「孤島」と「コメディアン」と「切符」
「これやるよ。」
久しぶりに会った友人が唐突に言った。
その手には切符のような物が握られている。
「なにこれ?」
酒を飲む手を止めて受け取って見てみても、それはやはり電車やバスでよく使われている小さな切符だ。ただ、行き先などはどこにも書いていない。真っ白な切符だった。
「こないだ出演した番組で共演者の人に貰ったんだけどさ、なんかリゾート地のある孤島に行ける切符らしい。」
グイッと一口酒を飲んでから友人は言った。
コメディアンを仕事としている友人は、テレビ番組への出演もしている。そこで貰ったと言うがどうにも怪しい。
「リゾート地のある孤島に行ける切符?何も書いてないけど…。」
怪しげに切符を見ながら料理をつまむ。
「確かにな。でもそうらしいんだ。俺はそんな暇ないから代わりにお前にやろうと思ってさ。」
友人は平然とした様子で料理をつまむとまた一口酒を飲む。
「そんな事言われても、俺だって仕事でそんな暇ないよ。」
「まあまあ、息抜きも必要だって。たまには休みでもとって行ってこいよ。」
学生時代から俺は根を詰めるところがあったからそれで気をつかってくれたのかもしれない。
「うーん…わかったよ。」
そうして1ヶ月後。
溜まりに溜まった有給を使って休みをとり、俺は駅にいた。
「行くとは言っても…何も書いてない切符をどうしたらいいんだ?」
行先が書いていないから自動改札を通るわけにもいかない。
ここは駅員さんに聞いてみるしかないかと改札窓口にいる駅員に話しかけた。
「すみません。この切符なんですけど、どうやって行ったらいいんですかね…。」
切符を見せながら問いかけると、話しかけられた駅員は爽やかな笑顔で応対してくれた。
「ああ、この切符ですね。こちらですよ。」
駅員は窓口から出てくると、先導して案内してくれた。
駅員に従いついて行くと、エレベーターを上り、明らかに人通りの少ない通路を歩き、周りには誰もいない駅のホームに出た。
「ここでしばらくお待ちください。新幹線のようなものが来るので、それにお乗り下さい。切符は中で係の者が確認するのでその時にまた見せてください。」
それだけ説明すると、案内してくれた駅員は去っていった。
「…新幹線のようなもの、ってなんだ?」
そんな疑問も聞けずじまいだ。聞いたところで「新幹線のようなものは新幹線のようなものです。」と言われるだけかもしれない。
疑問に思いながらもしばらく待っていると、確かに新幹線のように見える乗り物がやってきた。
〈ようなもの〉と言うからには、見た目は新幹線のようでも中身や動力が違うのだろうか。
その新幹線のようなものに乗り込むと、中は普通の電車や新幹線と異なり、夜行列車のように客室が個室になっているようだった。
「個室になってる新幹線なんて初めて乗るな…。どこに座ってもいいんだろうか?」
迷いながらも適当な個室に入り、席に座った。
すると、まもなくアナウンスが流れた。
『こちらは、孤島、直行便です。閉まるドアに、ご注意ください。』
ドアが閉まったらしい。
ゆっくりと新幹線のようなものは動き出した。外の景色が動き出す。
中にいる分には全く動いているような気がしなかった。まるでただ個室にいるかのようなそんな気がした。
窓の外の景色が横線状の絵のようになった頃、係の人がやってきた。
「切符を拝見します。」
初老に見える物腰柔らかな男性の係員は、切符を受け取ると専用の機器でパチンと穴を開けた。
切符を返すと軽く会釈をして去っていった。
「着くまでどれくらいかかるんだ…?」
そう呟きながらぼんやりと窓の外を眺める。
ーーーぼんやりと眺める間に気づいたら眠っていたようだ。
「日頃の疲れが出たかな…。」
眠い目を擦り、大きく伸びをした。
『まもなく、孤島に到着致します。お降りの際は足元にお気をつけください。』
伸びをしているとアナウンスが鳴った。
徐々に減速しているらしく、外の景色も少しずつ見られるようになってきた。
止まるまで外を眺めていると、そこには白い砂浜とキラキラと輝く海辺があった。
「海…?」
不思議に思いながらも停車した新幹線のようなものから降りると、そこは紛うことなく海だった。
駅のホームらしきものはなく、ただ線路沿いにコンクリートの床があるだけだった。
そして、目の前には白い砂浜と海だ。
海の方から線路が続いてここが終点になっており、それがどうにも不思議な光景だった。
周りを見渡すと観光客らしき人はいないが、無人島というわけでもなく店らしきものがいくつかあった。
そういえば、新幹線のようなものに乗る前に飲み物を買い忘れたから喉が渇いている気がする。
俺は海沿いに並ぶ店の方へと足を運んだ。
海沿いに並ぶ店は、お土産屋、カフェ、ご飯屋と様々だった。
数年前に友人の結婚式で行ったハワイを彷彿とさせた。
ひとまずドリンクをテイクアウトしようとカフェに入った。
「すみません。」
そう声をかけると愛想のいい女性店員がカウンターまで出てきた。
「いらっしゃいませ〜。」
流暢な日本語だ。日本人なのだろう。
どうやらカウンターで注文する形式らしい。
「えーっと…」
カウンターのメニューを見ると、様々なドリンクメニューと軽食が載っていた。
「テイクアウトですか?」
「あ、はい。」
女性店員に聞かれて初めてテイクアウトだと伝えてないと気づいた。慌てて返事をする。
ドリンクだけでもコーヒー、ソフトドリンクと様々なものが載っており迷ってしまう。リゾート地らしくトロピカルジュースも売っているようだ。
「えっと…じゃあ、このアイスコーヒーで。」
悩んだ挙句、日頃からよく飲むコーヒーにした。
「かしこまりました。少々お待ちください。」
「あ、お金は?」
コーヒーの準備に取り掛かろうとする店員を引き止めて声を掛けると、店員はにっこりと微笑んで振り向いた。
「いらないですよ。」
それだけ言ってまたコーヒーの準備に取り掛かろうと背を向けて去っていく。
「いらない…?そんなバカな。」
驚きながらも、お代がいらないならそんなに嬉しいことはないとそれ以上追求しないことにした。
「お待たせ致しました。」
透明なカップに入ったコーヒーが渡された。
親切にも蓋がついており、すでにストローがさされている。
「どうも。」
軽く会釈してアイスコーヒーを受け取った。
店を後にし海に向かいながら一口飲むと、今まで飲んだことがないくらいコクがあり美味しかった。
口に含むと鼻いっぱいにコーヒーのいい香りを味わうことが出来た。
「すげぇ…。」
海辺に腰掛け、しばらくコーヒーを飲みながらのんびりと海を眺めた。
どれくらい経っただろうか。ふと、疑問に思う。
「これ…帰る時はどうするんだ?」
またあの新幹線のようなものに乗るのだろうかと降りて来た場所を見ると、そこにはまだ新幹線のようなものがあった。
「…聞いてみるか。」
新幹線のようなものに近づくと、あの物腰柔らかな係員が入口に立っていた。
「お帰りですか?」
こちらに気づいて係員は問いかける。
「あ…いや、帰る時はどうしたらいいのかなと思って。」
「こちらにご乗車いただければ大丈夫ですよ。」
係員はにこりと微笑んで答えた。
もう少しいてもいいが、どうにもただのんびりと過ごすだけになってしまいそうだ。
「もう十分のんびりしたしな…帰ろうかな。」
「でしたら、中へどうぞ。」
係員に言われ、俺は中に入った。
新幹線のようなものはまたゆっくりと動き出し、外の景色が見えないほど早く走る。
あっという間に元の駅に着いた。
『ご乗車、ありがとうございました。』
アナウンスを合図に席を立ち、降りてホームに出る。
相変わらず周りに人は見当たらない。
ここからどう出たらいいか迷っていると、最初に案内してくれた駅員が声を掛けてくれた。
「ご案内しますね。こちらです。」
また駅員に従い、人通りの少ない通路を歩き、エレベーターを降りて見慣れた駅構内へと出た。
「案内はこちらまでで大丈夫ですか?」
「あ、はい。」
「ではまたご利用ください。」
そう言うと、笑顔で会釈し、駅員は去っていった。
見慣れた駅構内に戻ってくると、先程までのことが嘘のようだった。
「また行けたらいいなぁ…。」
そんなことを呟きながら、現実へと戻っていった。
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