本当の俺?

 友達との会話で、どこか話が噛み合わないなって思うことはないか? どちらかが話の内容を勘違いしているとか、そういうのではなくて、根本的に何かが間違っていると感じるとき。

 例えば、

「お、山田久しぶりだな〜!」

「久しぶり? 高橋、お前何言ってんだよ。昨日会ったばかりだろ?」

「は?」

 ……みたいな。

 この場合は、山田くんか高橋くんのどちらかが勘違いしていることがほとんどだと思う。話をしていればいつかは間違いに気づくだろう。


 俺の場合は違う。


 ここで、友達から送られてきたメッセージを見てほしい。

「昨日はありがとうな。お前が珍しく奢ってくれてマジでビックリした。今度は俺の奢りでラーメン食いに行くべ」

 これが友達からのメッセージ。

「珍しくってなんだよ。でも、いいね。楽しみにしておくよ」

 そしてこれが、俺の返信。問題はこの後。

「あと、昨日お前がスーツでスケボー乗ってた動画送るわ。急用ができた、とか言ってたけど、無くなったんならそう連絡しろよな。

 それにしてもお前、スーツでスケボー乗るの相変わらずヤバすぎでしょ」

 そうしてメッセージと共に送られてきたのは、俺の記憶に存在しない動画だった。

 俺の奢りでご飯を食べて、その場はお開きになった。本当ならそのあとも一緒に遊ぶ予定だったけど、俺に急用ができてしまった。……と、ここまでは俺と友達の話に食い違いはない。

 友達が俺から借りていたスケートボードを返すために俺の家に来た。急用で俺がいないと知ってはいたが、どうしても返すタイミングがその日しかなかったらしく、玄関の近くの誰にも盗られなさそうな場所にボードを置いて、その旨の連絡をしてから帰るつもりだったという。

 友達が俺の家に着いてから「もしかしたら中にいるかもしれない」と、インターホンを押した。すると、スーツ姿の俺が出てきた。スーツ姿の俺は、「仕事が終わって今帰ってきたばかり。急用なんてないぞ」と言って友達とスケートボードで遊んだらしい。

 実に不思議だ。

 不思議な点は三つ。

 一つ目。俺はその日、朝から友達と遊んでいた。つまり俺は仕事になんて行っていない。行けるわけがない。

 二つ目は友達が俺の家に訪ねてきた時間。その時間、俺は家にはいなかった。彼女の家に向かっていたんだ。

 最後に、俺はスケートボードなんてやったことが無いし、持っていない。これは貸す貸さない以前の問題。

 ちなみに送られてきた動画に映っているスーツ姿でスケートボードをしているやつは、間違いなく俺だった。記憶には無いけれども。

 俺はそこで、『ドッペルゲンガー』という言葉を思い出した。自分にそっくりな分身(ドッペルゲンガー)と出会ってしまったら死ぬ。という恐ろしい話だ。

 まあ、あくまでドッペルゲンガーは都市伝説だし、「この世の中には自分に似ている人間は三人いる」とも言うから、そこまで気にしていなかったんだけど。


「この前荷物一緒に持ってくれてありがとねえ。はい、これ私の畑で取れた野菜」


 これは近所のおばちゃんとの会話。俺はおばちゃんなんて助けた覚えはない。


「おはよう! 昨日は楽しかったね。……ねえ、今週末の予定空いてる? よかったら私の家、来ない? 今度は二人っきりでさ……」


 耳元でそんなことを囁いたのは、中学生時代の同級生。俺はこんな遊び方をしたことなんかない。


 友達との一件があってから、こんなことがちょこちょこ起きるようになった。

 その中でも一番ショックだったのは、実家に帰ったときの出来事。


 一年ぶりに実家に帰ってきた俺を出迎えたのはお母さんだった。

「あら、あんたぶりだね。ていうか、帰ってくるなら前もって連絡しなさいよ! 夜ご飯全然用意できてないよ! まったく……」

 手荒い歓迎を受けたあと、時間が遅かったこともあり、すぐに夜ご飯になった。母親は文句を垂れつつも、どこか嬉しそうな顔をしていた。

 夜ご飯は豪勢とまではいかないけど、それなりにボリュームのある食卓で、俺は大好物のキムチに手を伸ばした。

「あれ? 珍しいね。あんたが辛いものを自分から進んで食べるなんて」

 俺は昔から辛いものが好きだった。好きなはずだった。それなのに。

(最近、何かがおかしい。いや、おかしくなったのは俺か? ……落ち着け。外の空気を吸ってこよう)

 俺は席を立って玄関の方へ向かう。俺が靴を履いているとき、家のインターホンが鳴った。間髪入れずに玄関のドアが開く。


 ……そこにいたのは、だった。


 その瞬間、俺は、自分と周りの会話が噛み合わないワケを理解した。

 ドッペルゲンガーは本当に存在する。そして、自分のドッペルゲンガーに出会ってしまうと死ぬ、というのは嘘。もう一人の自分が、煙のように消えてしまうだけだ。最初から、そこには誰もいなかったみたいに。


 そして、


 ドッペルゲンガーに会って煙のように消えてしまったのは、だった——。

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