第4話 殺して、生き残る

死体が転がっている。さっきまで喋っていた人間が死んだ姿で転がっている


言葉を失うしかなかった。状況を呑み込めない。

知念はたまら吐き出した。


「・・・どういうことだ」


柿原が岡部に尋ねるように呟く。

柿原が呟くと、部屋に入った9人の視線は平木から岡部へと移る。

納得のいく説明を求めて。


「わからない、わからないの。私もさっきの音で目が覚めて・・・、起きたらこんなことに、もう訳が分からない・・・」


目を合わせることもできずに、岡部はうろたえながらそう返事をした。


「君が・・・平木君を・・・」


玉井は決定的な単語を使うのを避けつつも、岡部を詰める。


「違う!私は本当に何もしてない!」


うろたえていた岡部もこれだけは真っ向否定し、玉井の目を凝視し、必死にそう訴えるのだった。


「でもここは君の部屋だ。君が平木君を呼び出して殺したんだろ。」


明知が冷静にそう告げる。いや、冷静さを装っているだけだ。この男、指の震えは止まっていない。


「違う!違うの!」


岡部はそう叫ぶとまるで自分に言い聞かせるかのように違う違う違うと早口で呟いた。


「・・・信じられない」


阿々津が言う。他の皆も黙って同意する。


「どうして私が平木君を殺す必要があるっていうの?どうやって殺すっていうの?」


と涙を流しながら岡部は激しく叫ぶ。

この問いは真っ当だ。だが殺せるのは岡部しかいない以上、殺したのは岡部。それは間違いないのだ。だったら理由なんて無理やりにでもこじつけることが出来る。


「君が・・・平木君の告白で皆の前で恥ずかしい思いをしたから・・・」


古見はそういう。


「はあっ?そんなことで人を殺すなんてあるの?」


岡部は我も忘れて激昂していた。無理もない、古見の主張は合理性に欠ける。

しかし今この場で誰が冷静でいられようか。

皆はすでに犯人は岡部以外ありえないと考えている。古見の発言がただのこじつけであるにしろ、やっぱり岡部が殺したんだという皆の考えを強固にするばかりだ。

岡部の怒りを無視して古見は話し続ける


「それに、殺す方法だってあるだろ・・・」


全員が固唾を呑んだ。


「僕たちには特権・・・がある」


古見の言葉の続きを明知が言った。


「そうか・・・岡部、君の特権は・・・あの音からするに銃か何か・・・だったら君みたいなかよわい女子でも、平木君を殺すことは、できてしまう・・・」


高梨がそういうと場は静まり返った。

もう無理だ。岡部がどれだけ弁明しようと、もうこの場はひっくり返らない。

どうして自分ばかりこんなに責められるのか。それが悔しくて悔しくて。

岡部は泣き続けるしかなかった。


「・・・どうしてだよ」


泣き続ける岡部を見て、他の面々も涙をこらえずにはいられなかった。

そんな顔をするならどうして平木を殺したんだ。

わからない。人殺しの気持ちなんて、わかりたくもない。

今更後悔したって遅いのに。


皆は岡部の涙の意味を勘違いしていた。

岡部の涙は自身が犯人であることを認め、後悔のために流す涙なんかではない。

弁明を諦めていた岡部だが、もう一度涙を拭き、訴える。


「信じて、私は平木君を殺していない!」


信じてもらえるはずなんてない。しかしそう訴えるしかなかった。

皆がどういう反応をするかなんておおよそわかっていた。それでも。


「もうやめてよ!」


知念がそう怒鳴った。臆病な彼女の声を上げた、それだけのことを岡部はした。


「君以外ありえないんだ。君が平木君を殺したんだ。この人殺しめ。もう何もしゃべるな。」


人間でない者を見るような蔑みの目で明知がそう告げる。


やはりこういう反応をされるんだ。

冤罪であるともっと激しく言いたかった。全員に認めてもらえるまで。

でももう、無駄だと気が付いた。この罪は、背負うしかないものだと。




―――岡部裕子は罪人だ。

この女は昔、電車内で痴漢の被害に遭っている。痴漢の被害に遭った時、近くにいた勇敢な男性のおかげで犯人は取り押さえられた。その事件は多額な示談金により不起訴となった。この女は酷く心を傷付けられた。その慰めに多額の示談金を得ることも当然。しかしこの女、その後も計6度の痴漢被害に遭っているらしく、その都度多額の示談金を受け取っている。この女は気づいてしまった。被害者のふりをすることで簡単に金が得られると。


「冤罪なんだから冤罪だって主張したらいいのに、諦めてお金払ってくれるなんて、本当にありがたい。」


かつての岡部は、自分が加害者に仕立てあげた男たちに常々そう思っていた。

自分が冤罪に巻き込まれたらしっかり主張はする、ああはなりたくない。そう言い聞かせていた。


しかし、岡部は今この窮地に立ってはじめてわかった。

冤罪を訴えることの難しさを。それが実際に冤罪だったとしても。


こうして岡部の心は完全に折れた。


沈黙が続いたあと皆が平木の遺体を囲み、他の部屋に移そうとしたときだった。

誰しもが岡部を視界にすら入れようとしないなか、ただ一人飯島だけが。


「ねえ岡部さん、あなたの特権って何なの?」


まだ岡部に接する者がいた。

もういいだろうと、阿々津が飯島の袖を黙って引っ張る。


「もしあなたの特権が拳銃とかじゃないなら、犯人は岡部さんじゃないことになる。」


飯島はそう続けるが、皆はもうこの話に関心はない。

犯人は岡部以外ありえない。そう思っているからだ。


「岡部さん、あなたの特権は何?私たちは岡部さんを信じたいの」


信じたい。その飯島の言葉に岡部は耳を疑った。こんな中でもまだ自分を信じようとしてくれる人がいる。それがとてつもなく嬉しくて。

でもこの問いは余計に岡部の立場を弱くするものだった。なぜか。


「私の特権は・・・」


岡部は口を開いた。これにはさすがに皆の関心も向いたようで、皆が岡部の方を見る。拳銃だといえば犯人は岡部で確定し、拳銃でないにせよただの嘘。どうせ拳銃でないと主張するだけだろう、皆そう思ったが岡部の話を聞く。

しかし、岡部のいう内容は皆の予想外だった。


「特権は・・・わからないの。金庫を開けても何も入ってなくて・・・だから最初皆が何言ってるのかとか全然わからなくって。でも特権があるのは本気みたいだったから・・・」


嘘にしては下手すぎる。特権がわからない、そんなことあるはずがない。

他の面々には金庫の中にきっちり特権の物資であったり、特権に関する説明書が入っていたためわかる。岡部は嘘をついていると。

くだらない嘘に呆れ、うんざりだと言わんばかりに大きなため息をつき、皆岡部を視界から外し、再び平木の遺体を運ぼうとする。


「嘘じゃないの!」


岡部がそう叫ぶ。


「ここまで特権がわからないって言えなかった理由は・・・自分が丸腰だってばれたらまずいと思ったから・・・狙いやすいって思われたくなかったから・・・だってこれは殺し合い、最初平木君が読んだ紙にそう書いてあったから・・・」


もはや誰も聞く耳を持たない。


岡部は飯島の方を弱弱しい目で見つめるが、飯島も目線をそらす。


岡部は床から起き上がりふらつきながらも急いで金庫に駆け寄り、金庫を開け、金庫の中が空であることを証明する。


「ほら!入ってないんだって!」


金庫の中を指差し振り返っても部屋にはもう誰もいなかった。




―――平木の遺体を平木の部屋に運んでいる。部屋の鍵は平木のズボンのポケットの中に入っていた。運んだのは男子たちだが女子たちも後ろを歩きついてきている。こんな状況だ。人と離れたくないに決まっている。


平木の遺体を平木の部屋のベッドに置き、毛布をかぶせると皆が遺体を前に泣き崩れるのだった。ここまで楽しく生活が出来たのも平木がいたおかげだと心底思っていたからだ。

脱出が出来ないとわかり落ち込んだ雰囲気を、救助が来るまで楽しもうという明るい雰囲気に変えてくれた平木。


誰も一睡もしないまま平木の部屋に残り、言葉を発しないまま時間だけが過ぎ、鉄格子から光が差しこんだ。


とにかく忙しい夜だった。皆がその存在すら忘れていたが、古見が気付いた。


「腕時計。509になってる」


目をこすり、腕時計を確認する。


「・・・どういうことだ」


柿原が聞いてしまった。

答えにくそうなこの質問に高梨が答えた。


「書いてあったでしょ・・・罪人がいなくなれば、期間が短くなるって・・・」


「ああ、あったな・・・」


柿原が申し訳なさそうに小声で言った。


「本来今日は8日目だから1017のはずだが、今見たら509・・・508日解放が早くなったわけか」


明知のこの呟きに阿々津は苦言を呈する。


「あんたさ・・・そういうの口にしない方がいいよ」


明知は阿々津の言葉が理解できなかった。


「どうして?早く解放できるようになったのは事実じゃないか。」


「だからって、誰かが死んでくれたおかげで、みたいな言い方やめなって話。」


静かな言い合いが始まった。


そんな中、柿原がまたしても空気を読まない発言をした。


「一人いなくなって508日・・・そして残り509・・・。もしかして次誰かがいなくなったらそこで解放か?」


「もうやめてよ!」


柿原の発言の後に飯島が叫ぶ。


「誰かが死んだおかげ、とか。誰かが死んだら、とか。そんな話やめてよ。私たちはもうこれ以上絶対に誰も死なない。」


この発言に、阿々津との言い合いで鬱憤をためていた明知がかみつく。


「僕たちがそのつもりでも、あの女、岡部がいる。あいつは僕たちを殺すかもしれないぞ。」


誰も自分が岡部に殺される可能性を否定できない。

皆が言葉に詰まっている中、明知は続ける。


「岡部の特権は銃、発砲音からしてそれは間違いない。でもそれでは強力すぎる。それになぜ部屋の中で殺す必要があったのか。それじゃあ自分が犯人だって言っているようなもの。おそらくだが、あいつの特権は『自分の部屋でのみ使用出来る拳銃』・・・拳銃が金庫とチェーンでつながっているみたいな、そんな感じだろ。」


明知は皆を置いて一人で独自の推理を語る。


「人殺しと・・・それも言い訳ばっかで反省すらしてない人殺しと500日以上同じ施設にいるなんてあり得ないね。それにこの推測が外れていて、岡部の特権が縛りの無い拳銃の可能性だってあるんだ・・・。最強の武器さ。そうすれば僕たちは簡単に殺される。殺されるかもしれない恐怖の中で500日以上生活できるか?」


明知は徐々に声を大きくし、そう語る。


「じゃあ、どうすればいいんだ?」


柿原がそう聞く。おそらく明知はそう聞いてほしかったのだろう。

一歩前に踏み出す勇気を、その背中を押してほしかったのだ。


よく聞いたといわんばかりの顔で明知は続けた。

拳を握りしめ、一滴の汗が頬を伝う。


言ってしまえば、もう戻れない。

決心して明知は言った。




――「岡部を殺して、生き残る」

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