彼、いわく。

「なあ、この部屋やっぱりヤバくねえか?」


 俺の大学の友人、宏一こういちがブルッと震えて腕をさする。


「でも、安いじゃんこの部屋。いい部屋だし、俺たちみたいな貧乏学生にとっちゃ破格の値段だぞ?」


「そうだけどよお……」


 今日は宏一が一人暮らしを始める日。俺は引越しの手伝いをしに来ていた。

 宏一が借りた部屋は1Kで、駅も徒歩で約10分。近くにコンビニもあるし、角部屋。おまけに日当たりも良い。

 ここら辺の地域の相場はだいたい5〜6万らしい。一方、宏一が借りた部屋の家賃は……なんと1万3千。

 俺は今、破格の値段だと言ったがそれは過言ではないことが分かってもらえると思う。そして、いわくつきの部屋だということも。

 それでも俺は何も感じない。まあ、俺には霊感なんてものは一切無いから、当然といえば当然なのだが。


「そういえば、宏一って霊感みたいなのあったっけ?」


「いや、あったらこんな部屋に住もうなんて思わねえよ。ただ、今になってよ、なんか……変な感じがすんだよ」


 宏一はまた腕をさすり、部屋をぐるっと見渡す。


「おい……内見も済ませて、しっかり考えた上で借りたんだろ? 今更何言ってんだよ?」


「そうなんだよ。そうなんだけど、ヤバい気がする。どうしよう……」


「つってもなあ、とりあえず今日のところはどうしようもねえだろ」


「お前の家に泊めてくれねえか?」


「悪い、今日は彼女が泊まりに来る予定だから、ちょっとキツイかな」


「なんだよ。ってか、この前彼女とケンカ別れしたって言ってなかったっけ?」


「……まあ、仲直りってやつだ」


「ああ、そうかよ……。いや、今はそんな話をしてる場合じゃねえんだ。どうしよう、今から連絡して、誰か泊めてくれるか……?」


 そう言って宏一はケータイとにらめっこを始めた。

 話し相手がいなくなって少し暇になった俺は、この部屋を物色することにした。おふだのようなものがあれば宏一に教えてやろう。


「……ダメだ! みんな予定があるか、連絡がつかねえ!」


 俺がクローゼットを開けた瞬間、宏一が部屋にあるテーブルを叩いた。


「じゃあ、今日はネカフェだな」


「んだよ、くそ〜。みんな薄情だ!」


「おっと悪い、彼女からだ」


 宏一がもう一度テーブル叩いたとき、俺はケータイをポケットから取り出す。


「てめえ……当てつけか?」


「違うよ、たまたまだって」


「くそ、本当についてねえ」


「……よし。これから彼女が俺の家に向かうってさ。そろそろ帰るわ。結局あんまり手伝いできなかったけど、逆に好都合か?」


「あっそ。

 ……まあ、下手に荷物開けるよりはマシだったかな」


「そうか、ならよかった。

 また引っ越すときは呼べよ。手伝いに来てやるからさ。じゃあな」


 俺は玄関に向かい、靴を履く。ガチャリとドアを開けた瞬間、宏一が俺の元に駆け寄る。


「ま、待てよ。お前どうせ駅に行くんだろ? 俺も駅前のネカフェに行こうと思ってたからよ、駅まで一緒に行こうぜ」


 少し焦った様子の宏一。もしかしたらこの部屋に一人でいたくないのかもしれない。


「わかった」


「よし。支度すっからよ、ちょっと待ってろ」


 それから5分後、俺と宏一は駅へと向かった。



 *******



「お、お、お。ちょいとお兄さん方〜」


 宏一の部屋を出て、駅ビルが目に入った頃、俺たちは路上で占いをやっているおじさんに声をかけられた。……どうでもいいが、このご時世に占いなんて路上でやって、果たして儲かるのだろうか?


「なんすか? 占いならエンリョしますよ」


 宏一は舐められないようにと、毅然とした態度をとる。


「いやいや。勝手に占っていきなり金を要求するようなマネはせん」


「じゃあ、どうして声を?」


「ワシもな、よう人にお人好しだのなんだの言われるんじゃが……やはり君たちのような悪い“気”を纏ってる人を見ると放ってはおけんのよ」


「はい?」


 明らかにイライラした声で宏一が言う。きっと宏一のイライラの原因はおじさんの発言だけではないだろうが、たしかに怒るのもわかる。いきなり、「悪い気を纏ってる」だなんて言われたら良い気分にはならない。ましてや占いなんて特に胡散臭いものなんだから、最低限占う人の機嫌は取らないとマズイだろう。


「爺さんよお、暇つぶしなら他所でやってくれるか?」


「まあ、そう悪いことがあったからってカッカするな。ワシだって当てずっぽうでは言ってないぞ。

 ……ズバリ、いわくつきの物件を借りたからじゃな」


 ズバリ。その言葉通り、ものの見事に言い当てられた。

 俺は宏一と顔を見合わせる。宏一はキツネにでもつままれたような顔をしていた。きっと俺もそうだっただろう。


「な……爺さん、アンタ……」


「ほっほっほ。隣のあんたも、悪い気を纏ってるよ。……ありゃ。こりゃマズイね」


 おじさんは得意げに笑い、真っ直ぐと伸ばした人差し指を俺に向ける。


「あんたには、水難の相も出とるわい。

 ……ああ、そう身構えるな。水難の相とは言っても、大抵の場合は携帯を水没させたとかそんな程度のこと。一応、今日から一週間程度は海や川には近づかん方が良いがの」


「すごいですね……よくますね、おじさんの占い」


「じゃろ? ついでに言うと、あんた彼女さんとケンカしたようじゃが……、その彼女さんにも水難の相が出ていたのう。もう全部消えたがの。

 あんたのもその時に壊れたと違うんか?

 ……まあ、それはええとして。とりあえず、もうその彼女さんの件は手遅れじゃからの。すっぱり諦めることじゃな」


 俺は思わず拍手を送る。が、すぐに宏一に制止させられる。


「そんなに焦って拍手を止めんでも、あんたらからは金は取らんよ。宏一とか言うあんたは貧乏な大学生ってところじゃろう。

 それと隣のあんたは、さつ……いや、なんでもないわい」


「……う。まさか爺さん、アンタって本物……?」


「ほっほっほ。信じるか信じないかはあんたら次第じゃよ。

 とりあえず、は今住んでるいわくつきの部屋から今すぐ引っ越した方がええど。ワシからのアドバイスじゃ」


「すげえ……」


「もうあんたらに言いたいことは全部言ったわい。

 ほれ、あんたらの後ろに次の客がおるからの。さっさと帰って部屋の解約をしてきんさい」


 おじさんは俺たちの後ろを指差す。振り返れば、スーツを着た男性が確かに俺たちの後ろに並んでいた。


「ありがとうございました!」


「次は金持ちになって会いに来ておくれ〜」


 宏一の声に、おじさんはヒラヒラと手を振る。


「あ、犯罪行為だけは絶対にやっちゃダメじゃぞ。どんなに隠しても、いつかバレるからの。ほっほっほ」


 立ち去る俺たちに、おじさんが最後の言葉をかける。

 何もかも見透かしているおじさんに、俺は冷や汗が止まらなくなった。



 *******



 宏一と別れて、俺は自分の部屋に戻っていた。

 大学生になってから、何年も住み続けて見慣れた俺の部屋。

 おかしな点は一つもない。きっと、誰も殺人事件があった部屋だなんて思わないはずだ。特に俺みたいな霊感がない人間にとっては。

 俺は風呂場にいる彼女を確認する。


 やはり、あのおじさんは本物だ。


 この“いわく”は俺しか知らないはずなのだから。

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