第56話 異世界生活の始まり

 それでは、私、リコ・サトミがこの世界に来て、今まで何をやっていたかをお話しします。


 テツヤさんが城から追い出されたあと、私は城から出ました。


 城から出た理由ですか?


 人間の王族と不良の男四人が、酷い人達だったからです。

 確かにあそこで残っていれば、もう少し楽に生活出来ていたかもしれませんが、それでもレベルが低いからという理由で、テツヤさんを殺そうとした者たちが、私には許せませんでした。

 一緒に戦うなど、到底耐えられるわけありません。城を出たのは必然の選択だったのです。


 ただ、出てから一度もその選択を後悔しなかったというわけではありませんでした。


 というのも、とにかく最初はこの世界でどうやって生きていけばいいのか、まったく分からなかったのです。


 生きるためには、食料が必要で、食料を得るには金が必要です。城から出る時、当然私は無一文の状態です。


 私は王城から出て、その城下にある町で仕事を探します。


 しかし仕事を探しても中々見つかりません。私のような素性の知れぬものを雇ってくれるところなど、まずありません。私自身も喋るのが得意な方ではなく、自分がきちんと働けるとアピールすることが、非常に苦手でした。

 もしかしたら、その時、ステータスを出す方法を知っていたら、何とかなっていたかも知れませんが、そんな発想はまったくありません。


 とにかく金も食料も所持していない私は、飢えてしまいます。

 日本の何の変哲のない家庭に生まれた私は、飢えというものをそこで初めて知りました。腹を空かせるということがあっても、食べたくても食べられず苦しい思いをするなんてことは、今までありませんでした。


 飢えた私は、別の町に行けば何とかなるかも知れないと考えます。

 町の人も、隣町への道くらいは教えてくれますから、それを聞き歩いて向かいました。


 しかし隣町までは遠いのです。運動が苦手な私は、体力もありません。


 空腹と肉体の疲れが、同時に襲ってきます。

 徐々に体がふらつき始め、いうことを聞いてくれなくなり、私はそこでとうとう倒れてしまいました。


 この時ばかりは、城にいればよかったかなぁ、と少し思ってしまいます。それくらい追い込まれていたのです。


 ここで死ぬんだ、と思いながら、私は目をつぶりかけたその時、奇跡が起こりました。


「大丈夫? おねーちゃん」


 小さな救いの女神が私の前に現れたのです。


 その子の名前は、アイサ・シャームと言いました。十歳の少女です。短い赤い髪に、白いワンピースを身につけた少女でした。よく笑う、太陽のような子でした。


 私は、「お腹が減ったの……」と声を振り絞って質問に答えました。


 アイサは「大変! これ食べて!」とパンを私にくれました。


 味も何もついていないパンでしたが、それでも生きてて一番美味しいと感じたパンでした。


 空腹状態で、いきなり食べると危ないという知識はあったのですが、いざそうなってみると一気に食べてしまうものです。幸い死にはしませんでした。


「おねーちゃん、何でお腹すかせて倒れてたの?」


 アイサは私に尋ねてきました。

 私は事情を話しました。


「行くところないの? じゃあ私の家に来なよ!」


 笑顔で彼女はそう提案してきました。

 私は、他人に迷惑をかけることを嫌う性格ですので、本来ならば断っていたと思いましたが、もう二度と飢えを経験したくないという気持ちが勝り、アイサについて行きました。


「あたし、アイサ・シャーム。おねーちゃんは?」


 その時、初めて彼女の名を知りました。私が自己紹介をし返すと、


「リコか、リコおねーちゃんだね!」


 とこれまた、可愛い笑顔を浮かべてそう言ってきます。


 アイサが向かった場所は、町ではありませんでした。森の近くにある小屋みたいな場所です。

 一軒だけポツンと立っており、人里離れた場所で生活をしているようでした。


「おばーちゃんただいまー」


 小屋に入り、アイサはそう言いました。私もアイサについて、小屋の中に入ります。


「お帰りアイサ……ん? 誰じゃその子は」


 中には老婆が椅子に座っていました。彼女はアイサの祖母である、イザベラ・シャームです。

 アイサは両親を早くに亡くし、イラベラさんと二人きりで生活しておりました。


 アイサはイザベラさんに、事情を説明します。


「ふーん、あんた行く場所がねーってか」


 イザベラさんは目つきが鋭く、さらに口調が荒くて、第一に印象は怖い感じの方です。

 あとで本当は優しい方だと知ったのですが、その時はあったばかりだったので、


「は、はい」


 少し怯えながら、返答をしてしまいました。

 そんな私のようすがおかしかったのか、イザベラさんは笑い出し、


「わっはっはっはっは、何も取って食おうってわけじゃあるめーし、そんなにビビる事もないじゃろ。まあ、行くとこねーんなら、うちにおってもええが、ただ飯食らいを置く余裕はないけ、あんたにも働いてもらうよ」

「わ、分かりました」


 何はともあれ、死ぬ一歩手前で私は命を救われて、しばらくのあいだ、アイサとイザベラさんと一緒に暮らすことになりました。


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