501.『本物の糸』
これが最後。
その大切な最後の戦いで、まだ僕は誰かに身体を貸している。
だから、これは僕が戦っているようでいて、実の所ただ繋げているだけ。
「――『私は
だが、それがいい。
それが僕にとっての最高の戦い方であり、一撃となると知っていた。
「――
黒い双剣に燃え盛る炎が纏う。
その属性変化によって、闇を飲み込もうとしていた氷の
一見すると、基礎的な炎剣の魔法に見えた。
だが、本質は全く別と、すぐにキリストは気づく。
「アルティ……!? ありえない……! だって、彼女を持ってるのはこっちだ……!」
僕の知らない名前を出して、氷の剣も
しかし、そこにも『黒い糸』は張り巡らされて、力強く脈動し続けている。
――繋がっている。
まるで喋るように震え続ける自らの身体の『黒い糸』。
その力が、《ライン》を模した
「もしかして……、ぼ、僕なのか? 僕自身が魔法を使ってるのか……!? ライナーに!?」
魔法構築と宣言が、虫モンスター特有の翅脈の
。
つまり、魔法《
僕は笑みと一緒に、双剣の焔の赤色も深める。
意気揚々と楽しく、その借り物の力たちを全力で振るっていく。
「燃やし尽くせ! 『忘却』の『
「…………っ!? も、燃やし尽くし返せっ! 『忘却』の『
咄嗟にキリストも炎剣を作り、叫び返した。
無詠唱の《フレイムフランベルジュ》が八つ腕から伸びて、こちらの双剣と打ち合わせられていく。
どちらの猛火も尋常を超えていた。
その僕の双剣と八つの炎剣が拮抗して、鍔迫り合いの形となる。
あと少しで、剣が届きそうで届かない僕たちの炎の刀身。
そのもどかしく危険な状況で、僕の喉から勝手に紡がれるのは――
「――『私は
それは、とある剣士が届きたいと願い続けて、ついに至った『詠唱』。
「――『拒んだのは
それが誰の
キリストも誰なのかに気づいて、次を予期したのだろう。
口を大きく開け広げて、喉奥から嗚咽を漏らしていく。
「あ、あぁ……、ロ、ローウェン……?」
『火の理を盗むもの』の次へ。
次から次へと、本当の『魔法』は繋がっていく。
その親し気な友の
(――間違えさせない。これは『
それが聞こえたとき、キリストの両の目が滲む。
しかし、僕は容赦なく、次へ。
「――
僕たちの炎剣が、剣聖の神業によって振り抜かれる。
弛まぬ鍛錬の果ての一閃は、時空を超えて、目の前の炎の壁を無視した。
まるで鍔迫り合いなどなかったかのようにすり抜けて、奥にあるものを斬る。
キリストの『魔獣の腕』が六つ、根本から絶たれて、宙を舞った。
「――――っ!」
僕と同じ二本腕に戻ったキリストは息を呑む。
痛みが理由ではないだろう。
絶対的優位でなければ、至近距離でまともに相対するのは嫌なのだ。キリストは怯えるように後退して、逃げようとする。
だが、そんな情けない
「――『自分は唯一人、名も何も無き童の魂』――」
それは、とある童が帰りたいと願い続けて、ついに至った『詠唱』。
「―― 『迷い子は
『地の理を盗むもの』の次へ。
次から次へと、本当の『魔法』は繋がっていく。
その郷愁に駆られる穏やかな
「――
発動するのは、いま、『ここ』に帰り続ける最高の帰還魔法。
キリストは後退しようと大きく跳び、地面に着地した。だが、僕たちの間の距離は全く変わっていない。
特殊な空間固定の魔法によって、キリストは移動に失敗した。
そして、当然ながら、その魔法と『詠唱』にも次はある。
いや、この
「――『この身は地獄路を疾走する魂』――」
それは、とある童も帰りたいと願い続けて、ついに至った『詠唱』。
「――『童を堕とした
『木の理を盗むもの』と重なって。
弟と姉の本当の『魔法』は、既に繋がり終えている。
その郷愁に駆られる幼い
「――
背後から、風が吹き抜けていった。
ただ背中を押すだけではなく、視界の両端に翠色に薄く輝く風の壁も生んでいる。
僕からキリストまで、彼女の作ったトンネルが伸びて「行けー!」と促される感覚。
その魔法は、もう落ちるのではなく、前へ。
故郷という大切な
(――ライナーたちは自分の最後の教え子です。手強いですよ、カナミ様)
(――童も教えたよ! 本当に大切な宝物の場所を!)
僕の師である姉弟たちの魔法により、キリストまで続く道が生まれた。
それは、この一対一の決着を、優しく
後退どころか、どこにも逃げられなくなったキリストは呻く。
「……くっ!」
自分がよく知り、使ったこともある魔法たちだからだろう。
この
すぐにどうにかしなければならない。
流れの根元を絶たなければならない。
キリストは焦りに焦り、全ての原因が誰にあるのかを急いで、分析し終えたようだ。
結果、僕ではない口から、次に待ってくれている人たちの名前が示されていく。
「セ、セルドラッ!! ファフナーもだ!! おまえたちが、さっきから!! この戦いを、ずっと! ずっとおまえたち二人があぁああっっ!!」
キリストはよく分かってくれている。
もちろん、その二人のおかげだ。
二人が『魔法』を使い終えて、100層の
言いたいことも全て言い残して、先に行ってしまった。
なので、僕は繰り返したい。
キリストを追い詰める原因を、もっと強めたい。
もっともっと大きな声で、もっともっともっと遠くまで届くようにと――!
「――『空に手を差し伸べて、俺は
それは、とある亡霊が救いたいと願い続けて、ついに至った『詠唱』。
「――『愛しき声を頼りに歩いた。いま魂の歌に合わせて、空に触れる』。――
『風の理を盗むもの』の次へ。
次から次へと、本当の『魔法』は繋がっていく。
合わせて、互いの背中を憧れ合った
「――『人を殺し吐く人殺し』――」
それは、とある竜人が謝りたいと願い続けて、ついに至った『詠唱』。
「――『蟲毒を盛られ続けた躰』『俺も
『血の理を盗むもの』の次へ。
次から次へと、本当の『魔法』は繋がっていく。
それは憧れてくれた後輩に恥じぬ力強い
輝く風の道の中で、赤光と『黒い糸』の色が急速に濃くなり、際立っていく。
同じ『魔法』の二度目の発動は無駄かと思ったが、想像以上に強まった事実に僕は驚く。
一人が繰り返しただけでは、こうはならないだろう。
かつて『舞闘大会』で見たリーパーとカナミの『魔法』の受け継ぎと昇華に、少し似ている。
違う魂が受け継いで、さらに次へと昇華していくからこそ、この重ね塗ったような濃い赤と黒となったのだ。
昇華された
さらなる流れの悪化を恐れたキリストは急ぎ、その全ての原因に向かって手を伸ばす。
「セ、セルドラだけでも! セルドラさえ抜いて捨てれば! それで、この『最悪』の連鎖は止まる!!」
自らの右腕に、紫の魔力を纏わせた。
これは見慣れている。《ディスタンスミュート》を自分に対して使用して、皮膚に張りついた『黒い糸』や『無の理を盗むもの』の魔石を取り除くつもりだ。
キリストならば自分が不要と思ったものだけを選び、抜くことができる。
その反則的な力で、この『魔法』の連鎖を止めることができる。
――が、止まったのは、逆。
そのキリストの《ディスタンスミュート》を纏った右腕だった。
自らの胸に触れるまで、あと少し。
ほんの少しの直前のところで、凍ったように『静止』していた。
いま、キリストの右腕は《ディスタンスミュート》が発動している
。
この最後の戦いに至っては中級魔法のような扱いだが、本来ならばありとあらゆる障壁を無視して、防御も妨害も不可能にする最上位の次元魔法だ。
それをこうも軽く止められるとすれば、世界に一人だけ。
「……ひ、陽滝?」
キリストは動かない自分の右腕を見つめて、震える唇から妹の名を漏らした。
答え合わせは、僕の端の吊り上がった唇から返される。
「――『生の始りに凍え、死の静かに凍る』――」
それは、とある異邦人が止めたいと願い続けて、ついに至った『詠唱』。
「――『私は私独りで終わっていく』 『
『無の理を盗むもの』の次へ。
次から次へと、本当の『魔法』は繋がっていく。
その大切な家族を心配する
(――ティアラ、ありがとうございます……。あなたを信じて、本当に良かった)
(――私も信じただけだよー。お礼なら、本当の『聖人』ちゃんに言ってね)
安堵し、一緒に重なった
それを聞いたキリストは、羨望からか目尻から涙を流れ落とした。
その羨ましい二人に触れたくて、なんとか右腕を自らの胸に入れようとする。
絶対に負けられないと、全身を使って抗っていく。だが――
「……動か、ない。いや、この程度、まだ……。まだ僕には……、家族がいる……。ま、『魔法』だって……――」
すぐに諦める。
妹の『静止』の突破を断念して、まだ動いてくれる逆の手を動かした。
その先は、何もない宙。
見えない袋に手を入れるかのように、その手首から先が100層から消えた。
キリストの信頼する反則的な手札の一つ。
『持ち物』だ。
そこには長い二年の『冒険』の果てに、二つの世界のアイテムが無数に揃っている。
無限の状況を打開するための無限の物資が詰まった『持ち物』を
「…………。そ、そんな……!」
本当なら、その『持ち物』の中に、この状況を打開するものがあったはずなのだろう。
だが、ない。
先ほどシアの身体を弄ったときと同じように、目的のものが一向に見つからない。
その事実に、絶望で顔面を染めたときのことだった。
立ち尽くすキリストの奥に、そのシアの身体を肩に背負った少女が膝を突いているのが見えた。
いつの間にか身を起こしていた彼女が、いまの「そんな……」という呟きを、とても嬉しそうに笑い飛ばす。
「ふっ、ふははっ……、あーっはっはっはっは! ティアラ様!
先ほど、得意の《グラヴィティ・グリード》を打ち破られて、優しく気絶させられていたはずのノワールだった。
シアを背負い抱える腕とは逆の手に、膨大な魔力の詰まった
「ノ、ノワールちゃん……!?」
「英雄様ぁ、お忘れですか? それとも、もう私は眼中にありませんでしたか? しかし、その『持ち物』はティアラ様や使徒レガシィと共同作成した魔法。正式名称は、呪術《マジックバッグ》――」
だから、ティアラさんと縁の深いノワールならば、先ほどの呪術《ライン》と同じく、呪術《マジックバッグ》にも干渉できると――距離によっては、こうしていつでも掠め盗れたのだと、二つの魔石を手に勝ち誇っていた。
間違いなく、キリストが迂闊だったろう。
これだけティアラとレガシィの遺志が色濃く、さらには千年後の人たちに受け継がれていく状況で、『持ち物』が自分だけのものと思い込んでしまった。
その油断により、『持ち物』に大切に仕舞われていたはずの魔石が二つ。
ノスフィー・フーズヤーズ。
ラスティアラ・フーズヤーズ。
キリストの大事な家族二人が抜き取られていて、ノワールの懐に仕舞われそうになる。
キリストは今日一番の激昂と絶叫を口にする。
「か、返せっ、ノワールちゃん!! それだけは許されないっ!! すぐに返せ! 返せ、返せ返せ返せぇええエエエエ、ノワール!! ノワールゥウウウッッ!!」
もはや冷静さは皆無。
まず『静止』した腕を無視して、乱暴に引き千切った。
隻腕となったキリストは、《ディスタンスミュート》は残った腕に移してから、血を撒き散らしながらノワールに駆け向かっていく。
もうキリストはノワールに容赦しないだろう。
それだけの殺意が身体から迸り、空気を揺るがしていた。
先ほど気絶させた温い判断の過ちから、今度は「たとえ殺してでも」という本気の気概さえ感じられる。
「
ただ、ノワールにとっては、その手加減なしの殺意こそが待望。
やっと世界に誇る英雄様が、自分を対等以上の敵と認めた。
その瞬間、恍惚として胸に手を当てる。
そして、とても満足げな吐息を出してから、詠み始める。
……どうやら。
最後の彼女だけは、本当に僕が嫌いなようだ。
妹たちの一人である『
「その悲鳴が聞きたかった。そして、ノスフィー様。いまならば、また私も同じように『素直』になれる気がします……。(――『いま、私は旗を捨てる』)」
それは、とある娘が生きたいと願い続けて、ついに至った『詠唱』。
「(――『
『水の理を盗むもの』の次へ。
次から次へと、本当の『魔法』は繋がっていく。
その大切な娘の
「――――っ!!」
止まるしかなかった。
その魔法の効果は、誰よりもよく知っている。
いまノワールを魔法で攻撃しても、全てを大切な娘の身体が代わりに受けるだけ。
あと少しで、《ディスタンスミュート》がノワールの胸を貫くというところだったが、それ以上は手が出せない。
中途半端なところで止まり、悔しそうに唸る。
「ぐ、ぅう……!!」
一時的とはいえノスフィーがノワールに協力したのは、大好きな父の手を血で染めたくなかったからだろう。
それをキリストは父として瞬時に理解して、娘の優しさと愛情によって苦しんだ。
「さあさあ、英雄様? 早く敗北を認めて、私の人生の勝利を祝ってくれませんか?」
その止まったキリストの悔しげな顔に向かって、ずいっと笑顔を近づけて挑発するノワール。
ああ、本当に……、有り難い。
ずっと彼女は
この戦いに限っては、あのパリンクロンやティアラたちに匹敵しているかもしれない。
しかも、その強さの上に、彼女は決して自分一人の力だけで戦おうとしない。
僕と同じく、全力でみんなを頼っている。
それは家族のルージュだけではなく、ハイリさんやシアも。
パリンクロンやティーダたちからは、明らかにノワールは「少年
そして、かつてのアイド先生が見守ってくれる中で、自分と同じ『
さらに言えば、ラスティアラとラグネさんもだろう。
いまノワールの懐の中で、明らかに二人も魔法を使っている。
その総力をあげたノワールへの過剰な贔屓を、目の前のキリストも感じているのだ。
「ぁ、あぁ……、ぅう……!!」
自分の家族たちさえも揃って、赤の他人のはずのノワールに賛同している。
その事実に、キリストは小さく首を振り続ける。
それは戦う前から分かっていたことのはずだった。
だが、ずっとキリストが目を逸らしていた事実でもある。
それがノワールの手によって、いま目の前に突きつけられてしまい、キリストは迷子の子供のように泣きそうになる。
その背中に僕は向かいながら、ノワールによるノスフィーの代弁の続きを聞く。
「ノスフィー様は、こうも仰っていますよ。(――お父様、一緒というのは通じ合うこと。……だから、どうかお願い致します。もう一度だけ、わたくしと一緒になってくれませんか?)と」
「ノ、ノスフィー……、違うんだ……」
キリストは限界まで顔を歪める。
有り難いことに、まだノワールは全力で囮をしてくれて――その視線を、一瞬だけ僕に向けた。
ノワールが最後に頼ったのは、僕。
分かっている。
だから、既に全力で《
そして、兄様とパリンクロンでも成功できなかった挟撃を、いま僕たちで成功――
いや、兄様とパリンクロンが準備して譲ってくれた挟撃を、いま僕たちで繋げていく。
「キリスト! ノスフィーのやつの願いを思い出せ。もちろん、みんなの願いもだ。ここにある『理を盗むもの』の魔石は全て、あんたを苦しめる為にあるんじゃない! そんなわけがない! これはあんたを助けたいと願って、遺された『
「…………っ!!」
『本物の糸』のおかげで、完全に流れは変わった。
その僕の叫びに反応して、キリストは慌てて振り向く。
いつの間に、こんなに近くまで来ていたんだと、心底驚いた表情をしていた。
本当に視野が狭い。
だが、これがキリストだ。
所詮、いま持っているスキル『並列思考』『分割思考』は妹からの借り物で、全く使いこなせていない。
その根っこにあるのは、むしろ逆。
たった一つのことだけをやり遂げる力だけ。
簡単に言えば、器用じゃないのだ。
何か一つに集中したら他が疎かになってしまい、すぐに奇襲されたり、裏切られてしまう。
なのに、世界を救う?
無数の魂たちを管理して、世界中の人々も『幸せ』にする?
いま向かい合って戦っていた相手に背中を取られて、不意打ちを受けているあんたが?
冗談は休み休みに言えと、僕は双剣を前に突き出す。
その突きは両方とも、振り向いたキリストの無防備な胸部へ突き刺さった。
深くまで、炎を纏った黒き双剣が
ただ、ダメージを与えるのが目的ではない。
ここまで来れば回復魔法どころか、『
なので、僕の狙いは最初から一つ。
最初にアイド先生とティティーを奪ったときと同じだ。
――剣先による
ここまでの連続の『魔法』たちによって、それが可能な繋がりは十分過ぎるほどに生まれていた。
『魔法生命体』としても、キリストの身体は物質として揺らぎ揺らいでいた。
だから、カッと剣先に固いものが触れた瞬間。
さらに僕は一歩前に踏み出して、これはみんなからの
「みんな、あんたに命懸けで助けられた! だから、あんたを助けたいと死んでも願っている! そのみんなの『
不安定になったキリストの胸部から、まず二つ。
『無の理を盗むもの』と『火の理を盗むもの』の魔石を突き押し、出し切る。
さらに剣が水に沈んだかのように柄まで体内に入り、僕の僅かに緩めた手が、もう二つ。
『水の理を盗むもの』と『ラグネ・カイクヲラ』の魔石を握ってから、剣を――というよりも、握り拳を左右に振り抜いた。
炎と黒い泥はキリストの体内に残し、その身体の横を僕は通り過ぎて行く。
同時に、空間固定と風の道の魔法も解除されて、晴れた。
「がっ、あぁああっ――!!」
キリストは肺を魔法の双剣で攻撃された。なにより、肺よりも大切な
それを背中に聞きながら、押し出された二つの魔石を綺麗にキャッチしてくれていたノワールを脇に抱きかかえる。
その勢いのまま駆けて、数歩分ほどの距離を取った。
すぐさまノワールを背に守る形で、今度は僕が振り向く。
ここまで協力してくれたみんなの願いを代弁しながら、双剣を構え直し、伝え終える。
「――でないと、みんなが死んでも死に切れない……!!」
その言葉の先で、キリストは離れて行った魔石と僕たちを見て、涙を流しながら隻腕を前に伸ばしていた。
だが、すぐに伸ばした手を口に持っていき、顔を顰めながら膝を突く。
吐き気があるのだろう。
だが、その胃にまともな
なので、その口から出るのは、もっと違うものだった。
「うぅっ……、ぁあ、ぁあああぁぁ……――」
口に手を当てても、その隙間から濃い紫の魔力が大量に漏れ出していく。
原因は、『理を盗むもの』の魔石が急激に減ったことによる魔力の器の収縮――つまり、最大レベルの減少だ。
もう残っているのは、キリスト自身の魔石一つだけ。
おそらく、いまのキリストのレベル上限は30前後あたりだ。
つまり、過剰な60レベル分以上の『魔の毒』が、強制的に放出されている。
その吐き出す姿を見て、僕は安心する。
ここでレベルのコントロールが出来ない場合は、僕が《レベルアップ》や《レベルダウン》をかける必要があったのだが、その必要はなさそうだった。
ただ、急ぐ必要はある。
地上から送られてくる魔力によって、この吐瀉は止まらず、いつかは体力の限界を迎えたキリストは完全なるモンスターとなるだろう。
その前に、僕は提案しないといけない。
決着がついた今ならば、その資格がある。
「キリスト。あんたの『未練』はたった一人、ラスティアラ・フーズヤーズ……。ラスティアラに会いたい。それだけのはずだ」
大前提の話をする。
同時に、もう一つの大前提も、キリストに突きつける。
「それだけなのに、どうして世界まで救う必要がある? 『魔の毒』を管理して、いつか『最深部』の先まで行くなんて、余りに遠回り過ぎる。あんたは不相応で『夢』のような話ばかりで、現実的な話から遠ざかり過ぎだ」
それを聞いたキリストは、苦渋の顔を上げて僕を睨む。
口を手で押さえた状態でも、反論の声は抑え切れないようだ。
「あ、ああ。僕は、どうしても『ラスティアラ』に会いたい……。ただ、その為に世界を救う必要があるんだ……! 遠回りじゃない! 『魔の毒』の管理者という上位次元となって、不可能を可能にする存在になるしか、他に方法はないっ!!」
こうキリストが答えるのは、最初から僕は分かっていた。
だから、必要なのは代案だ。
用意してきた新たな大前提を、僕は提案していく。
「いや、他に方法はないと決めつけるのは、まだ早い」
「あるわけない!! 僕に分からない答えを、他の誰かが見つけられるわけがないんだ!!」
「ああ、確かに僕じゃ見つけられなかった。だから、これは千年前、あんた自身が見つけた答えになる」
キリストの驕りに驕っていても間違ってはいない真実に、僕は同意した。
その上で、既に見つかっていると伝えもした。
結局、僕は最後まで他人頼りとなる。
繰り返すが……だが、それがいい。
自分じゃなくて、目の前の主キリストを信じて、僕は提案していく。
「千年前、あんたが妹さんを救う為に立てて、失敗した『迷宮計画』。あれを今度こそ、本当の意味で成功させるんだ。それだけがあんたとラスティアラの病も呪いも治して、救える道だって、そう僕は思ってる」
「せ、千年前の……、僕の『迷宮計画』だって……?」
それを聞いたキリストは困惑していた。
その困惑の間にも、話は続ける。
「もちろん、あんた一人で考えた古いアイディアだけじゃ駄目だ。千年前のあれは、協力者のはずのティアラさんもレガシィも裏切っていたせいで、欠陥だらけで……。だから、今度はみんなだ。『みんな一緒』に協力して、やろう」
当たり前だが、その話は急すぎたのだろう。
そして、それはキリストだけでなく、
100層というゴールで、また迷宮作りの話が繰り返されて、より一層と視線の困惑の色は濃くなる。
すぐに僕は、視線の先にいる『切れ目』にも目を向ける。
奥にいる
「その為に、まず聞いて欲しい。僕とノワールの、『次の迷宮計画』を。『夢』のような都合のいい未来じゃなくて、『現実』の目標の話をさせてくれ」
この新たな大前提は、
ここまでの千年の戦いを見守った
つまり、『みんな一緒』とは、
ここまでの『詠唱』全てが、
――いま、『貴方』は何を感じて、何を考えて、何を求めていますか?
大事なのは話し合いだと、僕は最後の戦いで再確認して。
こちらからも、視線で問いかける。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます