第4話 突き落とされる

 異世界の王宮。

 涙をボロボロと流しながら、里見理子(さとみりこ)は男性が連れて行かれるのを見送った。


 涙の理由は二つ。

 剣を首元に突きつけられた恐怖心。

 それから、動けなかったという自責の念。


 理子に非はない。首元に剣を突きつけられて動けるものなど、そうはいない。


 それでも、自分を助けようとしてくれたあの男性を、助けようと動けなかった事で、理子は自分を責めていた。


「それで、あなたはどうしますか? 私どもとしては、ここに残り一緒に戦ってもらいたいですが、勇者でないあなたにそれを強制する事はできません。どうするか決めてください」


 理子はまったく悩まず、


「あなた方と一緒には戦いません」


 と、返答した。


「その場合、一人で生きていく事になるがいいですか? 命の保証はできませんよ?」

「大丈夫です」


 理子は少し、睨みながらそう言った。


 ――――異世界の人たちとも、あの不良たちとも一緒にいるのなんかごめんだ。


 そう思う理子だったが、いつもだったらここに残るという選択をしたかもしれない。


 そんな理子が今までと違う選択をしたのは、震えながらも自分を助けてくれたあの男性を見て、自分も勇気を出してみよう、そう思ったからだった。


 理子は自分の意思を貫き王宮を後にした。



 俺は谷の近くまで来て、地面に立たされる。

 顔を谷のほうに向けられる。腕をつかまれて身動きが取れない。


 この谷は深く、谷底が見えない。落ちたら確実に死ぬだろう。


「ま……待ってくれ、本当に落とす気なのか?」

「欠陥品に生きる資格はない。死んでおけ」

「い、嫌だ、死にたくない」

「この世界でお前に生きる権利は無いんだ」


 理不尽だ理不尽すぎる。


 生きる権利がないだと? だったら召喚するなよ。

 ふざけんな、なんで俺がこんな目に遭わなければいけないんだ。


 確かに俺は底辺だったが、人に迷惑をかけるような行動を取った覚えは無い。


 ふざけんなよ。何なんだよこれは。

 限界レベルが低いって事がそんなに悪い事なのかよ。


 こんな理不尽すぎる理由で死んでたまるか。


 何とか俺は逃げる隙をうかがうが、両手をがっちりとつかまれ逃げ切れない。


「じゃあ、お前なんぞに構っている時間が惜しい、落とすぞ」


 無表情でそう言われたあと、何のためらいも無く、家来の男は俺の背中を押した。


 強い力で押され、俺は抵抗できず宙に放り出される。

 手を上に伸ばし、何か掴もうとするが、何も無い。


 俺は谷底へと落ちていった。

 時間の流れがスローになる。そして過去の思い出が蘇ってくる。走馬灯というやつだ。


 思えば25年間、幸せと思えた瞬間はどれほどあっただろうか。

 子供の頃は楽しかった。でも、時が経つにつれ経つにつれ、生きるのがしんどくなっていった。


 たいして楽しい思いもできずに、異世界に召喚され、そして、こんなふうに理不尽に殺される。


 果たして俺の生に意味などあったのだろうか? 

 ゴミみたいに殺されるのが俺、高橋哲也の人生だったのだろうか?


 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。


 死にたくない。

 死にたくない。


 こんな、意味の無い人生を生きただけで死にたくない。


 死にたくない。

 死にたくない。


 何度も何度も俺は死にたくないと、頭の中で繰り返す。

 だが、落下のスピードが弱まるわけも無く、無情にも落ち続ける。


 そして、遂に地面に落ちる時を迎えた。

 俺の無意味な人生もそれと共に、終焉を迎え……


 なかった。


 何か妙にやわらかいものの上に落ちた。


 弾力があるみたいで、反発力で体が大きく弾み、そこから落ちて、また弾んでを何度か繰り返す。


 最終的に、仰向けの姿勢で俺は倒れる。


 俺が落ちたものが何か調べてみると、どうやら特大のきのこのようだった。


 かなり弾力があるきのこの傘に、俺は落ちたみたいだった。


 た、助かった?

 まさに奇跡が起きた。九死に一生を得た。


 こんな理不尽な目で殺されそうな、俺を神様が助けてくれたのかもしれない。

 基本無宗教な俺だが、この時ばかりは神の存在を信じそうになっていた。


 いや……確かに落ちて死なずには済んだが……


 上にあがるのは無理だよな。

 ということはどうにかして、上がる場所を見つけないといけないか。


 谷の幅は結構広い。

 向こう側が見えないくらいだ。


 上がる場所の捜索といっても、そう簡単に見つかるとも思えない。


 正直、まったく楽観視は出来ない状況だ。

 もし出られなかったら、一生でここで暮らす事になるのか? 食べ物はどうする? このきのこを食ってみる? 毒があったら死ぬぞ。


 いや、ネガティブに考えるな。

 とにかく、生きているんだ。せっかく助かったんだ。絶対生きて谷底を出てやる。


 俺はきのこから下りて、どこかに出られる場所がないか探し始めた。

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