罪人の皆さんへ、殺し合ってください。

山木冷

第1話 あなた達は罪人です。

小さな部屋で横たわっている若者が11人。

一人、また一人と体を起こしては周りを見渡し不思議そうな顔をする。

起きた者は状況を呑み込めず、寝ている者の体を揺する。そして一人、また一人と体を起こす。連鎖し、次々と起き上がる。

最初の人間が目を覚ましてから少しの時間が経った頃、ついに最後の一人も目を覚ました。



最後に目を覚ました男の名前は古見啓介。中肉中背でこれといって特徴のない平凡な風貌の青年だ。目覚めたばかりで目の前の状況が呑み込めていない。


「なあ、ここがどこだかわかるか?」


寝起きの古見にそう聞いた男の名前は平木宏太。坊主頭で焼けた肌をした、いかにもスポーツ青年といった見た目だ。

古見は徐々に夢ではないことを認識し、ここはどこかと聞き返す。


「・・・お前も知らないか、じゃあ全員ここがどこかわからないってわけか」


そう平木がつぶやいた。


「なんかのドッキリかなあ」


陰鬱とした空気の中そう言ったのは空森萌絵。一直線に並んだ黒い前髪と装飾の多い服装が特徴的だ。


「んー。言いづらいけど、これ拉致でしょ、普通に犯罪だよ。」


この高梨陸の一言により、場は緊張感を増すのだった。

高橋陸は整った顔立ちをしており、服装にもとても清潔感がある。


「いや、ごめん、不安にさせちゃって。うん。ドッキリだといいね。」


沈黙に耐えかねて高梨はそう続けたのだが、


「私たちをどうするつもりなの・・・」


長い黒髪を下ろした赤縁眼鏡の岡部裕子はそう言うと目に涙を浮かべるのだった。


「嫌だよ、嫌だよ、死にたくないよ」


細くて小柄な小動物という形容がしっくりくるであろう知念美奈も岡部に続いて泣き始めた。

何が起こるかわからない、その恐怖に彼女らは耐えられないのだ。

そんな状況を見かねて声を出したのは玉木晃斗。

大きな体格で、黒縁眼鏡をしている11人の中で一番大人っぽい青年だ。


「落ち着いて!まだ何もわからないじゃないか。・・・とりあえず、泣いていても始まらない。確かにこれは拉致で、何らかの事件に巻き込まれたのかもしれないけど、今のうちに脱出方法とかを考えたりした方がいいはずだ。」


合理的な意見だが、人間には感情がある。周りはその意見にすぐ納得できるだろうか。しかし一人、細身で髪を横に流した吊り目の男、明知輝明が「確かにな」と腕を組みながら返事をした。明知に続けて色黒で大きい体格をしたスキンヘッドの柿原彪雅も「そうしようぜ」と言うのだった。そのやり取りを見て、泣いていた者たちも次第に泣くのをやめ、全員が円形に座りこんで脱出の方法を話し合うことにした。


「とりあえず、気になるのは俺たち全員につけられた腕時計みてえなこれだよな」


平木が最初に自分の手首を目の前に出してそう言った。

11人には全員に腕時計のようなものが付けられており、外すことはできない。

その液晶には時刻ではなく、ただ「1024」という数字のみが記されている。


「1024とだけ書いてあるけど・・・何?」


「これが何かしらの暗号なのか?」


「脱出ゲームかなにかさせようってのか?」


「いやいや、腕時計のことなんかよりもさ、あの扉。まずはあれが開くかどうかじゃないかな。」


今11人が話をしている部屋は窓もない密閉空間だが部屋の隅に一つだけ扉がある。その扉の方向を指さして高梨がそういった。


「・・・近くに俺たちを拉致した奴がいる可能性もある。あの扉を開けた向こう側だっていう可能性もな。だからあの扉は迂闊に開けられない。」


明知がそういうと何人かが頭を縦に振った。


「でも窓一つないし、逃げるとしたらどのみちあの扉からでしょ。脱出の方法がどうとか、結局あの扉が開かないなら考えても無駄じゃん。」


これまで沈黙を続けていた長い足をした短髪の阿々津静香が口を開けた。

周囲が黙るしかなくなると、阿々津は続けて天井を指差して続けた。


「それにほら、監視カメラ。きっと私たちはこれで監視されてる。だからあの扉の向こうでわざわざ誰かが見張ってる可能性は低いんじゃない。」


「でもあり得ないってわけじゃ・・・」


弱弱しく意見をする知念に阿々津は少し呆れた表情を浮かべた。


「このままじゃ埒が明かないし、私があの扉開けてくるわ。」


阿々津はそう言うと、腰を上げ、扉に向かった。

残された皆は驚いた、彼女の豪胆さに。

彼女だって本当は怖い。だけどこのままじゃ何も変わらない。そう思い切ったのだ。

本当は誰かに止めてほしい。だけれど誰も扉を開けに行く阿々津を止めはしない。

扉を開けるのは危険、そう思っていた者も自分以外が開けるとなるとその行為をみすみす許してしまう。

全員本当はわかっているからだ。誰かが堰を切らなくては何も変わらないと。

扉を開けて何かが起こっても、それは自分のせいじゃない。そう思いたいのだ。

他人に責任を押し付けたい、自分は責任を負いたくない。こんな窮地でさえ人間はそう思う。


一歩、一歩と扉に近づき、ついにドアノブに手を付けた。

少し力を加える。

すると、扉はゆっくりと開いた。



扉が開く瞬間は誰しもが固唾をのんで見守っていた。扉が開いた今この瞬間も、まだ誰も声を出せていない。そんな静寂の中


「・・・え?」


という阿々津の声が最初に響いた。

数秒の間の後、どうしたのかと聞かれると、とりあえず来るようにと阿々津は手を仰ぎ、部屋に残った全員を呼んだ。


全員が部屋から出ると、そこは想像と大きくかけ離れた光景だった。

拉致された訳だから、てっきりもっと事件性の強い危なげな施設に監禁されたものと思っていたが、11人の前に実際広がっている光景は、なかなか立派な宿泊施設のそれだった。


11人は激しく動揺した。


「どういうこと?綺麗な場所だな」

「ホテル、だよね」


各々がそんなことを口にしている。

知念や岡部は安心しきって脱力し、床に座り込んでいる。

緊張した空気から一変、これは犯罪じゃくてドッキリだなという期待が再度湧き上がってきた。安堵から薄い笑みを浮かべる者もいる。


「ん、何だあれ」


明知が指差した方向には一通の茶封筒と一つの箱が置いてあった。

とりあえず見てみようと11人はその箱の方へ移動した。


「封筒・・・?とりあえずこれを読めってことかな。」


高梨がそういうと、平木が読ませてくれというので、高梨は封筒を拾い、平木に渡した。


「よし、じゃあ読むぞ。えっと・・・『ここに集められたあなた達は罪人です。あなた達には懲役1024日が課せられました。1024日間ここで共同生活を送ってもらいます。あなた達には最低限の食事と個室、そして各々に異なる特別な物資―『特権』―を与えます。箱に入っている自分の名前が書かれた封筒を受け取りなさい。全員が封筒を受け取ったら箱の中にある資料を読みなさい。』・・・これで終わりだ。」


平木が読み終わると、周りは唖然としており、平木も読んでいて意味が解らなかった。


「罪人ってなんだ?」

「懲役って何?」

「特権・・・?」


そんな疑問を皆が口にしている。


「とりあえず、そこの箱も開けてみるか」


と平木は口にして箱を開けた。そこには確かに名前の書かれた封筒が11通用意されていた。


「とりあえず、これを配れってことか?じゃあ配ってくわ。って俺たち全員の名前知らねえから名前呼んだら返事してくれ」


そうやって平木が仕切り、問題なく11通の封筒が全員に手渡された。

封筒の中身を見ると中には自分の部屋番号が書かれた鍵と一枚の紙が入っていた。

どうやらその紙は個室にある金庫の暗証番号らしい。無くすわけにはいかないので全員がその紙を慎重に自身の封筒にしまいなおす。


「全員受け取ったよな?中身は・・・個室の鍵と、金庫の番号、か。すげえやっぱちゃんとしたホテルだな。」


平木がそう言っていると


「箱の中にもう一枚紙があるぞ。それも読んでくれ。」


と柿原が言うと、平木は紙を拾って読み上げた。


「ええっと・・・『それぞれの特権は自身の部屋の中の金庫に入っています。金庫は暗証番号を使って開けることが出来ます。懲役期間は全員が自室の金庫を開け特権を確認した日を始まりとします。最後に、』・・・」


平木が読むのをやめた。

どうかしたのかと、全員の視線が平木に集まる。


「どうした?最後に、の続きは?」


と柿原が聞いた。

すると平木は言葉に言い淀んで続きを読み上げた。


「ん~、よくわかんねえけど・・・『最後に、懲役期間は1024日と言いましたが、もし罪人が死ねば懲役期間は短くなります。早く釈放されたいのならば、他の罪人を殺しましょう。ご検討を祈ります。』・・・ってあるんだよ。」


平木が読み終わると少しの間沈黙が流れ、文章の意味が理解できなかった柿原が、貸せよといい、その封筒を手に取って、それを開けて自分の目で確かめた。確かに平木が読み上げた文章は誤っていない。だが意味が理解できない。


今まで平木が読んだ紙を床に置き、全員が内容を目で確かめ、必死に理解しようとしていた。いや、本当は薄々理解できていたけれど、その意味に気が付きたくないだけなのかもしれない。そんな誰もがその内容について考えているふりをしているであろうなか、高梨が口を開けた。


「要するに僕たち罪人は1024日間ここで軟禁されるけど、他の人を殺せば早く家に帰れるぞ、ってことか。」


言わないようにしていたことを、言ってはいけないことを高梨が言った。


「え?な、なんでそうなるんだよ」


古見がそう言った。

他にも「冗談やめてよ」といった声が聞こえる。


そんなわけがないと信じたい面々が茶化し、高梨の意見を否定する。

そんな中、阿々津がその流れを断った。


「いや・・・これはそうとしか読めないでしょ。扉を開けたこっちにも監視カメラがやけに沢山あるし。これを面白がって見ている連中がいるんじゃない。漫画とかのデスゲームを現実で再現した、そういうことかな・・・。」


「デスゲームなんて本気で言っている?そんなのあり得るわけないじゃん。ウケる」


空森は笑ってそう言った。この女、虚勢でなく本気でいまだに状況を楽観視している。すると阿々津が目を細めて、実際あり得ないことが今起きていると言うと、さすがの空森も事態の深刻性に気が付いたのか、目を伏せた。


「で、でもあり得ないよ。私たち初対面なんだし、こ、ころし、なんてあるわけない。」


知念は今にも泣きそうな顔でそう言った。


「そうだよ。あんまり不安を煽るのはやめようよ。」


古見も思わずそんなことを口にした。

そんな混乱の中、明知が一旦場を落ち着かせようと手を挙げ、少しいいかなと言い、話を始めた。


「まず、その特権とやらを確認してみないかい。その特権というのが何か解決につながるかもしれないし。」


明知が話している中、反対だと勢いよく言ったのが岡部だ。


「私たちに殺し合いをさせようとしてるんだよ?そんな連中が与えてきた特権なんてきっと武器とかだよ。そんなの皆が手に入れちゃったら、私・・・どうなるの。私だけじゃない。女の子が男の子に勝てるわけないじゃん・・・。とっととここから脱出できそうな道探そうよ」


しまいには泣き始めてしまった。

そんな中、高梨が冷静に話始めた。


「特権っていうのが武器を指す、か。あり得る話だけど、仮に僕たちが今武器を手に入れたところで初対面の皆を殺そうとなんてするかな?絶対にしないね。それに懲役期間とやらの始まりは全員が特権を確認してからだって書いてあった。特権を確認することにはきっと何か意味があるってことだ。逃げ道があるならいいけど、ここまで準備されていて、そんなのがあるとは到底思えないんだ・・・。だからとりあえず特権を確認しないか、その後逃げ道を探すのは自由にしたらいい。」


正論をぶつけられて言い返すことが出来ない。それに何よりもしかしたら、万が一、億が一でも今後殺し合いがあることを考えると、ここで周囲に嫌われる行動はとるべきでない。

岡部は渋々了承し、全員で一度特権を確認することになった。



広い施設の中を歩き、個室が連なっている廊下にやってきた。

それぞれに渡された鍵の番号と対応した11個の部屋が階を跨いで配置されている。

各自部屋で特権を確認した後、最初に全員が目覚めた場所に再集合ということで一時解散し、皆が自室に鍵を差し込んだ。


個室の配置された空間だけは作りが古く、遮音性にも乏しい作りであり、扉もホテルによくあるようなオートロックではない。部屋にはトイレと鏡のないバスルームの設備と、小さな鉄格子が壁の上方にあるのみで、外の様子を覗くことは出来ない。映るのは空模様だけだ。部屋の中には、ベッドが一つ、メモ帳とボールペンが一つ置いてあり、乾パンとペットボトルに入った水が大量に置いてある。そして金庫が一つ。それ以外は何もない。


それぞれが部屋に入り、封筒から金庫の番号が書かれた紙を取り出し、金庫を開ける。特権とは何なのか、ドッキリのネタ晴らしを期待する者、脱出に役立つ物資を期待する者、殺し合いを見越して強力な武器を期待する者。相異なる期待をした11人が金庫を開ける。金庫が開いた。金庫の中には確かに何かがある。


11人が金庫を開け懲役期間が始まった。

懲役期間の開始から数分の時が経過した。

全員が特権の内容を確認し、金庫の扉を閉めた。


心のどこかでは、殺し合いなんてありえない。と自分を騙せていた者も多い。

だがそれは特権を確認する前の話。


特権を見てしまっては、もう受け入れるしかない。殺し合う現実を。


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