第33話 深淵

 力をくれてやる。


 暗闇に浮かぶ目玉はそう言った。

 正体不明の目玉に向かって鑑定を使おうとしたが、鑑定自体が発動しない。

 直接聞くしかない。


「どういうことだ。ここはどこだ。お前は何だ。レーニャとメクはどうなったんだ。俺はどうなったんだ」


 俺は次々と質問する。


『そういっぺんに質問するなよ。ここは、深淵アビスだ。現実と隔離された場所。ここでいくら過ごしても、現実では1秒も時間は経たない。まあ、ただ、ここに入れるのは5分が限度で、それ以上いたら、現実に意識が引き戻されるがな。ちなみここに来ているのは、お前の魂だけで、肉体は現実で無様に倒れているよ』


 目玉はそう言った。深淵? ここに来ているのは、俺の魂だけで、いくら過ごしても、1秒も経たない……

 なるほど、気付いたら、先ほどまで感じていた凄まじい痛みが、消え去っている。今の俺は、肉体が無く魂だけの存在になっているからなのか。

 とにかく一秒も過ぎていないという事は、俺の意識がここに飛ばされる寸前の状況のままだってことなのか。

 それは、分かったが、こいつは一体何なんだ?


「お前は何だ? あの時の黒騎士か?」


 そう尋ねてみる。


『そうとも言えるし、そうじゃないとも言える。まあ俺様の正体については、あとで嫌でも知ることになるだろう』


 ……ここで真面目に答えてくれるつもりはないようだ。


「力をくれてやるとはどういうことだ?」

『お前が、持っているスキルだが、あれはまだまだスキルの本領を発揮できていねぇ。だからお前はまだまだ弱いままなんだよ』

「本領を発揮できていない?」

『そうだ。死体吸収は吸収した生物のステータスを、そっくりそのまま自分のステータスに加算する事が出来るスキルだ。今のお前はせいぜい10分の1。刻印をつける前は20分の1だったな。それともう一つ欠点がある。今のお前の死体吸収には、ステータスの上昇に限度があるが、本来はそんなものはない』


 死体吸収でのステータス上昇量が上がったのは、やはり刻印の影響だったのか。


「待て、俺に力をやるってのは、ステータスの上昇率を上げるって事と、ステータスの上昇の限度をなくすって事か? それなら今更上がっても意味がないじゃないか」

『早合点するなよ。今までお前が吸収してきた生物の魂はな、全てお前の奥底に集められているんだよ。この魂から力を引き出すことで、ステータスが加算されるんだ。しかし、魂から全ての力を引き出すと、お前の自身の魂が食われちまう。だから無意識に、引き出す量を抑えているんだ。そのためお前のステータスの上昇率は低くなっているし、ステータス上昇量に限度があるんだ』


 俺の中に魂が集められている。何か気持ち悪いが……

 もしかして、こいつの言いたい事は……


『俺が少し設定をいじれば、上昇量の限度を引き上げられるし、現在のお前のステータスをあげることも出来る。ざっと計算すると、今のお前のステータスは2.5倍になるな。まあ、あの程度の悪魔になら勝てるんじゃないか?』

「待て待て……ちょっと待て、さっきお前は、自身の魂が喰われるから、無意識に抑えていると言ったよな。じゃあ、引き出す力をあげたらまずいんじゃないのか?」

『安心しろよ。刻印の力を増大させる事で、食われなくすることが出来る』


 何だか全ての話が上手すぎる気がする。

 俺としては正直こいつの言う事を信じるのは危険すぎると思うのだが。


『一応、言っておくが、お前に選択肢は無いと思うぞ。俺に力を貰わなければ、死ぬし、大事な仲間も殺されてしまう』


 そうだ……こいつの言っている事が、どんなに信用できなくても、俺はこいつの力を借りるしかない。

 自分の命だけならまだしも、仲間の命がかかっているんだ。


「最後に一つ聞くが、お前の目的は何だ? 何故俺に力を貸す」

『親切心って言ったら信用するか?』

「……」


 よく考えてみれば、あの黒騎士もこいつも、あの刻印も、俺に不利益をもたらしてはいない。

 よくないものだと考えているのは、あくまで、俺の中の本能が警鐘を鳴らしているからそう考えているに過ぎない。


 しかし、その本能的な、嫌悪感、恐怖感をどうしても拭い去る事は出来ない。

 こいつらは、悪い奴だという考えをどうしても否定できないでいた。


『くくく、それでいい。お前の本能は間違っていない』


 俺の心を読んだのか、目玉はそう言ってきた。


『で? どうする? 俺の力を欲するか? お前が欲すると言わないと、あげることができないようになっているから、貰うか貰わないかを決めて返答しろ。まあ、ここに来られたという事は、返事は決まっているだろうがな』


 意味深な事を目玉は言った。もしかして、どうしても力が欲しいと思うような状況になったら、ここに来るようになっていたのか。


「……望む。お前の力を借りる事を望む……」

『いいだろう』


 突然、目玉の真下に、口が現れた。

 そして、その口が笑みを浮かべながら、


「貴様に力を貸してやる」


 と言った。

 その声を聞いた瞬間、俺は現実に引き戻された。



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