天使をかくまう
屋敷の地下に天使を匿っている。彼は光の矢のように飛んでくるなり、僕にすがりついた。
「地獄の曹長に追われてるんだ、少しの間匿ってはくれないか」
私は承諾した。手負いの天使に同情したからだ。私は彼にホットココアを差し出した。
「地獄って、本当にあるのだね」
「……えぇ、人には本当は言えないのですが、そうなのです」
「どんなところだい、詳しく教えてくれたまえ」
「それはそれは恐ろしいところですよ」
天使は力なく笑った。
「全ての尊厳は砕け散り、全ての生命は煮えたっている」
その短い言葉で、私は不思議にありありと地獄の様相を想像することができた。私は少し身震いをした。
「……では、君のいる天国はどんなところなんだい?」
「皆が皆のために働き、喜びを分かち合う世界です。時には悲しみや怒りも」
「人間社会とよく似ているんだね」
「そうです。天使のほうが働きづめですけどね」
そう言って天使は笑った。今度は明るげだった。
「なんせ僕らはあなた達のために色々としているのですから」
「普段は見えないけれど、力になってくれているのだね。ありがとう」
天使はちょっとびっくりした顔をして、それからはにかんだ。
「人からお礼を言われるのは初めてで」
その時、ざりざりと扉を引っ掻く音がした。
「おい人間。そこに天使がいるな。そいつを引き渡せ」
天使は怯えた表情をした。私は戸口に歩いていき、声に答えた。
「お前の探している者はいない。出ていくがいい」
「お前、何か勘違いしているな。そこの天使が領分を犯したのだ。我らは生命力の源でもある。そこに切りかかったのはそいつだ」
「……そうなのか?」
「そいつは禁忌を犯したのだ。裁かれるのは当然だ。八つ裂きにしてやる」
「……その言い草が本当だったとしても」
私は羽に包まった天使を振り返りながら言った。
「目の前で殺されようとしている命をみすみす引き渡す私ではない。人間の強みとはそういうことだ」
舌打ちが聞こえ、地獄の曹長はずるずると重たいものを引きずる音を立てながら去っていった。
天使は私に触れて言った。
「よかった。ここであなたが私を引き渡せば、あなたは生きていられなかったのです」
天使は私の額に触れた。
「あなたの未来に光が溢れますように」
そうして天使は姿を消した。私は肩を落として、天使の残したココアを片付けた。
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