「妖花」と「見習い」と「ポケット」

ピンポーン

インターホンが鳴った。

「来客の予定はなかったはずだけど…。」

不思議に思いながら入口に向かう。

扉を開けると、そこには妖花のごとく怪しくも魅力的な美女がそこにいた。歳は同じくらいだろうか。

思わずポケットから手を出し、気だるげな姿勢からすっと背筋を伸ばした。

艶やかで長い髪、優しさと色気を兼ね備えた美しい容姿、スラリとしたモデル体型。

一度彼女の虜になってしまえば逃れられないのではと思わせられるそんな怪しくも美しい印象の女性がいた。

一瞬で目が奪われ、言葉が出なかった。

「あの。本日はお願いがあって参りました。私を弟子にしてくれませんか?」

真剣な表情でその美女は言う。

どうやらその容姿と中身には大きなギャップがあるらしい。

確かにここは陶芸家である俺の家だが、芸能人だと言われても不思議に思わないその容姿で陶芸家の弟子になりたいとは…意外にも程がある。

「弟子って…陶芸家になりたいってことか?」

呆気にとられながらそういうしかない。

「はい。あなたの見習いとして、ここに置いて欲しいんです。」

よく見ると、その美女は洋服などが入っているらしい大きなカバンを持っていた。

ということは、住み込みでの弟子を希望しているということだろうか。

こんな美女とひとつ屋根の下だと…?

そんなの俺自身の陶芸生活に支障が出かねない!何のために都会の喧騒を離れて、こんな不便極まりない山奥に住んでいると思ってるんだ!

「…悪いが、弟子はとってないんだ。」

苦し紛れにそう言う。

弟子をとらないとは公言したことないが、現に一人も弟子をとっていないのだから嘘はついていない。

「先生の作品に深い感銘を受けまして、どうしても先生の元で陶芸を学びたいと思ったのです!お願いします!」

真剣な表情でそう告げると、その美女は深く頭を下げた。

こんな山奥で誰に見られるわけでもないが、こんなに美しい女性に深々と頭を下げられてはいたたまれない気持ちになる。

「頭を上げてください!その…さすがに、妙齢の男女がひとつ屋根の下というのは…」

外聞も良くないし、何より気が散って陶芸どころではない。言外にそう伝えたつもりだが、美女は諦める様子がない。

「でしたら、他に家を借ります。」

こんな山奥に空き家などそうそうない。最も近所の家で何キロあるかわかって言っているのだろうか。

「そんな近くには借りられるような家はないですよ…」

呆れるようにそう言ったが、美女はなおも真剣な表情だ。

「わかってます。何キロ離れてても、一番近くで先生の作品を学べるのなら全く構いません。」

こうまで言われては諦める他ない。

「わかりました…あなたを弟子として受け入れましょう…」

渋々そう答えると、美女はぱあっと表情を輝かせた。

その表情が更に美しさを引き立たせる。

そんな美女とは裏腹に、俺は先が思いやられるなと思っていた。

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