第28話 勇者 武井駿

「ち、ちくしょー……」


 王宮の一室で、勇者の1人である武井駿が、悔しそうに唸っていた。


「次こそは上手くいきますよ!」


 駿を励ましたのは、専属の執事のような役割をしている、ルーカスだ。

 髪と髭が白い、中年の男だ。


「くそーなんで俺だけ失敗するんだ……」


 現在、駿は異世界に来て初めて挫折を経験していた。


 勇者たちは最初は全員で、領土を取り返すための戦いを行なっていたが、そうすると、1番強い海斗が手柄をほとんど取って行ってしまう。

 それを面白くないと思ったほかの勇者は、固まらずバラバラに攻めることにした。


 バラバラに攻めても大丈夫なぐらい、勇者たちは強かった。それというのも、勇者たちはただレベルが高いだけでなく、1度のレベルアップで上がるステータスも、普通のものより大きい。倍ぐらいある。

 スキルポイントの入手も倍となり、強力なスキルも使える。

 はっきり言って、チートと言っていいくらい強かった。

 それこそ1人で、数千の軍隊を蹴散らすほどの力を持っている。


 そんなわけで、1人1人別の場所を攻めて、領地を取得していく勇者たちだったが、駿だけは他の勇者に大きく後れを取っていた。


 ほかの勇者に比べてレベルが低く、さらに元々の気質的にあまり戦いが得意ではない駿。


 自分だけ領土の攻略に失敗。

 ほかの勇者は自分の城と領地を持って好き勝手やっているのに、自分だけ何も出来ていない。

 若干城の人たちの態度も悪くなる。


 駿はほかの勇者たちに、激しく嫉妬していた。


「ちきしょう……結局異世界だろうがどこだろうが、俺はこういう役回りだっつーのかよ」


 日本にいた時も、体格も小さく一番喧嘩も弱かった駿は、いつも劣等感を覚えながら生きていた。

 異世界に来たからもしかしたら、何か変わるかもと思っていたが、変わらず、自分が1番の劣等だった。


「はぁー、ルーカス。俺でも攻め落とせそうで、そんで、いい女が多くいるところってなんかねぇーか?」


 駿は溜息を吐きながら、ルーカスに尋ねた。ほかの3人と比べても仕方ない。とにかく落とせそうな所を落として、俺も好き放題しねーと、と駿は考えた。


「うーん……結構難易度が高いところばっかりですからねー……最初に修行してはどうですか?」

「馬鹿野郎! そんな面倒な事出来るか! 今の俺でも。確実に攻略出来そうな所はないのか!?」

「そうですねー……あ、ここは……駄目か」


 ルーカスはなにかを思いついたようだったが、自分でその思いつきを否定した。


「あ? なんだ? どこだ? なんで駄目なんだ?」

「エルフの国なんですけどね。エルフは綺麗な女が多くて、そこまで攻略が難しい国って訳でもないです。強い種族ではありますが、数が少ないですから。それにいろいろあって国全体が弱体化しております」

「いいじゃねーか。なんで駄目なんだよ」

「エルフは人間の領地を奪っていませんからね。勇者の皆様は奪われた領地を取り返すために、召喚されたので」

「は? 奪われた領地じゃねーと攻めとれねーのか? そう決まってんのか?」

「いや、決まってはなかったと思いますが……ですが元人間領以外を攻め取るのは、どうでしょう……この国の方針と少し違うような気がしますが」

「でも、領土は多い方がいいだろ? 決まってねーんなら攻めに行こうぜ。元人間領とかなんだとかどうでもいいだろ」

「いや、しかしですね……」

「俺は勇者だぞ! 俺が行くっつったら行くんだよ!」


 駿の怒鳴り声にルーカスは、身を縮こまらせ、「分かりました」と小さく呟いた。


「そういえば、エルフって、耳がとんがっている種族だろ? 聞いたことあったわ」

「そうでございます」

「女が多い上、しかも歳をとらねーから、皆んな美人で、綺麗な子なんだってな。テンション上がってきたー」


 勇者の1人、武井駿がエルフの国を攻める準備を始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る