第19話 脱出

「き、消えた?」

「……助かったのかの?」

「い、いなくなったにゃ?」


 ブルブルと震えながらいなくなったのを確認する。

 何だったんだあいつは? 人の右手に激痛を与えるというだけの存在だったのか? はた迷惑な奴だ。


 と思って俺は、未だに痛みの残る右手を見てみると、


「ん?」


 手の甲に黒い何か付いている。拭ってみる。取れない。

 刺青みたいに刻み込まれているみたいだ。

 さっきの黒騎士がつけていったのか。


 黒い丸の真ん中に、小さい目が描かれているという、奇妙な模様だ。

 この目を見ていると、なんだか魂を吸い込まれそうな気分になる。俺は目をそらす。

 その模様の下には、謎の文字が。見たこと無い文字なので読めない。


「なんじゃそれは?」


 メクが聞いてきた。


「分からない。たぶんさっきの黒騎士がつけていったんだよ」

「何らかの刻印じゃな……見たこと無いが」

「下に文字が書かれているんだけど、読める?」

「……読めんな。初めて見る文字だ」


 うーん、何なんだこれ。気味が悪いんだが。


 俺は刻印を見つめて鑑定しようとしてみる。

 今回は鑑定不可とすら出ない。鑑定をしようとすらしないのだ。

 ステータスを見てみても、何も書かれていない。


「なんだこれ……? どういうこと?」

「わからんな。もしかしたら後で呪いが発動して、朝起きたらわしのような姿になっておるかもしれんぞ?」

「こ、恐いこと言わないでくれ」


 俺は若干震える。


「にゃ~、テツヤも師匠みたいになるにゃん? 可愛くにゃるけど、撫でてもらえなくなるのは嫌だにゃー」


 レーニャはのんきにそんなことを言っている。


「それが何か分からんが、とにかく命が助かった事は確かじゃ。正直奴が現れたときは、生きた心地がせんかったぞ。さっさとこの洞窟から出るのじゃ」

「そうだな」

「にゃ~、やっとあの谷から出れるにゃ~。長かったにゃ~」


 とりあえず実害は今のところ無いので、気にし過ぎるのも良くないかもしれない。

 俺達は少し歩く。

 出口はすぐそこにあり、俺達は洞窟を出た。


 洞窟の外は草原が広がっていた。

 見渡す限り、一面に草が広がっている。その雄大な景色に若干感動する。


 はぁー、良かった。出られた……


 少し安心してきた。最初あの谷に落とされたときは、マジで絶望しかなかったからな。


「にゃ~、出れたにゃ~!」


 レーニャが嬉しそうに草原を駆け回っている。

 俺より長いあいだ、あの谷にいたレーニャは、出られた嬉しさは俺より大きいだろう。


「やっと出られたのう……」


 メクは感慨深そうにそう言った。


 レーニャがしばらく走り回ったあと、俺達のもとに戻ってくる。


「さて、これからどうするかの。わしは、元の体に戻る旅を再開するつもりだが。お主はどうするきじゃ?」


 メクがそう聞いてきた。

 そうか、谷から出たら一緒にいる理由も無いから、ここで別れることになるのか?


 俺は出てから、何をするか考え付いていなかった。

 まあ、さっき刻まれた、謎の刻印の意味を調べるという理由は出来たが。鑑定しても何も出なかったので、なんでもない可能性もあるが、やはりこのまま放っておくのはさすがに気分が悪い。


「にゃ~……もしかして、アタシたちこれでお別れにゃ?」


 レーニャが寂しそうな顔でそう言った。


「いやにゃ~、師匠とも一緒にいたいし、テツヤとも、もっと一緒にいて、いっぱい撫でてもらいたいにゃ~ん」


 レーニャが涙目になりながら言う。


「ま、待て、レーニャ、わしはお主とここで別れる気はないぞ。お主を1人で置くなどと心配でならんからな。元に戻る方法を探すのは、別に1人じゃないと、できんというわけでもあるまいし」

「そうにゃ? テツヤは?」

「俺は、そうだな。この刻印の意味とかを調べたいと思ってたんだが。俺も別に1人じゃないと、駄目だって理由はないし……一緒に行くか」

「そうにゃん! 一緒に行くにゃん!」


 涙目になったレーニャがパーっと明るくなった。


「じゃあ、一緒に行くという事じゃな。抜け道を抜けた所であるここは、ルーカスト草原の南じゃ。ここから北西方向に向かえば、メーストスという、多種族が暮らす町がある。まずはそこに行こうかの」

「そうだな。町があるなら、そこに行こうか」

「行くにゃ~」


 こうして俺達は、一緒に旅をする事になり、最初の目的地メーストスへと向かうのだった。

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