第64話 勇者襲来

「そういえば、あのリコに普通は見ることのできない、高度な情報を書かれた本を読めるよう、頼んでみるというのはどうじゃ?」


 宿に戻ってのんびりしていると、メクがふと、そんなことを口にした。


「そういえばそうだな……リコはかなり権力を握っているようだし、特別な本を読むことなんて、わけないのかもしれない」

「十中八九可能じゃろう。頼めば彼女なら許可してくるじゃろうし、これは良い味方を得たのう」

「まあでもしばらくは、普通に読める本を探そうか。それで見つからなかったら、リコに頼み込むとしよう」


 そう結論を出した、その翌日。


 いきなり町が騒がしくなっていた。


「何だこの騒ぎは」


 宿から一歩出ると、民衆が騒ぎ出していた。

 ザワザワと不安げな顔で、話をしている。


「何かあったのじゃろうか?」

「皆、不安そうな顔をしているにゃー……」


 嫌な予感がする。


「ちょっといいか。この騒ぎは何だ?」


 俺は近くを通りがかった、中年の女性に訳を尋ねてみた。


「聞いてないのかい? それがさ、勇者が攻めてきたっていうんだよ。何やら、数万の軍隊を率いてさ。それで聖女様の身柄を求めているんだとさ」


 何?

 勇者だと?


「聖女様を引き渡すわけには絶対にいかないけど、外の敵があまりにも多すぎて、どうするか迷っているって話なんだ……勇者はとにかく残酷な連中で、戦いになったらどうなることやら……あー、恐ろしい」


 女性は身を震わせる。

 勇者の悪名はこの町まで轟いているようだ。


「まさか勇者が攻めてくるとはのう……」

「この前倒さなかったかにゃー?」

「勇者は四人いるんだ。一人倒したから、今は三人、その一人がこの町に攻めてきたんだろう」

「そうかにゃ。じゃあこの前みたいにやっつけるにゃ!」

「うーん、しかしなぁ……」


 数万の軍勢を率いているって言ってたよな。

 流石にそこまでの人数に攻められて勝てるか?


 俺一人では到底無理だ。仮に倒せる力があったとしても、軍隊を壊滅させるには最低でも数千の敵を殺す必要があるだろう。俺にそんなことをする勇気はない。


 この前みたく勇者を倒すことに成功すれば、もしかしたら一人でも倒せるかもしれない。

 あいつらは頭はあまり良くないようなので、罠にはめたりすることは難しくはないと思う。


「ここであれこれ考えても仕方ないな、どうしようか」

「まずはリコの下に行ってみるべきじゃな」


 そうだな。彼女はこの町で大きな権力を握っているし、今回要求されているのもリコの身柄である。


 恐らく一番今回の件に関して、情報を握っているだろう。


 俺たちはリコの自宅へと向かった。


 到着すると、昨日よりも三倍増くらいの警備兵が、リコの家の周りに立っていた。


「すまない、リコに会わせてくれないか」

「お帰り下さい」


 即答された。無理もないかこんな事態だし。


「俺はリコの知り合いだ」

「今はダメです」


 とにかく頑なに断られた。


 すると、


「あ、えーと、テツヤおじさんだっけ?」


 と後ろから声をかけられた。

 昨日であったアイサである。


「何してるの?」

「リコに話があるんだが、入れてくれないんだ」

「あー、大変だもんね。ねーねーこの人たちは入れていいよー」


 アイサが言うと、警備兵は分かりましたと行って、通してくれた。


「もー、こんなことになって大変だよー。町は騒がしいし、勇者ってやつのせいで楽しくなーい」


 彼女は非常に楽天的な性格のようで、こんな非常事態でも、あまり態度が変わらない。


「リコが心配じゃないのか?」

「えー、大丈夫だよ。いつも通り皆が守ってくれるから」


 彼女は部下たちを信頼しきっているようだった。


 俺たちは家に入ると、


「やはりここは私が行きます! 戦ったら何人死ぬかわかりません!」

「そうはいきません! リコ様を行かせるわけには絶対にまいりません!」


 部下と言い争いをする、リコの姿が見えた。

 民衆を助けるために、一人で勇者の下に赴こうとしているリコを、部下たちが必死で引き止めているといった感じに見える。


 こんな時に、こうやって感情的になって言い争いをするのは良くない。


「やめるんだ!」


 俺は言い争いを止めに入った。


「テ、テツヤさん!」


 リコが俺の姿を見て、目を丸くして驚く。


「あなたは、リコ様のお知り合いのテツヤ様と、それからアイサ様も……そうだ。リコ様の説得を手伝ってください! お願いします!」


 部下の男は頭を下げてお願いしてきた。

 白いローブを身につけた、童顔の男である。


「説得は無駄です。私は行くと決めました」


 かなり固い意志を感じる。

 どうしてもここは、勇者の呼びかけに応じるつもりらしい。

 しかし、意志が固くとも、リコを行かせるわけには、絶対にいかない。何とか説得してみよう。


「リコ、絶対に行ってはダメだ。勇者に捕まったら何をされるか……あいつらがどんな奴かは、あの時、分かっているだろ」

「……それでも行かないといけません。外にいる軍隊の、その数を見たら勝ち目などないと分かりますよ。本当に地を覆いつくすほどの兵隊さんたちが、町を取り囲んでいます。私が行かなければ、この町は徹底的な略奪を受けるでしょう」


 俺は町の外にいるという軍勢を直接見たわけではないが、そんなに多いのか。数万の軍勢と言っていたからな。


「リコ様……仮に奴らの下に行っても、この町が略奪されるという事実は変わりません」

「いえ、リチャードさん、それは違います。敵が狙っているのは私のスキルです。この町を略奪するというのなら、使わないといえばこの町は襲われません」


 部下の質問に、リコは答える。この人の名前はリチャードというみたいだ。


 確かに相手の目的は、スキルにある可能性が高いかもしれないが、それでも使わないといえば大丈夫だとは限らない。


「リコよ、それは少し考えが甘いじゃろう。奴らはお主を捕まえて拷問でもすれば、従わすのは容易いと思っておるかもしれんぞ?」


 メクの拷問という発言に、リコの表情が変わる。

 そこまでのことは考えていなかったかもしれない。


「ど、どんなことをされても、使わなければ諦めるはずです」

「そうじゃのうて、どうせあとで拷問すれば、使うじゃろうから、お主の言葉などに一切耳を貸さずに、この町を略奪する恐れがあるのじゃ」


 その言葉を聞いてリコはおし黙る。


「それ以前に、仮に拷問をされるというのなら、リコ様をやはり行かせるなんて、ありえません」

「じゃ、じゃあ……どうすれば……戦ったら、結局、大勢の人が死んでしまうじゃないですか。相手が私の要求を飲むことに賭けて、行くのが一番皆が助かる可能性が高いと思います」


 リコは覚悟を決めたように呟いた。


「負けると決めつけるのは、どうなんだ? 勝てば略奪されずに済むだろう」

「それは、テツヤさんが外の軍隊を見ていないから言えることです。防壁に登って見てみましたが、到底勝ち目はないように思います」

「戦いは数だけじゃないだろ。特にこの世界はレベルやステータスってものがあるんだからさ」

「それは、そうですけど……でも、戦えば大勢の人が死ぬのは間違いないです」


 とにかくリコは自分以外の人が傷つくのが、たまらなく嫌なようだ。優しい子だから無理もないだろう。


 その言葉を聞いた部下のリチャードは、


「この町を守るためなら、リコ様のためなら、命は惜しくないとこの町のものは全員思っているはずです」


 そう言った。


「あたしもリコおねーちゃんがいなくなるのは、悲しいから、戦うよ」

「俺も戦う。リコのためという以外にも、勇者を野放しにしたくないしな」


 メクとレーニャは、俺が戦うなら自分達も戦うと言ってくれた。


「そんな……」

「リコ様、あなたを守るためというのは、この町のためという意味でもあるのです。リコ様がいなくなれば、この町は前の貧しい状態に戻ってしまいます。町の皆はそうなることを望んでいないはずです」

「……」


 リコはしばらく黙って考えた。

 強い葛藤を感じているようだった。

 数分黙って考えた後、リコはついに口を開いた。


「……分かりました。戦ってみましょう」

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