第60話 アイサ

「と、ここまでが私がこの町に来るまでの経緯です」


 リコも、それなりに最初は苦労していたのだと思った。

 俺はなんだかんだ言って、飢餓状態に追い込まれるほど、食えなくなったということはなかったからな。


「しかし、そのスキルも非常に強力じゃのう。飲むだけでレベルが一気に上がるとはな」


 メクが感想を漏らす。


「おいしい味って聞いたから飲みたくなったにゃん」

「お主は今の話を聞いて、その感想しかでんのか」


 味に興味を示したレーニャに、メクが呆れる。


「そう言えば、そのアイサって子はこの町に来ているんだろ? 今どうしてるんだ? この家で暮らしているのか?」

「ええ、アイサと私は一緒に暮らしていますよ。今は、学校ですね。この町には学校があるので、そこに通っているんですよ。あ、でももうすぐ戻ってくるかもしれませんね。結構時間も経ちましたし」


 窓越しに外を見てみると、日が沈み始めていた。


「たっだいまー!!」


 すると、元気な子供の声が、家の中に響き渡った。


「あ、噂をすれば」


 恐らくアイサが戻ってきたのだろう。


 子供が駆ける音が徐々に近づいてくる。


「リコおねーちゃん! ……あれ?」


 この部屋までやって来て、俺たちを見て呆気にとられたような表情を浮かべる。


「その人だれー? 彼氏?」

「ち、違うわ! こ、この人はテツヤさんと言って、お友達というか、お知り合いというか……」

「へー、あたしアイサっていうの、よろしくね!」


 アイサはまぶしい笑顔を浮かべながら挨拶をしてきた。

 リコの話に合った通り、本当に可愛い笑顔を浮かべる少女だった。

 目が大きく、生命力が溢れ出ている。非常に活発な子なのだろう。


 俺はテツヤ・タカハシと挨拶を返した。


「あー! ねーねーこれ!」


 といきなりアイサが大声を上げた。彼女の視線の先には、メクの姿が。

 アイサはメクを抱え上げ、


「可愛いぬいぐるみ~、リコおねーちゃん買ってくれたの!?」

「あ、いや、アイサ……ちょっと駄目よ」


 リコは注意するが、アイサはまるで聞いておらず。


「可愛い~、今日一緒に寝ようね~」


 メクに頬擦りしながら、そう言った。


「やめろ! 離さぬか! わしはぬいぐるみではない!」

「うわ! 喋った! しかも動いた!」


 ジタバタしながら抵抗するメクを見て、アイサは目を丸くして驚く。


「凄いぬいぐるみだー。ますます気に入っちゃった」

「話を聞けコラ! わしはぬいぐるみじゃないと言っておるじゃろう!」

「えー、じゃあ何なの?」

「エルフの元女王じゃ! 容易く抱き上げていいような存在ではないのじゃぞ!」

「エルフ? 女王?」


 アイサは一瞬きょとんしたような表情をしたあと、


「どこが?」


 と首をかしげて痛烈な一言を放った。


 今の自分のどこがエルフの女王であるのか、流石に説明することは出来ないのか、メクは言葉に詰まる。


「くそう……昨日飯を食べていなければ、この子供に分からせてやれたものを……口惜しい……!」


 めちゃくちゃ悔しがっている。


 そのあと、リコがきちんと説明をして、メクがぬいぐるみではないと言うことは分かってもらえたようだ。


「これだから子供は嫌いなのじゃ」


 うんざりしたように、メクはそう言った。

 そう言えば、メーストスの町にいた時、メクが気晴らしに一人で公園に行ったら、子供に捕まり、顔に落書きをされて、帰って来たという事件があった。

 昔から子供には、色々苦い思いをさせられ続けているらしい。


「えーと、それでこの町に来てから何をやったのか、話したいのですが……だいぶ時間も経ちましたし、後日話しますか?」

「いや、何でリコが聖女って呼ばれているのか、正直気になるからな。ぜひ話してほしい」

「せ、聖女というのは正直まだ呼ばれなれないのですが、何か恥ずかしくてですね。大したことはしていないのですがね……」

「リコおねーちゃん、昔話してるの?」

「昔っていうほど前の事ではないけどね。うん、今からアイサと一緒にこの町に来てからの事、話そうと思っていたの」

「やっぱりそうだったんだ。あのね、リコおねーちゃんは凄いんだよ!」

「す、凄くないから。と、とにかく話しますね」


 リコは恥ずかしそうに顔を赤らめながら、話を再開した。

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