第2話 みんなで楽しもう

特権を確認した面々は自室を出て、約束の場所に向かっている。

廊下を歩く間は特に言葉を発する者はおらず、沈黙のまま皆が集まり、最初の部屋で円形に座り込むのだった。


「全員特権は確認したか?」


と平木が第一声を放った。

全員が静かに頷いた。

すると古見があることに気が付いた。


「あれ、一人いない。あの髪の長い女の子」


そう、一人だけこの場に来ていない者がいた。

その女の名前は飯島彩音。長い髪をした美形の女。口下手なのかこれまで何も発言していないため存在感が乏しい。ゆえに、彼女の不在にすぐ気が付く者は古見を除いていなかったのだろう。


「本当だね、誰か呼んできた方がいいかな。道に迷っているかも。」


と玉井が言った。

すると岡部が予想外のことを口にした。


「ねえ、その女の子を呼ぶのは危険、なんじゃないかな・・・」


どういうことだという反応をする周囲を気にもかけず、岡部は話を続けた。


「皆、自分の特権は見たでしょ。多分、これはガチなんだよ。」


直接的な言葉こそ使っていないが、特権を見たことにより、この集まりは本当に殺し合いを目的としたものだとわかってしまった。


「それは、そうだけど。なんであの子が危険って発想になるのさ。」


と古見が食い気味に質問をする。

それに対して岡部は自身の腕を押さえつけながら話を続ける。


「これをさ、見て面白がっている連中がいるんでしょ。だとしたら皆の特権ってある程度似ていると思うの。そうじゃなきゃゲームとして不公平だもん。だから・・・」


言葉に詰まってしまった岡部。言いたいことははっきりしているのに、口に出していいのかもわからない。そんな葛藤がある。

岡部の話の続きをせんとばかりに、阿々津が口を開いた。


「なるほどね。ここにいる私たちは、『自分と同じような特権を他の人が持っているとしても、それで直接殺されるなんてことはない』と思っているから安心して集まることが出来たってわけね。実際私も直接人を殺せるような特権じゃない。だから周りもそうなんだと思って大して警戒せず集まった。きっとここにいる皆もそうなんじゃない?」


この発言に反論できる者はいなかった。

ゲームである以上、ある程度の公平性が担保されており、強すぎる特権や弱すぎる特権はないはずだと考えたのだ。自分の特権が人を直接殺せない特権であれば、周りの特権もきっとそのはずだと思うだろう。ゆえに殺傷性の低い特権を持つ飯島を除いた10人は再び集まることが出来たという推察だ。


「じゃあつまり、ここに来てない子は自分の特権が強力だから、周りも強力な特権を持っているって勘違いしてて、ここに来てないってことかなあ?」


空森の発言に対し、多分そうじゃないかと岡部と阿々津が頷く。


強力な特権、なるほど。たしかに自分の金庫の中に拳銃のような強力な武器が入っていたのだとしたら、迂闊に自分の部屋から出ようとは思えないだろう。きっと周りもそういった武器を所持していると思うからだ。幸い個室は内側から鍵をかけられる。部屋の中に籠ればきっと殺されることはないだろう。


「待ってよ、それってただの憶測じゃないか。」


と古見が言う。


「だったらなんで彼女はここに来ないんだ?他の理由を説明してみろ。」


明知が鋭くそう答えた。


「そもそも初対面の俺らが殺しあうなんて、強力な特権を持っていようがありえねーのにな。脱出のこととかもあるし、どっちにしろその女の子を含めた全員で話し合いをしてえからさ、誰か呼んできてくれ。」


と平木がそういうと、じゃあ僕がと古見が手を挙げ、一緒に行くよと言った高梨に古見は驚きつつ、結果2人でその場を離れ、女の部屋に向かっていった。




 ――部屋に残った8人の間の沈黙を破ったのはまたしても平木だ。


「自分と同じような特権じゃ殺されないから集まった、か。確かにそれもあるんだけどさ、それ以前になんで俺らで殺し合いをする可能性があると思ってんだろう。俺たち初対面だぜ。」


「初対面だからこそ信用できないとか?」


空森がそう答えた。


「だとしても殺しをする奴なんてよっぽどやべー奴だろ。俺ら全員高校生とかだろ?」


いくら他人が信用できないとはいえ、人が人を殺すなんてありえない。私たちは人に殺されることを気にして生活を送ったりなんかしていない。そこには人が人を殺すことはあり得ないという当たり前の前提があるからだ。


「でも、最初の封筒に私たちは罪人だって・・・。その一文が、やっぱり怖いよ。」


怯えながらそう呟く知念。


「罪を犯したことがない人間なんていないでしょ、不安を煽るために書いただけだと思うけどね。」


阿々津がそう応えた。彼女なりの優しさなのだろうか。


「でも確かに信頼って意味でも自己紹介くらいしとこうか、全員集まったらね。その後でこの施設を調べて脱出方法とかを考えよう。」


そう言って玉井が話をまとめた。



――飯島を呼びに行った古見と高梨は、部屋に行くまでの道で互いに軽く自己紹介をしていた。君とは仲良くなれそうだという高梨に対して古見は少し困惑している。

飯島がどの部屋の番号かなんて知るはずもないが、古見はその場所を覚えていた。


「彼女は確か、僕の3つ横の部屋だったような。」


古見のこの発言に高梨は微笑を浮かべた。


「古見君は彼女のことが気になってるのかな?」


不意を突かれた質問に古見は驚きを隠せなかった。


「やたら彼女を気にかけてたみたいだし。一目ぼれ?こんな時だってのにすごいな。確かにかわいかったもんね。いいよ、僕協力するから。」


一方的に喋り続ける高梨に対して、古見は特に否定をすることもなく、なんでそうなるんですかと少し遠慮しながら言うのだった。


「ねえ、どうして集まりに来ないの?中にいるんでしょ?」


と高梨が扉をノックする。反応はない。


「君以外みんな集まってるよ、皆待ってるよ。」


高梨は続けるが反応はない。


「古見君からもなんか言ってあげて。」


と高梨が古見の背中を押す。

すると古見も説得を始めた。


「えっと・・・心配しないで。君が怖がっているようなことは何も問題ないから。今から皆で脱出方法とか考えようってなってて・・・。全員が自分の特権は直接人を殺せるようなものじゃないって言ってるし・・・そもそも初対面の僕らが、そんなのあり得ないし・・・。だから・・・」


言葉を選んでいる古見を横に高梨が続けた。


「古見君がさ、あ、今喋ってた子ね。君のこと気になってるみたいでさ、だから出てきてあげてよ。」


とそういうと何言ってるんですかと、やはり遠慮がちに高梨に反論した。


「だって本当じゃん。」


と高梨は笑いながら言う。

そうした2人のやり取りを部屋の中で聞いていて、飯島は自分だけが深刻になっている気がした。冷静に考えてみて、自分と同じような年の男女が集まって殺し合いをするなんてありえない。それに何かあってもこの2人なら助けてくれる。あくまで直感だが、そう思えた。わざわざ迎えに来てくれたこと自体うれしかったのか。

飯島は扉に近づき鍵を開け、扉を開ける。


「ど、どうも・・・」


とだけ飯島が第一声を発した。


「ど、どうも・・・」


と古見も照れくさそうに返事をし、皆が待ってるしという高梨の言葉に促され、少し急いで3人で集合場所に移動することになった。

移動の最中、古見と飯島は気まずそうにしており、高梨を間に挟んだ形で3人が横一列に並び歩いている。


「あの、ありがとう。私、怖くって」


そう飯島が言うと、高梨は古見を肘でこづき、返事を催促した。


「いや、怖いと思ったのは皆同じだと思う。けど、そんな恐怖とか、いざ皆で喋ってみればなくなると思うんだ。僕も最初は怖かったけど。」


と古見がそう言った。


「確かに、僕も君たち2人に対する恐怖心とかは今は全くないもんね。」


高梨がそう言った。同意を求めた発言だったのに、意外と反応が薄かったので、僕のことも信用してくれよと笑いながら言うのだった。



――3人は目的の部屋に着き、部屋の中に入った。


やってきた3人衆は、1人が微笑を浮かべていて2人が気まずそうにしている奇妙な構図だが、お構いなしに平木は全員がそろったなと口に出して確認した。

飯島はもう少し殺伐とした雰囲気を予想していたので、意外だった。

飯島を不安にさせないためにも平木が場を和ませてくれていたのだ。


「まずなんだけど、出口を探す前に全員で自己紹介でもしないか。脱出するにしても協力関係が欠かせないと思うんだ。」


そう平木が話を進めると、全員が再度円形に座り込むのだった。


「時計回りで行こうぜ。俺は平木宏太。西高の3年で野球部の副キャプテンやってます。よろしく。練習終わって家に帰ってるところあたりから記憶が怪しくってなあ。とりあえず全員で協力して脱出しましょう、って感じで次どうぞ。」


「岡部裕子。越高の2年。趣味は読書で、犬を飼ってます。えっと早くお家に帰りたいって気持ちで今はいっぱいです。」


「玉井晃です。立浜高校の3年で吹奏楽やってます。最近は料理にはまってます。よろしくお願いします。よくわからないことだらけだけど皆で協力したらなんとかなると思います。」


「空森萌絵、高1。高校は晃君の近くにある夢女ってとこだけど、皆知ってる?趣味は配信かな。そだねー、早く帰りたいなーって感じ。次どーぞ。」


「飯島彩音。高校2年生です。あの、遅れてごめんなさい。決して皆さんのことを疑ってたわけじゃなくって・・・えっと、皆で頑張りましょう。」


「高梨陸です。陸っていう名前のまんま岡高で陸上やってます。高2です、よろしく。」


「えっと、古見啓介と言います。北高の2年です。サッカー見るのが好きです。よろしくお願いします。力を合わせて頑張りましょう。」


「私、は知念美奈です。よろしくお願いします。あ、高1です。すごい怖いけど、足は引っ張らないようにします。次の方どうぞ。」


「・・・阿々津静香。」


「終わりか?俺は柿原彪雅、高3。そうだなあ、こんな気持ち悪ぃことさせやがって、脱出したら全員で犯人ぼこぼこにしてやろうぜ。」


「・・・明知輝明。帝白高校2年。よろしく。」


こうして一通りの自己紹介が終わった。


「明知君帝白なんだ、すごいなあ。」


と平木が口にすると、明知はいやいやと謙遜した。

帝白高校は日本屈指の進学校であり、知名度の非常に高い難関高校だ。


「平木くんも西高野球部って言ったら相当すごいよ。強豪じゃんか。」


と玉井がいう。


そんな感じで、自己紹介をしたのは正解だったか、場の緊張も若干ほぐれたような雰囲気だ。


「よしじゃあ、自己紹介も終わったところで、全員で施設を探索するか。見た感じ広そうだし、3人、4人、4人って感じで3つのグループに分けて脱出の手がかりとか探して来ようぜ。なんかあったら大声出して呼ぼう。それでいいかな?」


平木が場をまとめることが多いのも、さすがは強豪校の副キャプテンといったところだ。特に不満を述べる者もおらず、なんとなくで3つのグループが出来上がった。

高橋が2人に声をかけ一つグループが早々に出来、明知が3人に声をかけ2つ目のグループが出来、残った4人で3つ目のグループが出来た。

古見、高橋、飯島の3人グループ。

明知、阿々津、柿原、知念の4人グループ。

平木、岡部、玉井、空森の4人グループ。といった具合だ。

それぞれざっくり施設のどの辺りを見てくるかを決めた後で部屋を出て、およそ1時間後にもう一度この部屋に戻ることを決めた。時計も無い施設なので体内時計に頼るしかないわけだが。

この施設はホテルのような立派な大きい施設ではあるが、日光が入る隙間さえないという大きな欠陥がある。11人に与えられた個室には小さな鉄格子があるが、部屋の上部にあるため外を見ることは出来ない。部屋に戻らない限りおおよその時間を把握することさえできない。なんのためにそうした設計なのか、建設段階で気が付かなかったのか、それとも初めから目的通りなのか、それはわからない。


3つのグループに分かれて施設の探索を始めた11人。脱出の道なんてあるはずがない、内心ではそう思っているものの、まだ諦めたくなかった。施設を調べずにはいられなかった。


――およそ1時間が経ち、11人は自然とロビーに集まっていた。

広い施設のなか、このロビーはとりわけ開けた空間であり、大きな机や十分な数の椅子があり、集合場所を決めていなかったが自然とこのロビーが集合場所となっていた。


「なにか脱出できそうな場所はあったか。」


という平木の問いかけに対して、答えられる者はいなかった。もしそんなものがあれば、すぐさま声を上げて他のグループと合流しているだろう。


「皆見たと思うけど、この施設は全面が壁に覆われていて、小窓一つありはしない。外の世界と隔たれている。部屋にある小さな鉄格子がやっとだ。脱出口とやらは到底見つかりそうにないな。」

受け止めたくない現実を、高梨は淡々と述べる。


「一応でっかい扉が一つあったけどね・・・」


飯島がそういう。自己紹介まで何も喋っていなかった彼女が全員の前で自分から発言をしたことに、皆が驚いた。

そう、この施設にはただ1つだけ大きな分厚くて堅牢な鉄の扉がある。おそらく11人はその扉を通してこの施設に運ばれたのだろう。

その扉は存在感が強いため、すべてのグループが存在を認知していた。だが、到底それを破ろうなんて発想は出ないほどの固く閉ざされた扉だった。


「結局、脱出ってのは無理みたいだね。ま、わかってはいたけど。」


と阿々津がつぶやくと知念や岡部が小刻みに震え始めた。


「でも、だからって殺し合いをするなんてありえない。助けを待ちましょう。助けが来るまではすることもないし。」


怯える者たちはこの阿々津の言葉によってどこか安心した表情を見せた。


「ああ、何回も言っているか殺し合いなんてありえない。せっかくいい施設なんだ。食料も個室に十分あったし、施設内には俺たちしかいないってわかった。脱出方法も考えつつ、助けが来るまではのんびりしようぜ。」


場をまとめてきた平木がそう言ったことで大きく救われた。 

脱出方法が無いとわかって沈んでいた者達の顔が徐々に晴れていく。


「大浴場もあったしねー」


と空森が言う。こういった鈍感で切り替えの早い人間のおかげでどれだけ救われたことか。さっきまでの緊張感はどこえやら、大浴場に興味を示す者たちや、ロビーにトランプとかが置いてあったと盛り上がる者。


「もうきっと犯人は捕まってて、警察が俺らを探してる最中だぜきっと。助けが来るまでの共同生活、みんなで楽しもうぜ!」


平木のこの呼びかけで、これまでで一番空気が明るくなる。

考えすぎだった。心底そう思った。

殺し合い?馬鹿馬鹿しい。

助けが来るまで共同生活を満喫してやる。



そう。はじめは楽しい共同生活のはずだったんだ。この時は思いもしなかった、1週間後にこの中の誰かが死体で見つかるなんてこと。

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