合わないと思ってみていたなら、心外だと思って」

「そんなこと思ってないけど」

「そう」


 こねるのは終わったのか、次は湯を沸かしている。


「蜜の味見、お願いできる?」

「ん。それくらいはできる」

「ありがとう。じゃあ、はい」

「ん」


 甘い蜜。だけど甘すぎない。

 個人的にはとても好きな味だった。雫もあまり甘いものは得意ではなかったはずなので自然とこうなっただけかもしれないが、俺としてはとても食べやすいのでありがたい。


「聡介くんが好きな味だと思うのだけど」

「好きだな」

「よかった。聡介くんはしつこい味が嫌いだから」

「ああ、そうだ。ありがとう」

「団子もすぐに用意できるから、部屋で待ってて。ベランダからでも月は見れるから」

「わかった」


 時間が時間なので、高台に行くとは言い出さなかった。あそこから見る空は綺麗なので月を見るには最適だと思っているのだが、今年はそこでは見れないようだ。

 少しだけ散らかっていた部屋を片付け、雫を待つ。

 本当にすぐに用意ができたようで、二人分の団子が盛られた皿と蜜を持った雫が部屋に入ってきた。


「ちゃんと整頓してるのね」

「今片付けたけど」

「そうなのね。えっと、ベランダで食べる? それとも、ここで食べてから月を見る?」

「食べながら見たいかな」

「同感」


 ベランダに出て、空を見上げる。大きな月がちょうど雫の家の上に見えた。


「夜ってあまり好きじゃないのだけど」

「知ってる。ゾンビだの幽霊だのが出るからだろ」

「そう。フィクションだとわかっていても、そもそも私自身が普通じゃないでしょう?」

「雫と同じ感じで、ゾンビを操れるタイプの能力を持った人がいるかもしれないと?」

「いない、とは言い切れないでしょう?」

「言い切れはしないけど、いないと思うぞ」

「私もそんな気はするわ」


 くすくすと笑いながら、団子を頬張る。雫は夜が嫌いなくせに、夜にこうして俺の家に来たり高台に遊びに行こうとしたりはよくするのだ。どうやら、一人でなければ問題ないらしい。一応、こういうところでも頼られてはいるようだ。


「月、綺麗だな」

「……そうね」


 少しだけ、その言葉には別の意味も込めて。

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