桜の咲く日に

 春の風が頬をなぜる。新学期には俺と雫は高校二年生になる。

 とはいえ、今は春休み。何もやることは無い。

 気分転換に散歩でもしようかと上着を着て外に出る。そうして目が合った。

 まだ肌寒い風が吹く中で、雫はかなり薄着で市街地から離れた高台に咲く桜を見ていた。


「雫」

「おはよう、聡介」

「なにしてんだ?」

「なんでも。ただ、桜を見ていただけよ」

「雫らしいけど」


 言いたいことはいろいろある。そんな薄着で外に出るなとか、桜なら高台じゃなくても咲いてるぞ、とか。でも、言う気にはならなかった。

 雫は高台に向かって歩き出す。その隣を黙って歩く。俺が隣を勝手に着いてきていることをさも当然のことのようにして、雫は小さく笑った。

 途中、寒そうにしていたから上着をかけてあげた。まるでそうすることが分かっていたように雫はその上着に腕を通した。


「ありがとう」

「そんな薄着だと、風邪引くからな?」

「今はあなたが薄着ね」


 そう言いながら、雫は腕に抱きついてくる。密着すれば多少は暖かいとでも思ったのだろうが、ただひたすらに歩きづらい。


「歩けない」

「同感。別に寒くないから離れていても大丈夫だ」

「こういうところの空回り、いい加減どうにかしないと。いつまでも聡介におんぶだっこされているようじゃ駄目ね」

「別に、さほど気にしてない」


 もちろん、もっとしっかりしてくれたらと思わないでもないが、別に俺が雫の隣からいなくなるわけではない。それに、俺には相手もいないからこのまま結婚なんて方向もあるだろう。少なくとも俺たちの両親はそういうところまで考えている。


「私は、私を本心から好きでいてくれる人が好き」

「知ってるよ」

「だから、聡介には嫌われたくないの」

「それも知ってる」

「……えっと、面倒になったら言って?」

「ならないから安心しろ」


 不安そうに聞いてくる雫にそう伝えると、頬が明らかに緩んだ。ずっと素直にいればいいのにと思うが、女の子的には周りにどう見られているのかというのは大切なのだろう。もっとも、雫は小学校からずっとなんだかんだで人気者だが。

 しばらく歩いて、階段を上り、街が一望できる場所へ出る。


「いつ見ても綺麗ね」

「そうだな」

「桜も、ちゃんと咲いてる」

「ああ、そうだな」


 この高台にある桜は特に整備されてはいない。それでも毎年綺麗に咲くから、こうして雫と見に来ることも多い。

 そうでなくとも、俺たちはこの高台が子どものときから遊び場だった。ここから家を探すのが好きだった。


「あそこ、見て」

「ん? ああ、家だな」

「懐かしいわ。こうやって、いつも場所は変わらないのに家を探すの」

「なんにもないのにわざわざ長い階段上ってここまで来て。結局なんもしないで帰るんだ」

「そうね。そう考えれば、私たちはあまり子どもらしくはなかったかも」

「そうかもな」


 ボール遊びも、ゲームもしなかった。ただ二人で喋るだけ。

 それだけで十分に楽しかったから、それ以外がいらなかったのだ。そしてこうして、俺たちはまた思い出の場所で桜を見ている。


「さて」

「帰るか」

「そうね」


 雫の隣を並んで歩く。自然と手を繋いで、互いの顔を見て笑う。


「来年はお花見でもしましょう」

「飯は雫任せになるけど」

「それは任せて」


 当然のように来年も一緒にいることを約束しながら、俺たちは長い階段を下った。

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