「胡麻」と「命日」と「孤児院」
今日は彼女の命日だ。
と言っても、この孤児院の他の人間にとってはそんなこと関係ない。
なんでもない普通の日だ。
この孤児院には、親の虐待を受けていたり元々病弱だったりで体の弱い子が多い。
その中でも、彼女は特に体が弱かった。
詳しいことは分からないが、食事を摂ってもそこから必要な栄養分を十分に吸収できないらしい。
いくら食べても栄養が不十分で、体は弱っていく一方。
体が弱っていくから更に食が細くなるという悪循環だった。
この孤児院に来た時から、彼女はベッドから動くことが出来なかった。
彼女が知っているのはこの部屋の景色だけ。
清潔とは言い難い、木造のボロいこの部屋だけだった。
だから僕は、毎日外のことをたくさん話した。
下の子たちが最近ハマってる遊びやタンポポが咲いていたこと、カエルの卵が無事に孵ってオタマジャクシになったこと。
どんな些細なことも彼女に話した。
彼女はいつも楽しそうに、嬉しそうに話を聞いていた。
そして「いつか私も見たいなぁ」とそう言っていた。
僕はその度に「いつか見れるよ!」と彼女を励ましていたけど、彼女が自分の目でそれらを見ることはついになかった。
そんな彼女のお気に入りのお菓子は、胡麻のクッキーだった。
「知ってる?胡麻って栄養がいっぱい入ってるんだって。こんなに小さい粒に、たくさんの栄養が詰まってるんだよ。すごいねぇ。」
誰から聞いた話か分からないが、クッキーを頬張りながら彼女はよくそう言っていた。
もしかしたら、胡麻のクッキーが好きだったのではなく、自分の知ってる僅かなことを自慢げに話せることが嬉しかったのかもしれない。
僕はそんなことを思い返しながら、彼女のお墓に胡麻のクッキーとお花を供えた。
「僕ね、引き取られることになったんだ。商人のおじさん。跡取りが欲しかったんだって。…だから、もう君にお話はできないや。」
お墓の周りには誰もいない。
「…もっと、君とおしゃべりしたかったなぁ。」
一人で、僕は呟いた。
彼女が亡くなってからも、何度もお墓に来て彼女に話しかけていた。
それももうできなくなってしまう。
「これで本当にサヨナラだね。バイバイ。」
そう告げて、僕は彼女のお墓の前を後にした。
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