第14話 殺せば、生き残れる
目の前で起きたことを信じることが出来ない。
空森は目を丸くし、玉井の死体に話しかける。
「ねえ、冗談でしょ。わたしはあなたの運命の人でしょ?わたしを置いていく訳ないよね?ねえ?返事をしてよ。ねえ」
玉井の行動まではさすがに予想していなかった明知だったが、すぐに落ち着きを取り戻す。
「無駄だよ。もう死んでいる。」
必死に死体に返事を求める玉井に明知は冷静な一言を告げる。
「なんで、なんで玉井君が・・・」
今の空森には何を言っても無駄だと判断した明知は空森に言葉をかけることはない。
ただ、腕時計に目をやり懲役期間が残り16日であることを確認する。
3年近くあった監禁期間がもう残り16日にまで迫った。自分の手を汚さずによくここまで来られたものだと自画自賛した。
自分たちが解放された後、この一件は間違いなく大きなニュースになる。そんな殺し合いの中で自分は人を殺していないとなれば世間からの非難も避けられるだろう。自分は将来大物になる男だ。やむを得ないとはいえ、人を殺した過去があっていては、愚鈍な連中から生涯後ろ指をさされるだろう。もちろん、実際人を殺したとしても嘘をつくことだってできるが、この施設への入念な操作や、監視カメラの映像を抑えられたりした場合、その嘘がばれる恐れがある。自分で手を下さずに殺す。これが明知の徹底した考えだった。
しかしいつまでも自分の部屋に空森がいるというのも落ち着かない。もう明知の中ではすべてが終わった。空森には早く帰ってもらいたい。しかし、空森に帰るよう告げてもどうせ聞く耳をもたないだろう。かといって柿原と玉井2人の死体がある部屋でこれから生活を送るのもごめんだ。
これからは玉井の部屋で生活しようと考え、明知は玉井の部屋の鍵を探そうと玉井の死体に手を触れる。
すると空森が明知の手を大きく振り払う。
意味がわからずに空森の目を見る明知。
空森がなぜか自分に対して怒っているようだ。
能天気馬鹿の考えは読めない。そう明知は思った。
すると空森が大きな声で怒りを露わにした。
「触らないで!!私の玉井君を返して!!あんたのせいだから!あんたがこんな協力持ち掛けてきたから、玉井君は、玉井君は・・・」
死んだのはこの男の勝手だろ。そう思う明知だったが、今の空森に当然そんなことは言えなかった。下を向き反省したふりをする。これで満足か。
「許さないから・・・」
何かを覚悟したような空森の物言いに、明知はすぐに顔を上げる。
空森が銃を構えていた。玉井の手にあった銃を。
明知の口は自然と動く。
「馬鹿、やめろ!ぼくを」
明知の発言は銃声に遮られた。
明知の死体が柿原の死体に覆いかぶさる。
「触るな!」
明知の死体に対してそう言い、明知の死体を足でどかし壁際に転がした。
「玉井君、私どうしたらいいの。教えてよ。」
死体の胸に顔を埋めて玉井に尋ねる。
「そっか。わたしたちの幸せを守れなかった皆が悪いよね。多分あと生き残っているのは、飯島さん、高梨君、古見君の3人かな。3人を殺した後私も会いに行くからね。」
死んだ人間から勝手な助言をもらい、死体と唇を合わせた後、空森はマスターキーと拳銃を手に明知の部屋を出る。
「私、頑張るからね。」
最後の殺し合いが始まる。
この数時間で5人もの人間が亡くなっている。
知念、阿々津、柿原、玉井、明知。まるで死の連鎖だ。
しかし、この夜の死の連鎖はまだ止まらない。
皆殺しを目標に、空森が拳銃を持ち廊下を歩く。
最初に飯島の部屋の扉を開けたが、中には誰もいなかった。
次に古見の部屋の扉を開けると、そこには人影があった。
シャワールームにも人がいるかもしれないと空森は考えたが、ベッドの周りに3人全員がそろっている。飯島、高梨、古見の3人だ。
3人は空森が拳銃を手にし、部屋に入ってきたことに驚き、飯島と古見が悲鳴をあげる。
どうして銃を持っているのか、どうして鍵のかかった部屋に入れるのか。高梨の予想通り、本当にマスターキーがあったのか。それにしてもなぜ、この状況でも高梨は取り乱していないのか。様々なことを古見は考えた。
そんな緊張した空気の中、高梨が空森に話しかける。
「マスターキーに拳銃か・・・。ついさっき腕時計の数字が8になったってことは生き残りが4人になったってことだ。僕たちは知念さんの部屋で騒ぎがあってからこの部屋で集まっていてね。最後の1人が君だっていうのには少し驚いたよ。」
会話をする気もない空森は何も答えない。
「話す気はないのかな。それにしてもなんで僕たちまで殺そうと思った?僕たちは君を殺すつもりなんてないし、君に悪いことをしたつもりもないよ。」
高梨のこの発言には空森も返事をする。
「悪いことはしたよ。私たちの幸せを守ってくれなかった。あなたたちのせいで玉木君は・・・」
「ちょっと何言ってるかわからないけど、それは言いがかりってやつかな?」
今の空森にそんな口の言い方はまずいだろうと、古見と飯島が慌てる。
すると空森が諦めた口調でぽつぽつと答える。
「そっか・・・。やっぱり、皆死ね!」
空森は銃を構える。素人だ、この距離であたるはずがない。
高梨は手元に置いておいた水の入ったペットボトルを空森に向かって投げつける。
空森の視線が空中のペットボトルに移る。その隙に3人で勢いよく走り、距離を詰める。慌てて発砲する空森だが、闇雲に撃ったその弾は当たらない。真っ先に空森に近づいた高梨が空森の顔面を殴る。怯んだところをもう一度高梨は殴る。
その隙に飯島は部屋から脱出し、古見はいざというとき高梨も逃げられるように扉をあけたまま押さえている。
高梨が優位だった。しかし高梨の一撃が空森にかわされる。空森は発砲する。体制を崩したままの発砲だったため、高梨には惜しくも当たらなかった。しかしここで有利不利が逆転した。このままでは自分が死ぬかもしれないと高梨に思わせるためには十分な威嚇射撃になった。逃げるべきだと判断した高梨は空森を体当たりで突き倒し、その隙に部屋から脱出した。
「逃げるぞ!」
高梨の言葉で3人は走り出した。
「絶対に殺してやる!!」
そんな怒号が廊下に響き渡った。
3人は逃げる。とにかく走って逃げる。
この施設には個室以外施錠できる空間はなく、その個室さえマスターキーがあっては籠ることが出来ない。生き残るためには残りの8日間を逃げ続けるしかなかった。
自分たちにある武器はナイフのみで、相手は拳銃を所持している。
この状態で本当に8日間も逃げ切ることが出来るのだろうか。
視界の先に空森を見つけては逃げ、また見つかっては逃げる。それを繰り返すこと数時間、すっかり日が昇っていた。
自分たちは睡眠をとることすらできない、安全に食料を調達することさえもできない。自分たちに生き残る可能性は残されていない。そう飯島は気が付いてしまった。
通路の角で空森が来ないかを確認していた飯島。すると空森がやってきた。
また逃げなくてはいけない。この繰り返しで生き残れるはずがない。私たちは殺される。
古見と高梨に空森が接近していることを告げる。そのとき飯島は気が付いた。
自分たちが生き残る唯一の可能性。
空森を殺せば自分たちは生き残ることができる。
この施設に入ってから飯島はうんざりしていた。殺すか殺されるだの、そんな非現実的で人として最低のことを言い合っている空間に。そして実際に殺し合いが起きている空間に。
しかしこの瞬間、飯島ははじめて意識せざるを得なかった。
撤退しようとする高梨と古見を引き留めるかのように
「私が、殺せば・・・」
飯島はただそう呟いた。
高梨と古見は当然、空森を殺すことで事態が収まることはわかっていた。しかしそれは飯島のためにも自分たちのためにも提案をしないことが暗黙の了解になっていた。
飯島のこの呟きに対し、古見が声をかける。
「確かに殺せば、生き残れる。・・・だけど、だったら僕がやる。・・・ナイフを渡してくれないか。」
古見は飯島に手を差し出す。
その状況を見かねて高梨は空森に聞こえないよう小さな声で話す。
「待ってよ。僕たちは誰も殺さないって約束したじゃないか。忘れちゃったのかい。」
確かにそんな約束もしたが、事情が事情だった。
飯島がきっぱりと言い切った。
「ごめんね高梨君。約束を破って。それと古見君もありがとう、でもこれは私の特権だから。責任をもって私がやるよ」
飯島は強い女だ。すべての罪を飯島が自分で被るとそう言ったのだ。
高梨と古見は納得が出来なかった。しかしもう空森がすぐそこまで来ている。角を曲がろうとしている。
「じゃあ」
と一言を残し飯島は空森の目の前に勢いよく飛び出した。
突然のことに空森は慌てるが、銃を構えるにはもう遅い。
この距離では小回りの利くナイフが有利だ。飯島は空森の腹を勢いよく突き刺す。
前かがみになり床に倒れる空森の背中を勢いよく突き刺す。
飯島は途中で自分が何をしているのかがわからなくなった。ただ勢いのままに。
聞くに堪えない叫び声を出す人間から、その声が出なくなるまで何度も体にナイフを突き刺す。
感情をなくした表情でナイフを突き刺し続ける飯島を見かねて、古見は飯島の元に寄り、
「もういいよ」といい、暖かく飯島を抱擁した。
飯島は我に返り、大声で泣いた。
高梨はただただ、飯島が人を殺したという事実がとても悔しいようだった。
硬く拳を握りしてめている。
空森の死により一連の死の連鎖は幕を閉じ、腕時計の示す数字は4となっていた。
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