第73話 リコの戦い
「勝ったか……」
オオシマはHPがなくなり、前のめりに倒れた。
念のため死んだのかを確認。
心臓の鼓動は止まっている。完全に死んでいた。
「倒せたようだ」
「やったにゃー!」
「さすがテツヤじゃな」
俺は倒せてホッとしたが、ここで終わりではない。
勇者を倒しても戦争は続く。
「テツヤ、こいつはまだ吸収してはいかんぞ。敵に勇者を倒したと知らしめてから吸収せねばならん」
「大丈夫だ。そもそも俺はこいつを吸収する気はないよ」
悪党とは言え、こいつも人間である。
人間を吸収するというのは、流石に気が引けた。
タケイは吸収することになったが、あれはあくまで深淵王(アビス・キング)に体を乗っ取られた状態だったからで、本当は吸収などしたくはない。
まあ、合理的に考えれば吸収すべきだというのは、理解している。こいつの盾のスキルは間違いなく強力なだからな。
それでも人間を吸収するということは、やりたくはなかった。
メクは俺の気持ちを察してくれたのか、これ以上は追求しなかった。
「よし、まだ戦いは終わりじゃない。リコたちは戦っている。勇者が倒されたということを知れば、敵も士気を落として、逃げ出すはずだ。急いで向かうぞ!」
俺たちは急いで町へと戻った。
○
時間は遡り、テツヤたちが勇者を倒しに行った直後。
リコは部下たちと共に、次々に侵入してくる敵軍と戦っていた。
戦いが起きる前は、リコは戦う覚悟を決めていたと思っていたが、いざ始まるとその覚悟が甘かったのだと思い知らされた。
敵も味方も、次々に血を流して倒れていく。
リコはこの世界に来てから、日本にいたことよりも血を見る機会は増えていた。魔物にやられた人間の死体を目撃したこともある。多少なりとも耐性をつけていた気であったが、それでも戦の風景を見て衝撃を受けていた。
(……駄目……気をしっかり保たないと!)
リコは自分の頬を強く叩いた。
今のリコは、戦う力のない女子高生ではない。
レベルが40以上ある、ヴァーフォルの中でも最上位格の強者である。
それが戦えないなどと言ってはいけない。
リコの仕事は主に魔法を使うことだ。
魔法は難易度の高いものを習得するには、長い期間修行する必要がある。異世界に来て、まだまだ日が浅いリコは、初級の攻撃魔法しか使うことはできない。
それでも役に立たないというわけではない。MPが豊富にあるリコは、初級魔法をかなりの回数放つことができる。初級とはいえ、連発すると効果は高い。特に今回のように弱いものも大勢いる、軍隊相手だと初級魔法で十分、大ダメージを与えることができるので、有効的であった。
リコは何とか自分を奮い立たせ、勇気を出し、戦いに参加した。
初級の攻撃魔法、【
使う寸前、リコの頭に、これが当たった人はどうなってしまうのだろう、という考えがよぎった。
リコは首を振る。ここで撃たず、街が侵略されれば、大切な人を亡くしてしまう。自分自身も無事では済まない。
(やるしか……やるしかないんだ!)
リコは覚悟を決めて、【炎の
炎の矢が敵兵に向かって一直線で飛んでいき、燃やしていった。
自分の放った攻撃で人が苦しんでいる。死んでいっている。
リコはその衝撃的な現実を直視して、それでも街を守るという一心で心を強く保ち、戦い続けた。
戦は時間が立つごとに苛烈さを増していった。
壊された防壁から、途切れることなく敵が侵入してくる。
何人倒しても、何人倒してもきりがない。
長い間戦い続けて、リコは心も体も疲弊しきっていた。
それでも来る敵は倒さなければいけない。
リコは何度も魔法を放って敵兵を攻撃し続ける。
もう何発撃ったかも忘れるくらいの数、リコは魔法を打ち続けた。
しかし、リコの健闘むなしく、徐々に自軍の兵は押され始めていく。
数があまりにも違いすぎた。
前衛で何とか兵の侵入を押しとどめていた兵たちが全て討ち取られ、大量の敵兵が街になだれ込んできた。
味方の兵たちが次々と討ち取られていく。
リコは後方の建物の屋上から、魔法を乱れ撃ちしていたのだが、その建物付近に敵が迫ってくる。
「リコ様! このままではここにも敵が来ます! 逃げましょう!」
近くで一緒に戦っていた魔法兵がそう叫んだ。
(逃げる? ここで?)
リコは自分が逃げ出したらどうなるか想像する。
この町の住民は蹂躙されるだろう。そしてその中には当然アイサもいるだろう。
敵兵に見つかったらどうなるか。
殺される、もしくは捕まって奴隷になり悲惨な生涯を送ることになるか。何にせよ不幸な目にあうことは間違いない。
今すぐにでも逃げたいという気持ちはあったが、それでもリコは逃げるわけにはいかなかった。
リコは力を振り絞って魔法を使い続ける。
「リコ様……」
その姿を見ていた魔法兵たちも、逃げるわけにはいかないと魔法を撃ち始めた。
敵兵たちは、魔法を使って攻撃をしてくるリコたちを発見する。
建物の上にいるのを確認し、建物に入って上に登ってくる。
兵士たちが屋上まで上がってきた。
「お、おいあいつ、聖女じゃないか?」
「聖女がいたぞ! 聖女だ!! 生け捕りにしろ!」
大声で兵士たちが叫びなら、リコに迫ってくる。
恐怖を押し殺し、近付いてくる兵士たちを魔法で倒していった。
しかし、
「あ、あれ?」
魔法が使えなくなる。
MPがついに切れてしまったのだ。
リコ以外の魔法兵たちも同じくMP切れで魔法が使えなくなってしまったようだ。
敵兵が迫ってくる。
「ようやく観念したか」
「くそが仲間を何人もやりやがって」
「おい、やめとけよ。聖女は生け捕りだからな」
「ちょっとくらい味見しちゃダメなのか。結構好みなんだけど」
「駄目だろ」
リコは敵兵の会話を絶望的な気持ちで聞いていた。
もはやどうすることも出来ない。
この町はこれから敵兵たちに蹂躙される。
何一つ守り切ることが出来なかった。
これから自分に降りかかってくるであろう不幸への恐怖感より、その事実への怒りの感情をリコは強く感じていた。
自分が最初に勇者の下に行っていればこんなことにならなかった。止められても行けばよかった。リコは自分の行動を深く後悔していた。
ふと気づくと、何やら視界が暗くなってきてた。
『力を貸してやろうか?』
そんな声が聞こえてきた。無機質な本能的に嫌悪感を感じる声である。
幻聴かと思った。
こんな絶望的な状況に陥った自分が聞いている幻聴に過ぎないと。
しかしそんな幻聴にでもすがりたいほど、リコは追い込まれていた。
リコは、「貸してください」と返事をしようと口を開く。
その時、
「勇者オオシマは討ち取った!」
戦場に大声が響き渡った。
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