486.亡霊が七十層を案内します。どうか貴方も、夢から覚めますように。
ようやく、俺は誰かを救えた。
地獄に戻り、やっと一つの「いつか救われる」を果たした。
さらに言えば、愛する人とも結ばれて。
――【ニール・ローレライ】は『幸せ』になれた。
だから、これで俺の役目は終わり――
とはならなかった。
俺を楽な道には行かせまいと、愛する幼馴染は責めるように、【ニール・ローレライ】に足す。
(――もう私は『夢』の続きを見れません。けど、【ニール】は違う。いや、【ファフナーニール・ヘルヴィルシャインローレライ】は違う――)
地獄の『黒い糸』の前で、【ファフナー・ヘルヴィルシャイン】のほうの責任も取れと言ってくれた。
(――この《
突き飛ばしてくれた。
グレンの『黒い糸』もセルドラさんとの縁も、本来は君のものだと言うのに。
彼女と混ざった身体を渡されて、あの血溜まりから一人だけ抜け出てしまう。
俺は愛する人と「地獄で一緒に死のう」まで約束したというのに、それを果たせなかったのだ。
そして、99層から先は、下から響く
歩きながら、悲しくて、涙が出た。
だって、愛する人だけが、地獄の底に落ちていってしまったのだから、当たり前だ。
しかし、それでも。
それでもだ。俺は笑って、愛する人の遺言を守りたかった。
自分の嘯いた責任を全て、俺は取るよ。
その姿を、『
ローレライの魔石が混ざった『ヘルミナの心臓』を引き摺ってでも、迷宮の『最深部』を目指し、そして、いま――
その先にいたセルドラさんを看取った。
『御旗の三騎士』の代表【ファフナーニール・ヘルヴィルシャインローレライ】として、戦い始めた。
その名で戦っていると、『光の御旗』ノスフィーが消えた日を少し思い出す。
あの日、俺は主ラグネを救えなかった。元主のノスフィーもだ。
騎士だったのに、何もできなかった。何も止められなかった。
けど、それを後悔しない。無駄にもしない。次へと繋げることだけを考えて――
「――カナミ、今度こそあんたを止めて、救う!! 『本当の騎士』として、必ずな!!」
叫び、石畳の道を駆け抜けて、行く。
身体は軽かった。
あらゆる
最期の灯火を燃やしているからだろう。
一切の『糸』の絡まらない身体は自由で、飛び跳ねるように軽く、動いてくれた。
まず、右手に持った『ヘルミナの心臓』を抜いて、斬りかかる。
二倍の重みの赤い剣が、カナミさんに襲い掛かった。
「――――っ!!」
カナミさんは慌てて、『持ち物』から『クレンセントペクトラズリの直剣』を取り出して、受け止める。
『なかったこと』にするのでも、時間を巻き戻すのでもなく、ただ普通に剣で受け止めただけ。
その事実から、いまのカナミさんの異常な消耗具合が伝わる。
セルドラさんが命懸けで作ったダメージが積み重なっているのだ。
その『半魔法』となった身体に、大きな隙が生まれているのだ。
休む間は、決して与えない。
手も口も絶え間なく、動かし続ける。
「カナミィ、もう『夢』からは覚めようぜ!? 好きな人を無視し続けて! 自分のやりたいことだけやって! それで、いつか一緒に死ねる!? ははっ、くははっ、甘いなぁ!! 案外、そういうことに女性は厳しい! 厳しかったぞ!! ははっ、くはははははっ! だから俺はフラれて来たぁああっはっはっはっはぁああああ――!!」
叫び泣きながら笑って、俺は騎士として、主に女性の扱いを忠告してみた。
ついでに、俺は左手で抜いた『アレイス家の宝剣』も振るった。
その手から伝わる同僚騎士ローウェンの教えのままに、双剣の『剣術』を以ってして攻め続ける。
堪らず、カナミさんは不安定な身体から魔力を絞り出して、使い慣れた氷結魔法を左手に構築する。
「……くっ! ――《アイスフランベルジュ》!」
向こうも双剣となり、こちらの攻撃を受け止めていく。
いかに騎士ローウェンと同じ『剣術』を持てども――いや、持っているからこそ、同じ技量で防御し続けるだけでは危険だと、こちらの『アレイス家の宝剣』を過小評価しなかったようだ。
ああ、その通り。俺の双剣は、ただの武器ではない。
【絶対に砕けない】。
【二度と戻らない】。
二つの力をカナミさんはよく知っているからこそ、全力で防御に専念して、さらに『火の理を盗むもの』アルティの力も足していく。
「剣を伝え! ――魔法《フレイム・フランベルジュ》!!」
右の『クレンセントペクトラズリの直剣』が燃え盛った。
ただ、その火の粉が俺の身体に届くことはない。
纏った『闇の理を盗むもの』ティーダの
有り難いのは、あの超絶に人間不信だった彼ならば、『糸』といった精神干渉を絶対に弾いてくれると。『闇の理』は時間干渉も含んだあらゆる干渉を寄せ付けないという信頼があった。
だから、火と氷が粉舞う中でも、俺は全力で道を前に突き進める。
セルドラさんだけじゃない。みんなのおかげで、いま俺は――
「くはっ! くははっ、じゃあこっちも伝えぇえエ!! ――《ディスタンスミュート》ォ!」
楽しい。
なにより、防御を忘れて全魔力を攻撃に集中させられるのが、嬉しい。気分がいい。心が舞い上がっていく。
だから、カナミさんを真似て、俺も剣先に魔法を乗せた。
ヘルミナさんとローレライの得意魔法《ディスタンスミュート》が、『ヘルミナの心臓』を通して溢れ出す。一瞬だけ双剣を十字に構えると、すぐにもう一つの宝剣にも共鳴して、《ディスタンスミュート》は乗る。
思いのほか、次元属性とローウェン・アレイスの相性が良い。びっくりだ。いや、そもそも、あの辛気臭い男の『剣術』は、届かないところまで届けと次元を超える剣だったか。
「――つまり、名付けるならっ! アレイス流共鳴剣術《ヘルヴィルシャイン・
憧れの即興命名も真似て、俺は一呼吸の間に双剣を振り抜いた。
「――――っ!?」
「く、くくっ、くーっくっくくく! はーはっはっはは!」
避けられて、距離を取られてしまい、笑う。
ほんの掠り傷だが、いまの攻撃で俺はカナミさんの頬を軽く斬れていた。
その傷は、瞬時に回復した。だが、決して無意味ではないと確信して、その場で俺は高笑いし続ける。
なにせ、斬る瞬間、剣先に硬いものが
感触があった。一見カナミさんの身体は綺麗だが、まだまだ不安定なのは間違いない。上手く斬れば、そこから『
「ファフナー……、君では僕の代わりになれない。たとえセルドラの魔石を奪っても、使えるのは僕だけだ。もう僕以外に、『世界の主』を代行することはできない。『次元の理を盗むもの』の僕だけが、全ての魔石を活用できる」
忠告された。
それは論理的で常識的で、善意の親切心からだろう。しかし、間違っていると、『狭窄』で周りが見えていないカナミさんに教える。
「ああ、
丁寧に説明して、空を仰ぎ、涙を振り切りながら、セルドラさんに向かって力強く同意を求めた。
もう後ろに、あの人の身体は残ってないだろう。
その魔石は、カナミさんの中だろう。
だから、もうセルドラさんはいない――とは、決して思わない。
まだ
まだまだ一緒だ。
いま、ここに一緒にいてくれて、傍で背中を押してくれている気がする。
セルドラさんは、どれだけ苦しくても、辛くても、『魔人』の性に呑み込まれても、今日まで必死に耐え続けて来た人だ。その人が、ちょっと死んだり、魂を奪われたくらいで、簡単に諦めるだろうか? いや、諦めない。
そう俺がセルドラさんとの強い『繋がり』を感じていると、カナミさんの首振りは大きくなる。
そして、俺たち二人ならではの非常にずれた会話が紡がれていく。
「ファフナーは……、君の名前だ。君がファフナーを名乗ったんだ」
「ああ、そうだな。違うぜ、カナミ。セルドラさんもだ。俺たちがファフナーだったんだ」
「だとしても、いまは……いや、どっちにしろ、ただの役名だ。儀式で生まれた『
「ああ、一度俺もファフナーの名前を『なかったこと』かのように忘れた! しかし、すぐに怒られた! ローレライに怒られたんだ! だから、カナミ! お前の友達の名はニールだけじゃなくて、ファフナーだ! もう忘れるものか! 俺はファフナーニールだ!! くくっ、くはは!!」
「そうか……。あの
「おいおい、勝手に自己解決すんな、カナミ。ラグネ様は言ってるぞ。カナミのお兄さんのそういうところが胡散臭いってな! でも、そういうところがすごく格好いいです、カナミさん! 憧れます! だから正直、狂ってるとか、あんたに一番言われたくないんだなぁっ、俺は!!」
「ラグネの遺言でもあるか。だから、君は一人で消えるのでもなく、二人で消えるのでもなく、三人か。あの研究院の三人一緒に、ここまで君は来た」
「そういうことだ!」
会話が酷い。
俺がローレライと話していた時のように、どっちも『自分の世界』の中だけで話をしているからだ。
傍から見れば、会話がおかしく、どこか狂っているかもしれない。
けれど、『血陸』のときと比べれば、遥かに会話は成立していると思う。
どちらも本気で話して、きちんと合っていて、通じている。
おかげで、話すのが楽しかった。
カナミさんの意思と意味を理解して、言葉を投げ合うのが、こんなにも明るいことだと感じるとは思わなかった。
だからか、やっと辿り着いた迷宮の『最深部』が、まるで――
「ははっ、カナミ! 明るい!! それにしても、明るいな! 想像通り、『最下層』はとても綺麗なところだ!!」
「あ、明るい? 『最深部』が?」
そこら中から光を感じる。
命日と誕生日と世界最後の日と結婚記念日が同時に来た朝のように、とても清々しい光だ。ここに来たときからずっと俺は、早朝の海を照らす綺麗な朝焼けを、全身で浴び続けていた。
100層は、石畳と灯篭と海だけではない。
遥か遠くの水平線から、明るい陽が差し込んで、殺風景な景色に暖色を塗りつけてくれていた。
その淡く薄い山吹色は、まだ地上と同じ明るさとは言えない。しかし、少しずつ色を塗られていく海面が反射して煌めく様子は、とても綺麗に感じた。
その俺の感想にカナミさんが首を傾げている。
やはり、この空間の景色は、見る者の心が反映されるようだ。
「清々しい朝が、俺には見えるぜ!? これがラグネ様の――いや、『理を盗むもの』たちの探し続けた明かりか!
だが、まだ明るさは足りない。
俺は右手に握っていた『ヘルミナの心臓』の切っ先を胸部に突き刺した。
その大きな十字架をずぶずぶと入れてから、俺が代行者だった頃と同じ形状の普通の心臓に戻していく。
胸に収まり切った瞬間、その新しい心臓はドクンッと脈打った。
『親和』していた。
ここに来て俺は代行ではなく、『本物』になったことを報告していく。
「どうだ、カナミィ!? 俺も『理を盗むもの』になったぞ! なったんですよ、ヘルミナさん! 振りを続けてたら、とうとう! あなたと同じ『理を盗むもの』になれました! ふふっ、やっとですね!! しかも、それだけじゃねえッ!!」
俺は空いた右手で、側頭部の仮面を取る。
すると俺の戦意に応えて、『闇の理を盗むもの』ティーダの魔石は黒い液体の剣に変形した。
さらに纏った黒鎧が、鮮血の赤鎧に一瞬で色変わりする。
剣の持ち替えによって、黒衣の騎士が鮮血の騎士に変身した。
もちろん、さらにもう一形態。『地の理を盗むもの』ローウェンを用いれば、不壊の水晶の騎士にもなれるだろう。
「ああっ! ここまでの全てが、無駄ではなかった! いや、無駄にはしないんだ!! 千年前、あいつらに積み重ねた勝手な『試練』も、全てが俺の『繋がり』!! ははっ! おかげで、やっと始められる! 俺からの本当の『試練』を! カナミ、始めるぞ!!」
千年前、俺とティーダとローウェンは『三騎士』と呼ばれておきながら、一度も協力したことはなかった。
けれど、ここに来てようやく、まともな連携が出来そうで、嬉しくて、笑いが止まらない。
別に、『三騎士』云々は俺にとって大きな『未練』ではない。
けれど、最後の最後に、この小さな心残りが解消されていくのは、小気味良かった。千年前の俺たちは協力さえすれば敵なしだったことを、いま、この物語の終わりに証明しよう。
手始めとして、まず黒剣の切っ先を突きつける。
すると、カナミの足元から青白い手が生えた。
実体はない。
種別にすれば、精神干渉系の能力。
その『血の怪異』に、俺は『闇の理を盗むもの』の力を上乗せして、呼ぶ。
青白い手一つ一つが、世界の理をも侵食する独自のルールを持っている。
それをカナミさんは知っているから、大きく一歩後退った。
「これは……!? あのときの!」
「ゴースト混じりの『魔人』は、各地で言い伝えられた願いや想いに、形を与える能力を持つ。それはまず、各地で噂される『怪異』。例えば――千年前、我が故郷ファニアの街に広がった噂。その『
その後退った先の地面に、俺は指揮棒のように黒剣の切っ先を向けた。
すると、どこからともなく首吊り用の縄が現れて、カナミさんの右足を引っ掛けた。
そのまま、カナミさんの身体は逆さ吊りにされかけるが、すぐに対応される。
「焼き切れ、《フレイム》!」
「だが、多くの『理』を得たカナミに、もう『血の怪異』は易々と通じないだろう。……仕方ない。この力の本質は、『怪異』を呼ぶことではなかったのだから」
カナミの足から生まれた炎によって、『怪異』の縄は燃やされ消えた。
それを確認して、もうこれ以上の『血の怪異』は呼ばないと決める。
カナミさんに一度見せたものを繰り返し呼ぶのはナンセンス――という理由ではなく、単純に発想が、
もう最後だから、俺は俺の楽しかったことを中心に、どんどん思い出していく。
「
幼き頃、書の上で知り、後に同僚として出会った宝剣。
それを心に思い描き、双剣に乗せて――その場で、振る。
その宝剣と黒剣の二閃は鈍く、演武のようにゆったりとした動きだった。
しかし、俺が狙い澄ましたカナミさんの炎剣と氷剣まで、その二閃は距離など関係なく届き、
「……なっ!? あの二人の炎と氷が!?」
一瞬だが、
すぐさまカナミは魔法で炎と氷を構築し直す。
しかし、蝋燭の火を吹き消すように、あっさりと自分の魔法を絶たれたことをカナミは心底驚いていた。
驚いてくれて、嬉しい。
この力こそ、鮮血魔法を極めたゴーストの『魔人』の真価だ。
俺は「恐れられる『怪異』」の脅威だけでなく、「憧れられる『人』」の強さも身に降ろすことができることを、もっともっとあなたに教えたい。
各地の伝承や逸話を再現する能力は、俺だからこそ最大限に活用できる。
ああ、本当に……。
ここまで、本当に長い道のりだった……。
「ははっ、楽しかったなぁっ!! 千年前も
喜びながら、その魔法を叫んだ。
この100層に血を汲み上げる大地はない。だから、俺は胸の『ヘルミナの心臓』を脈動させて、巡っていく血の中から、歴史を汲み取っていく。
それこそが、血属性の魔法の神髄。
自らの血の『繋がり』を遡り、旅するだけで俺たちは行けるさ。
カナミさんに負けないくらいに、『過去』だって『未来』だって、どこまでもどこまでも――
「…………っ!?」
カナミさんは困惑していた。
予定になかった展開と魔法なのだろう。
ああ、この俺の力は『過去』にも『未来』にもない。『
「カナミィ!! もちろん、俺たちの時代も負けてはいないと、歴史には書かれてあるぞ!? あの千年前の『世界奉還陣』での戦いが、いまの連合国のみんなには、こう伝わっているらしいじゃあないか!? 例えば――魔法《指先一つで雲を割り、海を割る》!!」
俺は宝剣一つを天に掲げて、勢いよく振り下ろした。
すると逸話通りの現象が、100層に刻まれる。
縦に一閃。
それをカナミさんは綺麗に躱した――が、その向こう。水平線まで広がった薄暗い空と海が割れた。
足場が地割れのように砕けて、二つの滝が果てまで無限に続いていく。
そして、その奥に隠れていた朝陽が露出して、帯のような陽射しが扇状に広がって、100層の明るさが増した。
「さらには――魔法《天をも貫く巨木さえも切り裂いた》とも! 伝説の始祖であり聖人であらせられるティアラ様の一閃が伝わっている! まあ、実際は! ローウェンかティティーさんあたりだろうけどもっ!!」
横にも一閃。
これもカナミは綺麗に躱した――が、縦に割れた空が、今度は横に割れる。
俺の剣は空まで届いていないけれども、ぱっくりと世界の果てまで裂けた。
不思議な光景だった。
『怪異』と同じく、物理法則を無視して、まるでそれが自分ルールかのように、伝承通りの現象が起こっていく。
俺は剣で描いた巨大な十字に向かって、祈るように双剣を十字に構えて、呟く。
「強い! この新たな強き力に、俺は名前を付けよう! それが魔法開拓者の醍醐味だからな! ただ最近カナミは、この醍醐味を楽しんでいなさそうだが……。いまさら、恥ずかしがるなよぉ!! くはっ、くはははははっ!! ――魔法《
魔法名をつけることで、さらに体内の血の『繋がり』が濃く感じられる気がした。
そして、その初めて見る魔法を、じっとカナミさんは見つめ出す。
カナミさんらしい。
初見のものを見れば、まず全力で分析して、解析して対策する。
ああ、楽しそうだ……。
そうだ。いつだって新しい魔法は、わくわくして楽しい……。
その楽しさが、俺にもよく分かる。
だから、少しだけ懐かしくなって、さらに身体も口も軽くなる。
「なんだか懐かしいですね、カナミさん! 初めて出会った日も、ファニアの研究院で、こうやって二人で話し合いました! あのとき、俺は何も知らないガキで、あなたは世界を超えた迷子さんで! 互いに互いの知識を教え合っては、見知らぬ遠くの文化に興奮し合った! ……見ての通り、あの日のファニアの血は全て、ネイシャが汲み取って、そのネイシャからローレライに繋がり、ついにローレライと俺は一体となった! ――そうっ、俺こそがファニアとなった!! だから、カナミさんのおかげで『魔人』となって死んだ人たちの声を、ファニアの俺が代弁しましょう! ――いま誰よりも苦しそうな
「…………っ!? ち、違う! それだけは違う! 勝手に!! 都合のいいことを言うな、ファフナー!!」
「いいえ、違いません。みんなと血の繋がった俺には分かります。そして、この繋がれて繋がれて繋がれていく血脈の力をご紹介していくのが、俺からの『第七十の試練』になるでしょう……。どうですか!? 面白そうでしょう!? 俺の話は、今日も楽しそうじゃありませんか!? 話題はたくさん揃えてきましたから、もっともっとお話ししましょうよ! くはっ、はーはははは!!」
俺は笑って、同意を求めた。
しかし、カナミは苦々しい顔で首を振る。
「楽しいものか……。案内の少年、もう昔とは違うんだ。その血の力は、僕たち『異邦人』の被害に遭った人の歴史でもある。僕の耳に聞こえるのは、犠牲となったみんなの
「っはー!! どうして、『理を盗むもの』たちってのは、こうもみんなネガティブなやつばっかなんだ!? 地獄から帰ってきた男として――さらには、あんたの『友人』として、反論させて貰う!! ――魔法《旧暦の終わり、とある少年が亡びかけた国フーズヤーズに現れて、その窮地を救った。国民は声を揃えて、その『異邦人』の少年を『英雄』として讃え始める》!!」
拗らせすぎて面倒臭い男を前に、俺も少し面倒臭くなる。
だから、各時代の噂から、とある人物の力を引き出していった。
俺は旧時代の誰かさんの噂を集めては、その身に降ろしていく。
「――魔法《新暦0年、とある『光神』が南の地のファニアに降臨し、病に伏す人々を救う》!!」
憧れの人の振りは楽しくて、笑って駆け抜けては、双剣を振り抜く。
それをカナミさんは同じ動きで双剣を払って、弾き、防いだ。
「――魔法《新暦3年、とある『始祖』が世界を犯す毒を取り除く術式を、各地で広めて回る》!!」
当然ながら、いま降ろしている『光神』『始祖』とは、カナミさんのこと。
千年前、カナミさんに救われて、感謝して、その活躍を広めようとした人たちがたくさんいた。そして、その人たちはカナミさんから救いの光を見て、言い伝えていった。
俺は相手に休む暇を与えず、『過去』のカナミさんの逸話を掻い摘み、口にしながら降ろし、
「――魔法《新暦1013年、とある『英雄』が『舞闘大会』にて開拓地の人々に、心の明かりを灯す》!!」
「くっ――!」
剣戟は続く。
その『剣術』の出所は同じ
『アレイス家の宝剣ローウェン』を持つ『過去』を全力で生きた絶好調の
有利な剣戟だった。
単純な『剣術』の話だけではない。
カナミさんの生成する・供給される魔力が常に、俺の魔法《アレイスの剣は、魔を絶つ剣》によって削れ続けているからだ。
しかし、剣だけで詰め切ることは難しく、一旦剣戟を止める。
距離を取り、別のとっておきを紡いでいく。
「あなたに救われながら……、私たちと俺たちの年月は巡り回った。そして、ついには旧暦と新暦を越えて、神聖歴! ああっ、しかしっ、なんということだ! まだ『カナミ』は頑張っているぞ! 故郷でもない『異世界』の為に、まだ身を粉にして働くつもりか!? たとえ、その身を神と偽ってでも!? ……くはっ、ははははは。一つも嗤えません。きっと、この未来をティアラ様は読んでいたんでしょうね。だから、『贖罪』として地と血に書き続けて、その『予言』を俺は果たすことができる。その名は――魔法《剣と剣が結ばれるとき、『本当の英雄』が現れる》」
とっておきの魔法。
それは、俺が――この【ファフナーニール・ヘルヴィルシャインローレライ】が、いもしない『本当の英雄』になる魔法。
「カナミさん、この『本当の英雄』に向かって、ずっと人は歩き続けていたんだと俺は思っています。いつか必ず誰かが現れると信じて、どこにもいないと分っていても、必死にずっとずっとずっと……。それは、千年ぽっちの歴史じゃない。人類が生まれたときから憧れてきた共通の
あえて自らの力を説明する。
口にすればするほど、『世界との取引』は濃くなると、子供の頃から学んできたからだ。
ねえ、いまも見ているのでしょう?
『
「例えば、千年前の『フィリオン家』が姿と名を変えて、『ウォーカー家』の兄妹として生き残ったように……。『本当の英雄』も、その姿を『世界の主』『邪神殺しの悪竜』『大いなる救世主』『始祖』『現人神』などに変えては、ここまで必死に生き残ってきた。カナミさん、感じませんか? その全ての
「はぁっ、はぁっ……。『
思えば、これまで多くの反則的な『糸』があった。
見える者は、『白い糸』『赤い糸』『紫の糸』と呼んできた。
感じる者は、それらを
だが、その全てを超える『本物の糸』を、ずっと誰もが持っていた。
その千年前から続く仮説を、いま、ここで証明してあげたい。
「ありますよ。あったから、これから俺は魔法で、みんなの
「最期の、祈り……」
その言葉を聞き、カナミさんは律儀に小休止を入れて、待つ。
こんなときでも礼儀正し過ぎるカナミさんをさらに好きになりながら、俺はたくさんの『糸』を紡ぎ繋げ始める。
千年前からカナミさん自身が繋いできた『理を盗むもの』という憧れの大きな流れに、いま、合わせていく。
この100層という舞台袖まで、満ちるように。
観客席で見ている『
なによりも、この100層の裏側まで、聞こえるように。
地獄にいる最愛の人まで届けと。
この祝辞と遺言を、俺は祈る。
「――
そう読み終えた。
『
それは最年少の後輩らしく、最後で……。
ああ、もうこれで、最期なんだ……。
ただでさえ継ぎ接ぎの死に掛けだった俺の身体が、いま、崩れ始めたのを感じる。
人生の結末が近い。
ただ、だからこそ、俺の
『アレイス家の宝剣ローウェン』を鞘に戻してから、左手を胸に入れる。
カナミさんの『持ち物』のように、その心臓から愛する人に贈った『碑白教の経典』を取り出した。
各実地で学んできた地獄の
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