506.本当の『想起収束』



 次に躍り出たのは、民族衣装を重ね着た竜人ドラゴニュート

 『理を盗むもの』の中で最も巨漢で、古傷塗れの顔の男。


 その二メートルに迫る身体を盾のように、アルティの火柱より前に晒し出していた。

 迫りくる■■■の《ブラックシフト・オーバーライト》全てに向かって、彼は咆哮する。


「《ッガァアアァアアアアアアアアアアッッ――――!!》」


 さらに、その翼を羽ばたかせて、全身を捻り回し、纏わりつこうとする黒い暗雲を払い飛ばした。


 この純粋な力強さ。

 『無の理を盗むもの』セルドラ・クイーンフィリオンの証明をしながら、彼は竜の翼を自慢げに広げ切った。

 振り返ることはなく、アルティと僕に語りかける。


「《……ファニアの少女。カナミを守るおまえを、必ず守り切ろう。俺は死しても、全てに贖罪し続けたい。ただ前だけを見続けて、進み続けたい。それが俺の『最強』であり、『本当の英雄』だった》」


 僕たちに対して申し訳なさそうな口ぶりだったが、もう迷いだけは一切ない。


 直前の僕との戦いで、十分すぎるほど本音は吐き出し尽くしたのだろう。

 だから、あとは背中だけで語る。


 その背中に向かって、アルティは「《ああ、分かってる。……助かる》」と微笑を浮かべて、頷いた。

 セルドラの全てを知った上で、だからこそ仲間だと、かつての故郷の敵が自分を守ることを許した。


 そして、その彼の登場に、相対していたノイは確信する。

 いま彼女は、セルドラの翼の前方の先で、屈しているのか浮かんでいるのかも曖昧な黒く大きな太陽と化している。その遠いのか近いのか歪んでいる距離から、苛立ちを含んだ声を出していく。


「やっぱり……、『想起収束ドロップ』の召喚を……」


 つい先ほど裏切って死したはずの男の再登場に、使われている術式名を言い当てた。

 そして、すぐ召喚なんて『なかったこと』にしてやると――いや、『上書き』してやると、怨念のこもった黒紫の暗雲を広げていく。


 だが、風が吹き抜けるように。


「「《――魔法《桜童楽土アイド・エンド・ティティー》》」」


 その魔法名は聞こえた。

 それは、ここまでの戦いでライナーや僕が借りた片方だけではない。童二人が姉弟ふたりだからこそ、真に完成した本当の『魔法』。


 唱え終わると同時に、100層の景色が一部塗り変わった。

 ライナーを中心にして展開されていた円状の結界が一気に色濃くなり、範囲も一気に何倍も広がる。

 結界は鮮やかな白翠色に染まりながら、足下の浅瀬というフィールドを変更していく。


 いつの間にか、風にさらわれて、さらさらと柔らかな草が揺れていた。

 懐かしい草原が広がり、どこかからたくさんの白桜ピエリス・アイシアの花弁が舞い流れてくる。

 それでいて、前方の火柱は消えることも火事を起こすこともなく、むしろ炎と風は互いを活かすように共存し合っていた。


 そして、一際大きな涼しい風が吹き抜ける。

 そのとき、僕は一度だけ瞬きをして――、目を開けた瞬間。

 膝を突いたライナーの前に、白い長髪の男が立っていた。


 彼はセルドラと違って、穏やかな横顔を後ろに向けていた。

 何よりもまず、かつて自分が「先生」として属していたパーティーに話しかける。


「《ライナー、ノワール、シア。そして、ルージュも……。本当に強くなりましたね》」


 別れの挨拶も含めて、生徒たちに最後の採点と賞賛を贈った。

 『木の理を盗むもの』アイドは、ライナーから結界の維持を引き継いだのを確認してから、僕たちに話しかける。


「《渦波様とセルドラ様……。お二人の間違いは、自分も同じでした。だから、共に行きましょう。もう自分たちは、弱い自分から逃げない……! そうでしょう、総大将殿っ!? もう二度と、自分たちは守るべきものは間違えない!!》」


 そうアイドが叫んだとき、振動こえに心の臓が強く打たれた気がした。

 前方の黒紫の暗雲が薄らいで、100層全体が少し明るくなった気もした。


 それは僕だけでなく、隣のセルドラも同じなのだろう。千年前の戦友と肩を並べて、その声を少し震わせながら、最高の激励に応えていく。


「《あぁ……、当たり前だ。一緒に行こうぜ、アイド。……ただ、元だ。元総大将ってのを間違えて貰うと、少し困る。そうだろう、元宰相殿?》」


 振り向かないが、セルドラの表情は分かる。


 おそらく、アルティと同じく、アイドも『繋がり』を通じて、あの最悪なセルドラの人生を把握している。

 それでも、戦友は態度を変えることなく、側に立ってくれている。

 その事実にセルドラは感謝して、かつてと態度を変えることなく、冗談で合わせた。


 ただ、僕から見れば、その心配はアイドも同じ。自分の依存ばかりだった人生を理解している戦友セルドラに向かって、「そうでしたね」と感謝しながら笑い返した。


 こうして、いま伝説の北の総大将と宰相が、一切のしがらみなく並び立つ。

 当然ながら、その二人の上に立った彼女も――


「《ふいー。やっとわらわたちの声が届いたのう、かなみん》」


 『風の理を盗むもの』ティティーがそう言い残しながら、僕の隣を通り過ぎていく。

 鮮やかな翠の長髪が、新たに100層へ流れ込む風と光で、綺麗に靡く。

 エメラルドのように美しく煌めく彼女の魔力と存在感が、この100層に更なる明るさを足していく。


 彼女もセルドラと同じく、背中で語るのがよく似合った。

 北といえば、彼女。

 誰より強く、頼りになる王――だった。


 昔の話だ。現在いまは、全ての枷から解き放たれている。

 纏うのは王の装いではなく、別れ際の旅人のもの。

 その軽装のティティーが、前の二人に負けじと大きな声を出しながら、さらなる軽やかさで歩いていく。


「《はっはっはー! いやー、懐かしいのうー! こうして、我ら『北』の三英傑が揃い踏むのは! とにかくっ、もうあと腐れナシじゃな! いままで助けて貰った分、『北』はかなみんを全力援護しようぞ!!》」


 こどものように、ティティーは進んでいく。


 自らの魔法で作った草原を、散歩するように。気持ちよさそうに。楽しそうに。

 歩きながら、両隣の男二人に号令をかける。


「《元総大将セルドラ! 元宰相アイド! 我らが大事な同胞アルティを守るように、並んで行こうぞ! あと、後ろから続く『南』の友たちに負けるのも許さんからなー! 千年前の最強チームは、我らが『北』! 『北』じゃー!!》」

「《ええっ、ティティー姉様! いまの自分たちならば、誰にも負けません!》」

「《ああっ、ティティー! 俺の元『統べる王ロード』よ!》」


 男二人は嬉しそうに、元王に応えた。


 称号の全てに「元」が頭に付くのは、千年前の伝説が「ごっこ遊び」の延長だったと三人は認めているからだろう。

 その上で、三人は無邪気に「元」であることに感謝を持って、『なかったこと』にはしない。

 北の誇りと声を合わせて、黒紫の暗雲に向かっていく。


 途中、ティティーは膝を突いたライナーの頭を、ぽんと叩いた。

 まるで姉のように優しく、小さく「ここは童たちに任せよ」と囁いてもいた。


 ライナーは顔を上げて、ここにいるティティーが本物かどうかを確認しようとして――すぐ俯いて、「少しの間、頼む」と一言だけ答えた。

 その反対側ではアイドも、膝を突いたノワールに対して同じことをしているのが見えた。


 こうして、北の三英傑がライナーとノワールを守り、代わりにノイと立ち向かい始める。


 ただ、並んで行くとは言ったものの、アイドは半歩後ろに下がっている。

 引き継いだ結界を維持して、同胞であり最大火力持ちのアルティという後衛を守りつつ、強化魔法《グロース》を前衛二人に全力でかける。


 そして、人類史上最高の強化魔法を受けたセルドラとティティーは、身体に生命力を漲らせて、その半鳥人ハーピィの羽と竜人ドラゴニュートの翼を同時に羽ばたかせる。


 左右に分かれて飛翔する人類史上最高の『魔人』が二人。

 どちらも徒手空拳。だが、その振りかぶっている拳は、どちらも規格外。

 それぞれの得意とする振動と風が、その拳に乗っていた。


 間違いなく、生半可な魔法は貫く。

 その飛翔は《ディフォルト》をも超える可能性がある。

 そう思ったノイは、その声を震わせる。


「し、『失敗作』たちが……! こ、こっちは最強の次元魔法《ブラックシフト・オーバーライト》があるんだ。こ、怖くない、もう怖くないぞ……。け、けけど、これはちょっと……、これは不味いかもっ、だからっ!!」


 これだけ安全圏に引き籠もっていても、ノイは二人の拳に怯えた。

 万が一、この拳が届けば――本当に、万が一のことが起きる。

 その未来を感じ取って、その身体を変質させ始めた。


 大人のラグネを模した四肢が、人型から離れていく。

 魔法ではない。『魔人化』であり『半死体ハーフモンスター化』だと、同じ僕だから分かる。


 まず、その背中から騎士服を破って、天使のように美しく、白く輝く翼が生えた。

 これが、話に聞く本当の『翼人種』の姿。


 やはり、例のディアの翼の『本物』を、彼女は使える。

 それとティティーの半鳥人ハーピィの姿にも少し似ていると思った――のは束の間、すぐに別の変化が現れ始めた。

 両腕が先ほどの僕のように、獣や鳥や魚の特徴を得ながら肥大化しては伸びた。


 ノイは『翼人種』だけでなく、僕と同じ『合成獣キメラ』としての特徴も持っていた。

 その肥大化しきった『魔獣の腕』をモンスターの触手のように動かして、左右に別れて飛び込んできたセルドラとティティーに先んじて伸ばしていく。


 二つの巨大な『魔獣の腕』が、左右に分かれたセルドラとティティーの突進を掴んで、止めた。あの二人の身体能力フィジカルに匹敵する『筋力』は、流石は元『世界の主』だ。


 ただ、掴み止められたセルドラとティティーは、まだ退かない。

 どちらも力比べするのを楽しむように、小手先の魔法は使わない。

 前へ前へと、ただ飛翔し続ける。


 魔法は仲間たちに任せていた。

 その信頼された魔法使いアルティが、二人の飛翔に合わせて、火炎魔法を使い終えていた。

 火柱の先端を竜のあぎとに変えて、得意の《ミドガルズ・ブレイズ》をノイの背後に回り込ませて、『魔獣の腕』を無視して本体を直接狙う。


 慌てて、ノイは『翼人種』の羽をはためかせて、魔力のこもった爆風で背後を守ろうとする――

 という戦いの様子を、僕と一緒に黒い服の少女も見ていて、感想をこぼす。


「《あのは相変わらずですね、全く……。いつもいつも、真っ直ぐ過ぎます》」


 『光の理を盗むもの』ノスフィーが隣で、どこか自分の友を自慢するように、苦笑いを浮かべて呆れていた。


 いつの間にか、愛娘が僕の膝を突いた身体の肩に、手を当ててくれている。

 彼女だけは本当に特別だから、たくさんの感謝の言葉を届けたい――と思ったが、その前に彼女は首を振って、呆れた声を繰り返す。


「《お父様、さっきから特別特別と……。わたくしだけが特別というのは、ただの親馬鹿ですよ? なにせ、わたくしも最初は色々と間違えました。たくさん悪いこともしました。けど、お父様に叱って頂いて、助けられたから……いま、みんなと一緒になれたのです。ええ。わたくしもお礼を返したいから、『みんな一緒』がいいのです》」


 どこか自分の父を自慢するように、にこりと微笑みながら言った。


 そして、ノスフィーは僕から一歩離れて、身体を後ろに向ける。

 僕たち二人から数歩下がったところに、三人の男が立って礼をしていた。


 それぞれが胸に片手を置いて、軽く会釈している。

 装いはバラバラだ。

 だが、その腰にはそれぞれ剣が佩かれていた。 


 焦げ茶色の髪を整えた男は、商人のようだが気品ある装いで、黒の剣と鞘を。

 くすんだ栗色の髪を垂らした男は、使い込まれた動きやすい服に、水晶の剣と鞘を。

 金色の癖っ毛の男は、無地の真っ白な一張羅を着こなして、赤の双剣と鞘を。


 一同は一礼のあと、顔を上げながら短く自己紹介していく。


「騎士ティーダ、ここに」

「騎士ローウェン、ここに」

「騎士ファフナーニール、ここに」


 それは、主を前にする騎士の言葉。


 三人が主としているのはノスフィーだけでなく、僕も含んでいると視線から分かった。僕の「助けて欲しい」という呼びかけに対して、「無論」と応えていることも、よく伝わった。


 そして、一つ驚くことに、ティーダだけは僕のよく知る顔ではなかった。

 あの黒い泥の能面が、綺麗に治っていた。その人としての顔は、どこかパリンクロンやロミスの面影があるように見えて、遠縁だったのだと納得していく。


 さらに騎士の中で彼だけは、目を主から少し逸らしていた。

 前方で『北』の面々に守られながら仲良く、元『魔人』として活き活きと火炎を暴れさせているアルティに顔を向けて――本当に良かったという安堵の表情を見せてから、すぐにこちらへ戻す。


 ティーダは僕と同じくらい嬉しそうに目を細めながら、同僚の騎士たちに話しかけていく。


「《さてさて。相変わらず、世界には暗雲が広がっているようだ。……正確には、ワタシたちの知る暗雲が全て、この奥底まで押し込まれたと言うのが正しいかな? 本当にありがたいことだ。つまり、あとはここを晴らせば、長き夜が明けるということ。アレイス、我らの念願の『青い空』まで、あともう少しだぞ》」

「《ああ、これは本当に念願だね。ただ、念願なのは、他にもある。……カナミ、助けを求めることを恥じてくれるな。この為に騎士はいるんだ。今日だけは君の師であり親友であり、騎士にも私はなろう。……簡単に言えば、私たちにとって『終譚祭』は、一度やってみたかったことがたくさん叶う最高の一日ということだ! なあ、ファフナー!?》」

「《ええっ! 騎士らしく振る舞うのが、俺たち三人の望みでしたからね! このお祭りにあなたを起こさず誘わなかったら、後々恐ろしかったことでしょう! ――いやあ、くははっ! それにしても、主二人が一箇所に纏まってくれているのは、仕えやすくていい! これからは、ずっとそうしてくれよぉ、主カナミィ! んじゃあ、『北』のセルドラさんたちに負けず、こっちも『南』の最大戦力『御旗の三騎士』の力を見せてやろうぜえ!? なにせ、こっちには、ついについに! パーティーリーダー様がぁ――!》」


 旧知との談笑を広げた最後に、会話はノスフィーに向かって投げられる。


 すでに彼女の手には、魔法の棒《ライトロッド》が生成されていた。

 それを徐々に旗へと変形させながら、自らの騎士たちに命令を下す。


「《ええ、元『光の御旗』のわたくしが、リーダーとして応援しましょう。お父様を助ける手助けならば、それはもう全力で。――行きなさい、我が『御旗の三騎士』よ。あと、我が友ティティーに負けることだけは許しませんから》」


 そして、ノスフィーは楽しそうに、友の競争意識に乗っかり、その輝く旗を一振りした。

 合わせて、『御旗の三騎士』たちは「御意」と一礼してから、同時に動き出す。


 まずローウェンが堂々と真ん中を、その水晶の剣を弛まぬ鍛錬によって流麗に抜きながら、歩いた。


 負けじと、その右隣でティーダが黒の双剣を抜く。

 だが、流石に『剣聖』と比べると拙く、すぐに自嘲して、自分らしく黒い泥を剣先に滴らせた。

 その後ろを、一番の後輩のファフナーが赤の双剣を愛しげに抜きながら、付いていく。


 ――いま、千年前の『御旗の三騎士』の本領が見られる。


 そう予期したのは、僕だけでないようだ。

 三人の騎士が歩く先で、『北』の面々と力比べしていたノイの表情が、さらに歪む。


 そして、先の僕の戦いの焼き直しのように、先んじて『魔獣の腕』の数を増やした。肩や背中から新たに生やして、モンスターの如き八つ腕となったのだ。


 だが、そんな数で大丈夫かと、八つ腕で負けた僕はノイを少し心配する。

 なぜなら、まだいる。

 それも『理を盗むもの』の中でも特異点と呼べる存在が、九人目として残っている。


 その僕の思考を読んだように、また声は背後から聞こえる。


「《ええ、兄さん。私もいます……。いえ、ずっと私たちはいました》」


 『水の理を盗むもの』ヒタキの声に導かれて、顔を向ける。


 そこには最後の一人まで出遅れた妹が、別れ際の異世界服を纏って立っていた。

 いまさら顔を見せるのが恥ずかしいのだろうか、妹には珍しく、もじもじとしているのだが……。その腰に抱きついた別の少女が、続きを愉快そうに話す。


「《ひひひー! もちろん、私もー! いないわけないよねー、師匠ー!》」


 呼ばれてもいないのに、十人目として現れたティアラ・フーズヤーズだった。


 こいつは、こういうやつだ。

 そのお姫様のような装いに相応しく、自由奔放で我が儘。

 構っても調子に乗るだけの弟子なので、視線は妹だけに向け続ける。


 すると、陽滝は意を決した様子で、その心中を吐露してくれる。


「《……あの最後の日。私には、この日が読めていました。私が兄さんを『人』を超えるように育てたことで、その手がどこまでも届くようになり……、いつか全てを失う。その最悪な未来の心配をしていましたが……、違いましたね。どんな本でも、やはり『最初の頁』から『最後の頁』を読むまで、『答え合わせ』はできない》


 どうやら、陽滝が別れ際に心配していたのは、この『終譚祭』だったようだ。

 しかし、自らの予想を完璧に裏切られたことで、胸を撫で下ろしていた。


 陽滝は毒の抜けた瞳を僕から離して、この100層に満たされた『本物の糸』を見回して、全身で感じ取っていく。


「《ふふっ。この新しい『糸』たちのおかげで、『世界』が観る相手を変えていますね……。私にとって、これは二度目の経験です。兄さん、覚えていますか? 『元の世界』の最初の『主人公』は私でした。けど、途中から兄さんに変わったんです。兄さんは私から『主人公』を勝ち取った。……そう、最初から、兄さんは私に勝てていたんです。そして、その私に勝った兄さんに、現在いま、勝ったのは――》」


 たくさんの揺蕩う『本物の糸』に導かれるまま、その全てを集めている少年に陽滝は目を向ける。


 戦場の中心で膝を突いたライナーを見て、妹は微笑を浮かべた。

 対照的に、妹の腰に抱きついたオマケは五月蠅く、なぜか野次を飛ばす。


「《おらー! ライナー、立てー! 気合で立てー――あぁっ! ノスフィーちゃんの魔法で回復して立った! これは情けないぞぉ!!》」


 限界だったライナーが、歩いてきたノスフィーの光の旗の力で回復したのを見て、罵倒までした。


 そして、僕の騎士と僕の娘が、憎まれ口を叩き合いながら並び立つ。

 力を合わせて、ノイ相手に立ち向かおうとしているのが見えた。


 それだけじゃない。

 先ほど、北と南の代表者同士のティティーとノスフィーは、事前に戦果を競い合うようなことを言っていた。


 だが、実態は全く違った。


 みんな全力で協力し合っていた。

 まずティーダは、顔馴染みのアルティの隣に。

 続いてローウェンは、人生を懸けて求めた首級のティティーとアイドの隣に。

 最後にファフナーは、憧れの大先輩であるセルドラの隣に。


 ――はっきり言って、もう戦いの流れや内容なんて、どうでもいい。


 ノイは八つ腕だけでなく、知らない『翼人種』の能力や古代の次元魔法を駆使していたが、それよりも大切なことがありすぎた。


 みんなが北と南の境界を超えて、『みんな一緒』に力を合わせている。

 その光景を千年後の100層で見てしまって、僕は――


「ぁ、あぁ……」


 吐息が漏れる。


 いまも、北と南のコンビネーションと呼吸が綺麗に重なり合っているのが、はっきりと見えるのだ。

 心身の一致どころか、全員の気持ちが一致していく様子を見て、感慨深そうに陽滝は呟く。


「《兄さん、時代ものがたりが一つ前に進みましたね。この新しい時代ものがたりに合わせて、世界の視点も変わりました。そして、目を離された元『主人公』は……、『冒険』の果てに、大切なものを一つだけ手にします。……一つだけですよ? この私が、対等な相手を一人得たように》」

「《いひひっ。いやあ、ちょっと照れるね。師匠、陽滝姉を奪っちゃってごめんねー》」

「《……ティアラ、私はあなたの言う『魔法』を信じて良かった。でないと、この続きの頁は訪れなかったでしょう》」

「《全部が全部、私じゃないよー。これは私が信じた――、らすちーちゃんの信じた――、みんなの信じた――、師匠の本当の『魔法』の力!! 私の『魔石人間むすめ』や師匠たちの『本物の糸』が、私たちの『作りものの糸』を超えてくれたんだよ!》」


 そう言って、二人は嬉しそうに視線を、僕のさらに後方へ向ける。


 ――そこに、いま、いる・・のだろう。


 だが、まずはノイだと、陽滝たちは視線を逸らした。

 ずっと腰に抱きついていたティアラを離して――でも、手は繋いだままで、他の『理を盗むもの』のようにノイへと向かっていく。


「《そうですね……。ならば行きましょうか、ティアラ。私たちも負けていられません。こんな私たちでも、兄さんを守れるなんて、本当に最後の最後にお得な機会です。決して、逃せません》」

「《師匠を助ける勝負で、弟子と妹が遅れるわけにはいくまいて! じゃねっ、師匠!》」


 二人は並んで、前方に歩いて行った。


 こうして、100層の戦場に九人の『理を盗むもの』とオマケ一人が辿り着き、勢揃いする。ただ、その最後の増援の顔を見て、ノイは青ざめる。


「ヒ、ヒタヒヒッ――、ヒタッ、ヒタキまで!? ……い、いや、これは幻! ここにはボクとカナミ君しかいない! 現に、どいつもこいつも、千年前よりも数段劣っている! 『未練』のない『理を盗むもの』など、雑魚も雑魚!! いくら増えようとも、ものの数に入らない!! 見ろっ、まだまだボクのほうが上だ!!」


 だが、すぐに自分に言い聞かせることで、心を安定させる。

 本当にわざとやっているんじゃないかと思えるくらいに、先ほどまでの僕とそっくりだった。


 これだけ凶悪な次元の魔力と反則の魔法たちを持ちながら、ノイは追い詰められて、焦り、怯えている。


 だから、ノイと向かい合う十人は、やはり彼女は敵ではないと再確認していく。

 このノイ・エル・リーベルールも、自分たちと何も変わらない。たとえ時代を違えようとも、同じ『理を盗むもの』であり、助けるべき仲間の一人。


 『みんな一緒』には、彼女も含まれている。


 それがはっきりと分かったから、十人全員が一旦止まった。

 談笑できるくらいに黒紫の暗雲を押し返してから、一息つく。


 そして、並んだみんなが一人ずつ、また話を繋げていく。

 『理を盗むもの』戦では、戦いなんかよりも心と心をぶつけ合う言葉の応酬が大事だと、全員が身に染みて実感していたからだ。


 だから、まず勝手に出てきた『神聖の理を盗むもの』ティアラが、挑発するように――


「《うんっ。確かに、私たちの魔力は全盛期とは程遠いね、ノイさん。そんな私たちって幻かも? でも、雑魚それって、別に悪いことじゃないんだよね》」


 その彼女と手を繋ぐ『水の理を盗むもの』ヒタキが、とても冷静に続けて――


「《ええ、ティアラ。力の多寡に意味などない。幻か本物かも、最後まで誰にも分からない。たとえ『最後の頁』を読んだとしても、それは分からなかったこと》」


 その実感のこもった言葉に『無の理を盗むもの』セルドラは、誰よりも共感して――


「《ただ、分からなくても、構わなかったんだ……。本物か偽物かも、どうでもよかった。それでも、俺たちはここにいた。やることは何も変わらない。ただ、死んでも、助けたいだけ》」


 その笑う先輩の後ろを『血の理を盗むもの』ファフナーは、真似して笑いながら追いかけて――


「《ずっと俺たちは、世界カナミさんを救いたかった! そう願った心が、いま血も魂も超えて、俺たちの間で繋がっています……! いろんな色の見えない『糸』ってやつでなぁっ! くははははっ!》」


 その騎士の言葉を旗を立てている『光の理を盗むもの』ノスフィーが、分かりやすく言い換えて――


「《その『本物の糸』が全て、お父様まで繋がっていた。こうして、一言かけて頂ければ、いつでも勢揃いできるように……。ですよね、ティティー?》」


 その友の光る旗を一緒に持つ『風の理を盗むもの』ティティーが、懐かしそうに軽く――


「《そういうことじゃのうっ、ノスフィー! おかげで、いい感じに勢揃いできて、童は嬉しいぞー! で、そろそろやるかのう? いつものやつを! やらねば始まるまい! みんなー! せーの、じゃぞ!》」


 その姉の雑な号令に『木の理を盗むもの』アイドが、やれやれと補足をしていき――


「《ええ、合わせましょうか……。みな様、ここでずれたら格好悪いですよ。しっかりと文面は『繋がり』より確認するように。特にローウェン様は、ご注意です》」


 その国を超えた新たな友人に指摘された『地の理を盗むもの』ローウェンは、自分の不器用さを心配しつつ――


「《あ、ああっ! これだけは絶対に間違えるわけにはいかないことだ。あれは私だって、できたこと……。私だけ、決め台詞がずれるのは……。よしっ!》」


 その必死に確認する同僚を見て『闇の理を盗むもの』ティーダは、心から優しげに――


「《ほんとそういうの好きだよな、アレイス……。だが、何も心配しなくていい。ちょっとくらいずれても、誰かが上手くフォローしてくれるさ。みんなを信頼して、自信を持って紡げばいい。大事なのは、心からってこと。……だろう、アルティ?》」


 最後を締め括るのは、最初に駆けつけた『火の理を盗むもの』アルティ。

 ティーダに聞かれて、彼女がみんなの心からの本音を纏め上げる。


「《その心からの――心を、偽らない。それだけで、多くのことが解決できた。ただ、それに気づくのが、私たちは少し遅れてしまったようだ。ただ、少し遅れただけのこと。ここからでも、十分に取り戻せる》」


 そのアルティの言葉に、すぐに他九人は同意して頷いた。


 ああ、本当に……。

 みんなの言葉が、まるで『詠唱』のように繋がっていく……。


 間違いなく、ここまでの全てが、僕の『詠唱』の手助け。

 『理を盗むものみんな』が一人現れるごとに、100層の景色は明るく変わっていった。

 見る人によって姿を変える100層に、少しずつ天上からの陽射しが差し込み始めた。


 ノイの周りに黒紫の暗雲は、まだまだ溢れている。だが、『理を盗むものみんな』の周りは、全く逆の光が溢れている。


 ――白虹の光だ。


 様々な色が混ざっている。

 しかし、補色のように濁ることはない。

 透き通るように綺麗な白虹の光が、みんなから満ち始めている。


 そう思ったが、少し違うと自らの身体を見て、気づく。

 白虹の光の出所は『理を盗むものみんな』だけでなく、僕もだった。


 ――僕の身体から微かだが、ラスティアラと同じ白虹の魔力が溢れている。


 そのとき、僕は『たった一人の運命の人』のラスティアラの言葉を、再度思い出す。

 何度でも思い出せる。


 いつかの夜に、僕たちは「最終章の《最後の敵ラスボス》と戦うとき、一番大切なのは仲間たちとの絆――」と話した。その話が予言だったかのように、僕の『最後の頁』は仲間たちに詠まれていく。


 僕を助けてきた十人が。

 助けてくれた僕を、助け返そうと。

 声を揃えて、宣言してくれる。



「「「「「「「「「「《――ここが・・・この・・理を盗むもの・・・・・・たちこそが零層・・・・・・。『月の理を盗むもの』カナミの階層だ。久遠の時を経て、ついに至った。我らを救ってくれた世界あなたを救うために……、最後は『みんな一緒』で救い返そう! 『第零の試練』として、いま、ここに葬祭を始める!》」」」」」」」」」」



 全ての始まりは、カナミ


 だから、零層と。

 みんなが証明してくれて、『第零の試練』まで始まった。


 それを聞いたノイは、怒りで肩を震わせる。


 いまのは厳密に言うと、僕が倒された宣言であり、ノイ・エル・リーベルールを助ける宣言なのだが……。彼女は一切信じ切れず、不安のままに、自分は絶対に倒されないぞと全否定していく。


「ふ、ふざけるなぁ……! ここは100層だ! 零層なわけない! というか零だと、それはもう地上だろう!? おまえたちはいつもいつもっ、勝手だ! 好きなところで、好き勝手なことばかり言う!!」


 真っ当過ぎる文句だった。

 その文句に、こちらの十人も思い当たるところがあるようで、誰も言い返すことはなかった。


 ああ。

 いまの宣言は間違いなく、『矛盾』している。


 ただ、それが『月の理を盗むもの』相川渦波の階層の特徴。

 その僕の本質を、十人は『本物の糸』のおかげで理解していた。

 だから、何も問題はないんだと、ノイの文句を受け入れながら、『第零の試練』を始めようとする。


 その勝手過ぎる十人の態度に、ノイは感情を逆撫でられたようだ。

 黒紫の暗雲を「ふざけるなっ!」と叫び増やしながら、過去最大の《ブラックシフト・オーバーライト》を展開していく。


 宣言が終わって、100層の『第零の試練』が始まった。

 挑戦者の■■■の大津波が、向こうから押し寄せてくる。


 それは十人揃っても、押し返すのは楽なことではない。

 いかに100層が白虹の光で満ちたとはいえ、相手は僕の作った最悪の魔法だ。

 その上、こちらの十人が全盛期と程遠いのも真実。


 なにせ、僕の願いは「ほんの少しでいいから」だ。

 その『詠唱』が求めたのは、ささやかな希望だけ。


 みんながそれぞれの得意な属性魔法を使用しても、簡単に黒紫の暗雲を押し返すことは難しい。


 ――だから、大事なのは、ここから。


 この先が本番だ。

 これから僕は術者として、召喚した十人に「助けて欲しい」と願う。

 さらなる続きを詠んで、魔力をこめる。

 その末に、僕の本当の『魔法』を使う。


 ここから大勝利するには、最後のピースである僕は必須。

 早く三節目を紡がないといけない。

 ここまでの仲間との絆を示すように、物語のフィナーレを彩り、飾り付けて、本気で格好つけて、詠み切ろう。そう決心したところで――


「それはちょっと待ってね、お兄ちゃん」


 真下から、ストップがかかった。


 その呼び方をするのは、一人だけ。

 思い当たるままに、視線を自分の影に向けた。

 すると、そこには褐色肌に黒衣のみの少女が這い出てくるところだった。

 『魔法生命体』であり、童話の死神グリム・リム・リーパーが、いつの間にか僕の影に潜んでいた。


 リーパーは僕を呼び止めながら立ち上がり、視線を前方で暗雲を斬り裂くローウェンの背中に向けた。

 ただ、すぐに膝を突いた僕に向き直って、最後の親友との約束通りに、毅然とした強い顔を見せる。


 その表情からは「もうアタシの心配は要らない」としっかり伝わってきて、その強さ通りにリーパーは自分の役割を果たしていく。


「というわけで、アタシが最後の審判をしに来たよー! どう見ても、『決闘』はラスティアラお姉ちゃんの勝ち! そこに文句はもう出ませんねー? いやぁ、アタシはお兄ちゃんの負けを信じてたよ!」


 ここに来て、とても軽い調子でリーパーは笑っていく。

 その上で、悪魔の囁きも行う。と言っても、それは彼女らしい小悪魔な誘惑だ。


「でもさ……、もっともっとラスティアラお姉ちゃんに負けてみない? ここから、さらにさらに信じてみない? そっちのほうが、いい感じになるって思わない? ――ノイお姉ちゃんの言うとおり、零層まで辿・・・・・り着いたら・・・・・それはもう・・・・・地上なんだよ・・・・・・! いひひっ!」


 そう言えば、リーパーと最後に別れたとき、眠るマリアを看病するように付き添っていた。

 しかし、いまここにいるのは、リーパー一人だけ。マリアがいない。スノウもいない。


 その疑問を晴らすように、空が揺れる。


 見上げると、100層の天上てんじょうが震えていた。

 100層は別次元ゆえに、99層との境はない。だというのに、まるで上から強く叩かれているノックされているかのようだった。


 確かノイはつい先ほどまで、『血の理を盗むもの』代行の清掃員ちゃんの敗北に合わせて、地上からの侵入者に対応していたはずだ。

 そのノイが、いまここにいるということは、つまり――


 もっといい流れ・・・・・・・を、100層だけでなく迷宮全体から感じ取った。


 繋げるのは『北』と『南』だけではない。 

 『地上』と『地下』も。

 『現在』と『過去』も。


 『詠唱』はしつこいくらいに、どこまでも。

 もっともっといい未来に向かって、行ける。


 だから、ノイと僕に続く次元魔法専門家のリーパーに向かって頷き、「ああ、頼んだ。みんなとも繋げてくれ」と頼った。

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