「雷雨」と「新しい」と「番小屋」

それは、酷い雷雨の日だった。

激しい雨に打たれながら、目が痛くなるほど時々光る空を憎らしく思いながら見ていた。

「こんな日に当番だなんて、ついてない…」

雷が怖いわけじゃなくても、突然空が光って大きな音がすれば驚く。

雨があまりにも激しいものだから、傘を差していても足元はずぶ濡れだ。

本来ならどこか屋根の下にいたいものだが、小屋の見張りが場所を離れては意味がない。

ずぶ濡れの足元を見ながら大きく溜め息をついた。

「あの…もし…」

雨音に遮られそうなか細い声が聞こえた。

声のした方を見ると、真新しい羽織を着た女性が立っていた。

羽織を着る女性も珍しいが、この雨の中、真新しいものを身に着けていることも気にかかる。

「なんでしょう?」

「あの、知人を訪ねてきたのですが、道がわからなくなってしまって…教えて頂けないでしょうか?」

心の中で、よくある手口だと思った。

自分がこの女性に気を取られている隙に、小屋に入り込もうとしている仲間が恐らくいるのだろう。

「私はここを離れすわけにはいきませんので、どうぞ他を当たってください。」

冷たく言い放つと、その女性から目を逸らした。気を取られるわけにはいかない。

「そう…残念ですわ。」

少し間をおいてから女性がそう言うと、また雷が激しく光って大きな音が鳴り響いた。

女性が去った気配もなく、まだそこにいるのだろうかとチラリと女性がいた方を見ると、そこには誰もおらず、ただ真新しい羽織が雨に濡れて落ちているだけだった。





*番小屋: 見張りの番人がいる小屋。江戸時代、江戸の町の自身番の詰め所。各町の町人が、交代で夜番をした。番屋。(https://kotobank.jp/word/%E7%95%AA%E5%B0%8F%E5%B1%8B-606389)

*羽織:羽織は本来、戦国時代の軍装に由来するものであったから、江戸時代においても女性がこれを着ることはほとんどなく、女性用の上着としてはもっぱら打掛が用いられた。(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%BE%BD%E7%B9%94)

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