第3話 ほんと嘘みたいだ

助けが来るまでの間、のんびりと共同生活を送ろうという話になり、せっかくなのでロビーで皆一緒に食事を取ることになった。

正確な時間はわからないが、各々が食料と水を取りに個室に入ると、鉄格子見える空は暗く、もう夜であるということが分かった。

食料といってもこの施設には自室に置いてある乾パンしか食料は存在しないのだが、皆が食料と水を手に抱え、施設の1階にある先ほどのロビーに集まった。

これから長期になるかもしれない共同生活だ、協調が何よりも大切。こういう集まりを好まなそうな飯島や阿々津、明知達も皆集まっており、全員で大きなテーブルを囲むように座った。


「じゃあこれから共同生活、みんなよろしくってことで」


平木はそういうと、手に持ったペットボトルで乾杯の合図をした。

食事は乾パンと水のみという質素なものではあるが、大人数で食べる食事は楽しい。年齢が近いのもあって話が合うようだ。

勉強、進路、部活、恋愛そういった会話が弾んでいる。


2時間程の談笑が終わり、次は大浴場に行ってみるかという話になった。男女に分かれ大浴場に行き、当然湯は張ってないので自分たちで湯を張った。そもそも湯が出るかを確認していなかったが、湯が出てくれたことで皆気分が高まった。この1日は気苦労が多かったため、疲労がたまっていることだろう。自然と長湯になる。


 ――男湯では、平木が急に静かになり、遠い目をして話し始めた。


「ついさっきまでは、殺しあうとかなんとか言っていたのにな、ほんと嘘みたいだ。」


そういうと平木は浸かっている湯に顔をうずめ、その表情を見られまいとした。


「いや、平木君のおかげだよ。みんなをまとめてくれて。ありがとうね。」


と玉井が優しく言うと、平木はあやわく涙を流しそうになった。

死ぬかもしれないという恐怖心から解放された、それが嬉しくてたまらないのだ。


「ありがとう」 


他の男子たちも次々と平木に感謝を告げるのだった。

さすがに我慢できず平木は涙を流した。




 ――女湯でも似たようなやり取りがされていた。


「さっきは楽しかったなあ。殺し合いとか言ってたのが嘘みたいだよね。」


と空森が言うと、そうだねと他の女子たちも同意した。


「みんな優しくて、本当に良かった。」


と知念は泣きそうな顔でそう言う。


「これからもよろしくね。」


という阿々津という一言で、知念はついに泣き出した。

良かった良かった。本当に良かった。殺し合いなんてありえない。

楽しい共同生活だ。



 ――浴場から出ると男子たちはロビーで集まった。

今日はもう激しく疲れているので、長居するつもりはないようだが、個室に帰ってもすることがないので、こうして少しの間ロビーでダラダラとしている。

そこに浴場から出た女子たちも合流し、また11人でだらだらと話をするのだった。


20分ほどすると今日はもう全員ゆっくり休もうという平木の提案により場はお開きとなり、全員が自室に入り、眠りについた。また明日、ここのロビーかどこかで話をしようと。そう約束をして。




鉄格子から差し込む日光が新しい一日の始まりを意味していた。

いつもと違う天井に、やけに物の少ない部屋。謎の腕時計。それらを見て昨日のことが夢でないと全員が再認識する。

昨日は腕時計に1024と表示されていたのだが、今日は1023と表示されている。ルール通りならば本当にこの数字が0になるまで共同生活をしろということなのか。 

途方もない日数だと感じつつ、身づくろいをして、皆がいるであろうロビーに向かう。


ロビーに一人、また一人とやってきて、全員が部屋から持ってきた朝食を食べる。

今日は何をしようかという話になり、昨日見つけたトランプで遊び暇をつぶした。そうしてただ平穏に時間だけが流れ、夜になると皆で昨日と同じように夕食を取り、浴場へ向かった。ただ今日は早く寝る理由もないので、浴場を出た後男子たちは平木の部屋、女子たちは空森の部屋に集まって、男子トーク、女子トークに花を咲かせるのだった。




 ――そうした代り映えの無い一日一日が繰り返され、目覚めから6日目を迎え、腕時計に表示される数字は1019となっていた。まだ残り1019日もあると捉える者、意外とすぐ過ぎたと感じる者、感じ方は人それぞれであろう。もっとも救助が来るのであればこの数字はなんの意味もないのだが。


代り映えの無い日々の連続だったが、この日の夜は少しだけ違った。いつものように平木の部屋に集まった男子たちだが、平木の様子がおかしい。


「ちょっと今日はさ、聞きたいことがあるんだけど。」


と平木がそんなことを言い出した。

どうしたのかと聞かれると、平木は期待通りのことを質問した。


「皆はさ、気になっている女子とかいる?」


恋愛トークはやっぱり面白い。まさに青春といった感じだ。


「僕はいないけど・・・ね」


と高梨がすぐに答えて視線を古見の方へやった。


「え、古見。誰が気になってるの?」


と平木が食い気味に聞くと、古見は高梨を少し睨んでからため息をつき


「気になってるっていうか、飯島さん、がかわいいなって」


 いかにもそこまで興味があるわけではないようなふりをして応える。


「ああ、やっぱりそうなんだ。」


と平木と玉井に言われてしまい。古見はどうして納得するのかと動揺してしまう。

共同生活が始まってから古見はやたら飯島を気にかけており、飯島と話すときだけ露骨に緊張していたため、男子は全員気が付いていた。

古見はこれ以上追及されることを嫌い、他の男子に話を振った。

すると平木が自分の番かと、話を始めた。


「他に気になる人がいるって人は、いないか?せっかく古見がカミングアウトしてくれたから俺も言うけど、俺は岡部裕子がいいなって思うんだ。」


これは意外だった。平木はああいう静かそうな女が好きなのか。意外だなあという声が多かった。


「別に独占したいとかじゃないけど、共同生活送るわけだから変なトラブルになっても困るし、皆には言っておこうと思ってね。」


と平木が言った。要は誰も岡部には手を出すなということだろう。

そんな中、玉井が言いづらそうに話を始めた。


「トラブル・・・か。自分では言うのも変だけど、多分空森さんって僕のこと好きだよね。告白とかされたらどうしよう・・・。」


空森の玉井に対する好意は古見のそれよりも随分とあからさまなものだった。食事をするときはいつだって玉井の横に座ろうとし、皆で集まっている時も玉井が喋るときは必ず目をそらさず聞いている。空森が自分から話しかける男子は玉井くらいなのだ。

なのでこの玉井の発言に関して誰も自意識過剰だなんて言うことはなかった。


「悩むことか?アイツけっこうかわいいし、速攻OKしちまえよ。」


と柿原は軽薄なアドバイスをする。


「いや、返事は慎重にした方がいいと思うよ。彼女メンヘラっぽいし。」


と見た目だけで判断した感想を明知が言う。

それは失礼だと玉井に指摘されたが、明知は悪びれることはない。


恋愛トークは盛り上がり、平木の部屋にいるまま日付が変わり7日目に突入。腕時計の示す数字が1018に変わった。日をまたいだということで、続きはまた明日ということになり、全員が自室に帰り、眠りについた。



 ――男子が恋愛トークをしていた間、女子も同じように恋愛トークを繰り広げていた。

といってもこれまでも毎晩空森は玉井のことを熱く語っていた。

今日の玉井のどこが良かったのか、玉井とどんな話をしたかを一方的に喋っている。

本当はどうでもいいのだが、共同生活というのもあり、一応全員が話に付き合ってあげている。空森曰く、玉井は運命の人のようだ。

だがこの晩は空森のふとした思いつきで、周りの女子にそろそろ好きな男子はできたのかと聞いたのだ。

誰も自ら発言する者はいなかったのだが、飯島がわかりやすく顔を下に向けたので、空森に指摘されて、飯島は決して好きな訳ではないと前置きをして古見の名を口にした。


「へえ、古見かあ。冴えないけどね。ああいうの好きなんだ。」


と空森が言った。空森に言わせてみれば玉井以外の男は冴えない男なのだろうから、この発言に腹を立てたりする飯島ではなかった。


「いいじゃん。古見、最初から彩音のこと気にかけてたからね。今もきっと彩音のこと好きだよ。」


と阿々津が言うと、飯島は手で顔を隠すのだった。

恋愛経験皆無の岡部は、そんな飯島のいじらしい姿を見ていると自分まで恥ずかしくなってしまい恋をしたいなあとそう思ったのだ。


そして夜も更け、女子たちも自室に帰り眠りについた。



――目覚めから7日目の1018と表示された日の朝、この日もいつものように朝食を食べ、喋り、昼食を食べ、遊び夕食を食べ、皆でダラダラと話をしている。いつもは夕食の後にもトランプをしたりするのだが、一週間も同じ日々が続いており飽きてきたようだ。そこで刺激を求めて、平木の提案でトランプを使って王様ゲームをしないかという流れになった。

王様の命令として過激なものはNGで、過半数の許可が得られない命令はNGという優しいルールということで、それならばと全員が参加した。


何回かゲームが続き、次を最後にしようというところで王様に選ばれたのは柿原だった。柿原は命令として「好きな人がいる場合カミングアウトする」を提案した。

もしいない場合はいないと言えばいいというなんとも優しい命令のため、反対したのは古見と飯島だけだったので、多数決によりその提案は可決された。


すると柿原が命令をはじめた。


「♠2を持っている人は、好きな人をカミングアウトせよ!」


古見と飯島は自分が♠2でないことに胸をなでおろした。

♠2だったのは平木だ。

不幸にも平木は岡部に好意があることをすでに男子たちに言ってしまっている。

ここでそんな人はいないということはできない。男子たちに後で色々言われることが目に見えている。

でも、さすが平木だ。自身が♠2であると手を挙げ、堂々と話し始めた。


「じゃあ命令通り。まず僕に好きな人は、いま・・・・・・・・・す!」


たっぷりと間をあけて、好きな人の存在を公表した。

男子達はよくやったという表情、女子達は誰なのかとそわそわした表情をしている。

そんな中、平木が続けた。


「発表します。僕が好きなのは・・・・・岡部裕子さん、です。」


ハッキリ言った。全員の前で。岡部の目を見てハッキリと言った。

全員が静まり返った。岡部がなんと言うかに注目している。


とても長い沈黙が流れたように感じた。平木にとってはもっと長く感じた沈黙だろう。


「じょ、冗談やめてよ。」


とだけ岡部がいうと、平木は真剣な顔つきで


「いや、冗談じゃない。まだお互いのことそんなには知らないけど、僕は岡部さんが好きです。」


とだけ言った。

その後の沈黙は更に長かった。

沈黙に耐えかねた平木はとうとう返事を催促した。


「・・・で、その返事は・・・・」


岡部はやっとの思いで言葉を選び


「えっと・・・ごめんなさい」


とだけ言った。とても申し訳なさそうに。

恋愛をしたいと思っていた岡部だが、冷静さを失っており、気が付けば断っていた。

平木も返事を聞くと少し固まってしまい、周りの空気は最悪になった。

しかし数秒もすると


「ちくしょー振られちまった。おい柿原、こんな公開告白させやがって、恥かいたじゃねえか。」


と笑いながら柿原に近づき、どうしてくれると冗談で体をゆするのだった。

場の空気を悪くさせまいと必死な平木。

その意をくみ取って、皆が笑みを浮かべている。

ドンマイドンマイなんて声がかかったりしている。

ただ岡部だけは顔を伏せたまま、申し訳なさそうにしている。

そんな岡部を見かねて


「岡部さん、ごめんな。岡部さんも困るよな。全然気にしてないから今後も同じ共同生活メンバーとしてよろしく。」


と平木は言った。なんとも気が利く男だ。


「しゃーねえ、浴場行ってサッパリしてくるか。」


と平木は言って、その場を立ち去った。

残された面々も浴場へ向かった。


男湯では男子たちで平木を励ます会が開かれた。

男子たちは浴場をあがると今日はいつもの男子会はなしということで今日は早めに自室に帰るのだった。


女湯では申し訳なさそうにしている岡部を女子たちが励ましていた。

女子たちもこの日の女子会はなしということで今日は早めに自室に帰るのだった。



――自室に帰った後ベッドの上で柿原は天井を見つめていた。


「俺があんな命令出してなければなあ」


柿原は少し後悔していた。この話は引きずらない方がいいのかもしれないとも考えたが、結局明日平木に直接謝ることを決めた。明日、明日謝ろう。




―――0時になり8日目を向かえ、腕時計の示す数字は1017になった。

それから数時間後のことだった。


寝静まった空間に、突如発砲音が響き渡った。


皆その音で目を覚まし、体をベッドから上げると、遠くで女の悲鳴が聞こえた。


何があったのか皆が廊下に出て確認をする。

悲鳴は今も聞こえる。発生源は岡部の部屋らしい。

立派な施設だが、遮音性には乏しいようで、岡部と違うフロアであってもその悲鳴はけたたましく聞こえてくる。

皆が騒ぎを聞きつけて岡部の部屋の前に集まってくる。

扉をたたき何があったのかと大声を出す柿原。

高梨が念のためにとドアノブを下げて扉を押してみると、鍵はかかっておらず、扉が開いた。


高梨、柿原を先頭に全員が岡部の部屋に入った。


部屋に入った9人は目の前の光景に目を丸くするしかなかった。


目の前に広がるのは大量の液体とその上で膝をついた岡部の姿。

そしてもう一つ床に転がっている何か。




平木の死体が床に転がっていた。


―――8日目の時腕時計が示す数字は509となった。


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