第13話 殺すつもりはなかった

―――柿原は明知の部屋に向かう。

血まみれの服の裾でナイフについた血液をふき取る。

このときは既に3時ごろ、自室にいるとみてほぼ間違いない。

眠っているであろう明知を起こさないようこっそり扉を開け、部屋に入るとゆっくり扉を閉める。ベッドに目を向けるとやはり明知はそこにいた。しかし明知は眠っているわけではなく、そこに座っていた。


「いいよ、そんなこそこそしなくて。僕を殺しに来たんだろう?」


明知は冷静に柿原に告げる。柿原は何も答えない。


「さっきまでの騒音と君が一人で来たことを察するに、仲間割れが起きたのかな。そしてその原因は僕。・・・やっと気が付いたってことだね。」


何も答えない柿原を前に、明知は自分の策が上手くいったこで気分が良くなり、聞いてもいない話を長々と始める。


「知念から聞いているだろうけど僕の特権は『特権把握』なんだよ。僕はすぐにここから解放されたかったから、どうやって殺そうか色々考えたけど、僕の特権では直接人を殺すっていうことが難しくってね。君と違って部屋に籠られると何もできない。武器もないし、知念の特権も鬱陶しいしね。そう思っていたら知念の方から協力したいって言ってきたんだから面白いよね。そこから先は君の知っているように、僕が作戦を考えて知念に指示を出していた。知念に任せておいてよかったよ。もし僕自身が君たちと協力していたら知念と同じように僕も殺されていたかもしれないからね。知恵者っていうのは陰で人間を操るものなのさ。それにしてもこんなに上手くいくなんてね。高梨のおかげだ。部屋を入れ替えようっていう彼の提案のおかげで作戦が実行できるようになったからね。岡部の特権は何だと思う?わかるはずないか。とにかく君たちが暴れてくれたおかげでもう残りは2か月ちょっとになった。そして今からこの期間はさらに半分になる。どういうことかわかるかな?」


やっと話すことをやめた明知は柿原の目を見て返事を求める。


「お前が俺に殺されて、残りは32日だ。」


柿原の返事を明知は嘲笑する。


「ははは、面白いね本当に。僕がそんなに馬鹿だと思うかい。かわいそうに。だとしたらどうして僕はナイフを持った君を前にしてこんなに落ち着いているのかな?少しは考えてみなよ、その小さな頭でさ。」


安い挑発だったが、今の柿原には十分な効果だった。

柿原はナイフを強くつかみなおし明知への急接近を試みる。


柿原が動き出した瞬間、明知は大声で合図をした。


「今だ!」


合図とともにシャワールームの扉が勢いよく開いた。

柿原は音のする方を振り返る。

そこには銃口を柿原に向ける玉井がいた。

どうして玉井が明知の部屋にいるのか。なぜ拳銃を所持しているのか。


明知はこの襲撃すらも想定内だったのだ。

明知は柿原が油断するタイミングをずっとうかがっていた。

明知は知念の部屋の騒ぎから仲間割れを確信し、知念が自分の名前を言っていた場合、柿原か阿々津が自分の部屋に来ることまでを予想し、合図があるまで明知の部屋のシャワールームで待ち伏せをするよう玉井に指示していた。

ナイフをもった柿原を前にしても明知に余裕があったのはこれが原因だったのだ。


銃口を見た瞬間に死を直感的に感じた柿原だったが、あることに気が付き、自身の生き残りを確信した。やっぱり馬鹿なのは明知、貴様だと。

柿原はまるで自分の死を覚悟したかのように、ナイフをもった手を下ろし玉井を見ながらその場に立ち尽くす。


「俺もな、馬鹿じゃねえんだ。その銃、偽物だろ。拳銃なんて特権があるなら、知念は阿々津にそいつをコピーさせるからな。残念だったな玉井、明知。2人まとめてここで死ね!」


柿原は標的を変え、より近距離にいた玉井目がけて襲い掛かる。


これで終わりだ。


銃声が響く。

頭に穴が開く。

即死だった。



どうして本物の拳銃があるのか、その答えを知れぬまま柿原は生涯を終えた。





自分に襲い掛かってきた柿原の頭を玉井が拳銃で撃ちぬいた。


その銃声の次に聞こえたのは柿原の床に倒れる音と明知が拍手する音だった。


満足げな表情をしながら明知は続ける。


「よくやってくれたね。おめでとう。君ならやってくれるって信じていたよ。」


玉井は自分が人を殺めたことに絶望し、柿原の死体の前で膝をついている。

そんな玉井に明知が励ましの言葉をかける。


「心配することはないよ。そいつは岡部、知念、阿々津って3人も殺した殺人犯さ。殺したって何の問題もない。君がそいつを殺してくれたおかげでほら、残り32日だ。全員の解放を一ヵ月も早くしたんだ。感謝しているよ。君の拳銃とそいつの持っているマスターキーを使えばもっと期間を短くすることもできるけど、どうせ君は賛成してくれないだろ?今回の話も本当に柿原が人殺しならって話だったからね。まあいいよ、3年近くあった拘束期間が1ヵ月になったからね。僕もそんなに強情じゃない。1ヵ月で手を打つとするさ。」


玉井の気持ちを汲んでいるわけではない、あくまで自分主体の話をする明知。


すると明知の部屋の扉からある人物が部屋に入ってきた。

銃声をききつけてやってきたのだろうか、すぐに鍵をしめるべきだったかもしれない。

しかし、その人物は空森だった。


空森は玉井の方を見て急いで駆け寄る。


「玉井君怪我してない?この男が死んでるってことは作戦がうまくいったってことだよね?」


何も答えない玉井に代わって明知が「ああそうだ」と返事をする。


玉井と空森は以前から今回の作戦を聞いていた。

空森は万が一のことがあるといけないという玉井の配慮によって自室で待機していたのだが、銃声が聞こえ思わず部屋にやってきたのだ。


「玉井君が無事みたいでほんとよかった!もうこれで平和なんだよね?残り一ヵ月ずーっと一緒にいようね!」


呆然としている玉井は何の反応もしないので、空森は部屋での出来事を仕方なく明知に尋ねる。話を聞き、状況を理解した空森は幸せそうに話し始める。


「『拳銃』が特権なんてありえないって。そりゃそう思うよね、実際そうだし。私の特権が『弾の無い拳銃』で玉井君の特権が『銃弾』。2人合わさって最強の武器になるなんて、やっぱり運命ってあるんだよね!最初説明書には特権が『銃弾』の人がいるとだけ書いてあってそれが誰かは分からなかったけど、まさかその人が最初に運命を感じた玉井君だったなんて、何回も言ってるけど、もうほんと幸せすぎる。シンデレラのガラスの靴みたい。玉井君が知念さんからの協力を持ち掛けられたあの日に、『僕らの特権が最強になる準備はできている』って言ってくれたおかげで、この人が私の特権の相方なんだなってわかったんだよ。『僕ら』って言ったのは私に気づかせるための合図だったんでしょ?『準備が出来ている』っていうのは知念さんを脅すための嘘だったってことでしょ?そういう頭のいいところもほんと大好き。そこの柿原とかいう男はさ、私にも手を出した最低の男なの。だからこんな男殺した玉井君は何も悪くないからね。だから元気出してよ。残りの1か月間どうやって過ごす?」


一方的に話す空森の様子とは対照的に玉井は深く沈んでいる。

今明知の部屋にいる3人の中で唯一玉井だけがまともな神経をしているといえる。

当然だ。目の前に死体が転がっているのだ。笑えるはずなんてない。

空森と明知は完全に感覚が麻痺している。いや本当にそうなのか、平木の死に怯えていたのすら演技で空森と明知は元から人の死をなんとも思わない狂った人種なのではないか。

そんなの人間じゃない、そんな人間がいてたまるかと玉井は思った。

玉井は空森につられることなく、そのままの調子で話始める。


「・・・殺すつもりはなかったんだ。柿原くんが今後大量殺人をする可能性があって、自分も狙われているって明知君が言うから、護衛だけならってそんなつもりだったんだよ。信じてくれ、殺すつもりなんてなかったんだ。」


そう言って誰かに言い訳を始める玉井。そんな台詞を吐くのも玉井にとってはこれで何度目であろうか。



―――玉井晃斗は罪人だ。


その日はこの男の高校の入学式であった。

優しくて人に好かれやすい玉井は一日でたくさんのクラスメイトと連絡先を交換した。

きっと楽しい高校生活になるだろうなと期待していた。


放課後になり、玉井は自転車に乗って家に向かう。

その途中でポケットに入れた携帯電話から通知音がしたので、自転車を漕ぐのをやめて内容を確認すると、それはグループチャットへの招待だった。

玉井はグループチャットに参加するボタンを押し、再び自転車を漕ぎだした。


グループチャットが始まったばかりというのもあり、クラスメイトの一人一人が簡単な挨拶を書き込んでいく。早くクラスメイトのことを知りたかった玉井は通知のたびに自転車をこぐのをやめ、その内容を確認していた。


続々と書き込まれていくので、通知のたびに毎回自転車を漕ぐのを中断するのが億劫になった。通知を切ればいい話なのだが、玉井は片手で携帯電話をもち、その画面を見ながら自転車を漕ぎはじめた。はじめこそは周囲に気を付けようとは思っていたものの、気がつけば画面ばかりに気を取られ、周囲を確認していなかった。


自分の漕ぐ自転車が何かに衝突し、玉井は自転車とともに倒れていた。

電柱にでもぶつかったのか、周りを見ないと。そう思った玉井だったが、目の前にあったのは電柱なんかではなく、頭から血を流した老人が道路で横になっていた。


先ほどまでの高揚感はこの一瞬で消え去り、自分の人生が終了したと感じた。


玉井は携帯電話の画面をすぐに電話に切り替えて救急車を呼んだ。


頼むから生きていてくれ。


救急車に運ばれる老人を見ながら、玉井はそう願うしかなかった。


玉井の願いも虚しく、その老人は命を落とされた。


執行猶予4年、禁錮2年が玉井への判決だった。


殺すつもりなんてなかった。


玉井は2年間自分にそう言い訳を続けた。



出所後玉井は高校に入りなおす。もう一度やりなおそうと思った。

過去を隠すために同級生には年齢を偽っていた玉井だったが、同学年の男子達と比べるとやはり大人っぽい。「大人っぽい」と言われるたびに玉井は周りを騙している罪悪感を抱くのだった。


仕方ない。自分が幸せになるためには仕方ない。


だって、殺すつもりなんてなかったんだから。



―――玉井晃斗はもう限界だった。


「・・・本当はわかっているよ。『殺すつもりなんてなかった』なんて言い訳でしかないって。僕のしたことは立派な犯罪さ。あの時も今も、僕は自分の罪を素直に受け入れることが出来ないのさ。こんな僕、生きている価値もないよね。」


玉井は心がすっかり病んでしまった。自身を責める発言を続ける。

そんなことないという空森の言葉も今の玉井には届かない。


「父さん母さん、迷惑ばっかかけてごめんね。あなたたちの息子は人を2人も殺してしまいました。でももう、これ以上迷惑はかけません。今までありがとう。最期にもう一度会いたかったなあ・・・」


そう言い残し、玉井は自分の手にある拳銃で自分の頭を打ちぬいた。




腕時計の示す数字は16になった。

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