483.第八十の試練『辺獄』


 『次元の狭間』と呼ばれる場所。

 魂だけが許される空間を、『死後の世界』と俺は認識している。


 生者はいない。

 だからこそ、安心して俺は『本当の悪竜おれ』らしく、本当の魔法・・神殺しの悪竜シン・ファフニール》を成立させた。


 もう俺もカナミも、普通の『人』ではない。

 なので再開する戦いは、荒唐無稽な神話を騙るように〝『本当の悪竜』と『偽りの邪神』は、次元を超えて向かい合う――〟と紡がれていく。


 『次元の狭間』だから、俺は自由に『竜の身体』を――その無限の肉塊を動かせた。

 『竜の視界』で捉えていたカナミは余りに隙だらけで、『竜の顎』を大きく開けて、飛びついた。

 単純な噛み付きではない。《神殺しの悪竜シン・ファフニール》のおかげで、例の『神殺し』の理の宿った噛み付きとなる。


 『竜の牙』が噛み合わされて、『竜の舌』の上に生温かくて美味しいものが乗る――と同時に、『半魔法の左腕』を失ったカナミが、遙か彼方の果てまで移動しているのを捉えた。


 理によって、確かに俺は『神』をあぎとで捕らえたはずだった。

 すぐに俺は『竜の鉤爪』で、無の空間を地面に見立てて、掴み、蹴った。

 世界の果てまで逃げようとするカナミに向かって、飛んでいく。


 清々しい。

 無限に続く『次元の狭間』を飛ぶのは、解放感で心が打ち震えて、止まらない。


 本当に広い。

 新たな80層は『本当の悪竜』となった俺にとって、とても丁度良く、居心地が良かった。

 そして、懐かしい。


 飛びながら、俺は呑気に思い出していた。

 それは千年前、従姉たちと読み継いだ物語ねがい

 故郷に伝わる荒唐無稽な神話を再現するかのように、俺とカナミの戦いは――


〝腕を噛み千切られた『偽りの邪神』は、地獄を突き進もうとする『神殺しの悪竜』を憐れんだ〟

〝そして、いつの間にか元通りとなった腕には、アレイスの剣が握られていた〟

〝もう他に、この憐れな竜を救う術はない〟

〝その白刃が煌めき、世界の果てまで続く『竜の前脚』が瞬く間に斬られた〟

〝しかし、次の瞬く間には血の霧が満ち溢れて、『竜の前脚』は斬られる前よりも肥大化していく〟


 ――と紡がれていく。


 おそらく、向こうも似た視点だろう。

 その『竜の視点』ならぬ『神の視点』で、本を読むように〝まさしく荒唐無稽な神話のように――〟と観測しているはずだ。


 いま、完全に合っていた。


 この紡がれる神話のような戦いを、互いに認識して、やっと見つめ合っている・・・・・・・・


 嬉しいことだ。

 ただ、カナミと完全に合っているからこそ、戦いが遠い出来事のようにも感じ始める。

 例えば、〝『本当の悪竜』の全てを崩す『竜の吐息』が、『偽りの邪神』の身体を襲った。しかし、神の紡ぐ魔法によって、届くことは決してない――〟と戦いが白熱しても、まるで白い紙にインクを垂らして書いたかのように、薄く・・感じる。


 ――この薄さが、ずっとカナミの視ていた『カナミの世界』。


 カナミと同じ次元の視界は、異常に遠く希薄で、ぺらぺらとしていた。

 だから、そのぺらぺらな頁を、俺は容赦なく『竜の鉤爪』で、掴む・・


 両の『竜の鉤爪』で、次の頁の〝『偽りの邪神』は一旦距離を取った。無限の巨体の『本当の悪竜』でも届かない果てまで、永遠に移動し続ければ、いかなる生物も神を捕えることは決してできない〟を強く引っ張った。


 すると、とても軽い音を立てて、その頁は二つに破れる。

 その二つを俺は、都合よく〝『偽りの邪神』は一旦距離を取った。無限の巨体の『本当の悪竜』でも届かない果てまで、永遠に移動し続け〟〝ることは決してできない〟と繋ぎ合わせてみる。

 すると、その新たな頁通りに、カナミは逃げられなくなる未来が訪れるのだから、本当に薄っぺらい次元だ。


 正直、こうやって次元の壁を越えて、カナミの『執筆』に対抗するのは慣れてきた。少し飽き始めてるくらいだ。

 その俺の表情を読み取ったのか、カナミは逃げるのを諦めて、苦虫を噛み潰したかのような顔を向ける。

 理由を察して、俺は戦うのを一旦中断した。


 その間も、視線は合い続けている。

 単純に『竜の瞳』と『神の瞳』が合っているという意味だけではない。

 大事なのは、いま、俺たちは対等に――


(どうだ、カナミ。俺の本当の『魔法』は強いか?)

「駄目だ、セルドラ。強すぎるんだ、それは……」


 対等に、話した。


 もうどちらも、まともな生物ではなく、そのサイズ差は甚だしく、常識的な空間や時間も機能していない。しかし、過去最高に話が通じている。


 俺は舌に乗っているカナミの『半魔法の左腕』を味わいながら、話を続ける。


(くははっ。流石に、『半魔法これ』はまだ新鮮で美味いな。もう一本、その変な腕を喰わせてもらいたいが……、そのときにはもうこの味に飽きてて、絶望するんだろうな。それが分かるのが、絶望的につまらねえぜ)

飽きそれがわかってるなら、すぐに吐き出すんだ……」


 珍しく、カナミは少し怒っていた。

 片腕だけでも『半魔法化』した部位を食らって、糧としていく俺に危険を感じたのだろう。

 その視線には、明確な敵意が乗っていた。


 やっと俺を対等な敵として、見てくれている。

 嬉しくて、『竜の頬』が綻ぶ。


 しかし、まだだ。

 もっとだ。もっともっと食らおう。


(吐き返すかよ、馬鹿が。おまえの神の力は、この俺が全部貰うぜ。……他の誰かじゃない。たとえ生き地獄だろうと、俺がやると決めた)

「だから、どうして……? ずっとセルドラは泣いてるじゃないか。なのに、どうして、そこまで……」


 太陽のような『竜の瞳』に向かって、カナミは真っすぐ聞く。

 ずっと繰り返される「どうして」に、もう俺が隠す本心ものは一つもない。


(スノウがな……。俺も一緒にって誘いやがったんだ。グレンとファフナーも、俺を信じて託しやがった。他にもたくさんたくさん、俺が殺して食らってきたみんなのおかげだ)

「違う! それはもう読んでいる! 他の誰かの話じゃない! セルドラ自身の気持ちを聞いてるんだ!!」


 『紫の糸』が切れたからだろう。

 カナミは分からなくなった俺の精神状態を、深く心配してくれていた。


 本当に優しいやつだ。

 ただ、その問いに俺は少し呆れている。

 まだ分からないのかと嘆息しながら、その質問に答えていく。


(それは……、おまえが大切な『友人』だからだ。恥ずかしい話だが、俺にとって『理を盗むもの』たちは北も南も関係なく、みんな大事な仲間だと勝手に思っていた。その『友人おまえ』の辛そうな姿を俺は見たくねえ。――『悪竜』のさがを超えて、『幸せ』になって欲しいと、ずっと俺は願ってた。たとえ俺が地獄に落ちても、おまえに生きて、笑っていて欲しい。それが理由じゃあ、駄目か?)

「…………っ!! …………」


 俺の本心を聞いたカナミは、言い返そうと口を開けて――全てが自分に返ってくると分かったようで、すぐに口を閉じた。


 そして、カナミは泣きそうな顔になる。

 種は違えども俺と全く同じ顔で、その質問に答え返していく。


「本当に駄目なんだ、セルドラ……。そんなことしても、全部無駄だ……。だって、もう僕は救われても、『幸せ』になれない。君が気づかせてくれたことだ。僕に必要なのは、この世で『ラスティアラ』一人だけだった! もう『僕の世界』の『幸せ』は、『ラスティアラ』を求め続けることしかない! ……どうか、分かって欲しい。だからこそ、この『世界の主』という『最悪』な仕事は、僕みたいな欠陥品やつが理想なんだ」

(だろうな……。俺やノイよりも、おまえのほうが向いてるのは分かるぜ)


 例の『魔法』構築を中断させて。

 カナミの全神経を俺に集中させて。

 やっと、まともに。


 ――対等な『友人』として、俺は相川渦波と話せていた。


 そして、カナミは話しながら涙を流し始める。

 どうやら、俺と同じ気持ちになってくれているようだ。

 分かっていたことだが、ここまでの俺の気持ち全てがカナミの鏡写し――


「ああ、僕が一番向いてる! それが分かってるなら、もうこんなのは止めにしよう……。僕はセルドラが苦しむのを、一秒たりとも見たくない。他の『理を盗むものみんな』の分まで、君には一杯『幸せ』になって欲しいんだ……! みんなの分まで、もっともっと、ずっとずっと笑っていて欲しい!!」

(みんなの分まで、俺はやる。ただ、それは笑うことじゃない)

「僕はみんなに、もっとたくさん笑って欲しかった……。みんな揃って『幸せ』に生きている未来だって、あったはずだった……。なのに僕のせいで、みんな死んでしまった。僕が故郷で、『呪い』を得なければ! あの始まりの日、僕が諦めることなく『魔法』を構築し続けていれば! あと少し僕が頑張っていれば、こうはならなかった!!」

(…………。そうだな。俺も、そう思ってる)

「この罪悪感は、みんなを『幸せ』にし続けることでしか誤魔化せない!! セルドラ、分かるだろう!? 僕たちには、失敗を贖罪する義務がある!! 義務を果たす強さもある!! いま、ここで対等に対面しているセルドラだから、全部分かるはずだ!!」


 そのカナミの一方的な叫びは、本当にそっくりだった。

 だから、俺は鏡に向かって、『竜の首』をもたげて、否定する。


(分かるぜ。だからこそ、俺とおまえなら、俺のほうがずっと『最悪』だってことも分かる……。カナミ、『世界の主』は俺に譲れ。俺におまえを救わせてくれ)


 俺は『竜の前脚』を差し伸べて、その『竜の顎』を大きく開いた。

 その義務を果たすための神の力を貪り尽くす準備は、《神殺しの悪竜シン・ファフニール》で万端だった。


 ただ、カナミは涙と笑顔を浮かべて、否定し返す。


「は、ははは……。悪いけど、セルドラ。どれだけ僕を「救いたい」と願っても、僕が「救われたい」と願うことはないよ。救うのは、こっちからだけだ。僕がみんなを救い続ける。それが『ラスティアラ』の愛してくれた主人公ぼくで……、『相川渦波』に残された最後の機能になる……。大丈夫・・・、何も心配は要らない。みんなの『幸せ』が僕の『幸せ』だよ」


 『ラスティアラ』という単語が出た途端、カナミの焦点は合わなくなる。


 狂っている……とは思わない。

 ただ、全く大丈夫じゃない空笑いも含めて、俺以上に精神が限界なのはよく確認できた。


 そのカナミの姿に、俺は共感と仲間意識しかなくて。

 ぽつぽつと。俺とカナミは対等に、本音を話していく。


(はあ……。ほんっと、『理を盗むもの』ってのは面倒くせえ……。話を合わすだけでもクッソ面倒くせえのに、ここから「救いたい」と「救われたい」を一致させる? やる気が全くしねえぜ……)

「……面倒臭いは、こっちのセリフだよ。面倒臭さについてだけは、セルドラに言われたくない」

(そうだな……。けど、いまの俺はちっとも面倒臭くねえだろ? 俺のルールは、もう捕食のみだ。敵を殺して、食らって、奪う。千年前から続く伝統的なルールに従うだけになった)

「で、伝統的? ティーダやファフナーみたいな自分ルールを、勝手に……」

(へえ、ファフナーはともかく、ティーダも言ってたのか? でも、そうだな。結局は、その押し付け合いなんだろ。誰かと争うってのは)

「ただ、どんなルールでも僕が負けることはないよ。……今日まで戦ってきた強敵たちみんなからたくさん託されてきた僕に、勝てる存在はもういない。いないんだ」

(いいや、カナミ。託されたのはおまえだけじゃなかったぜ。俺もだった。……だから、比べ合おう。どちらが全てを託されるのに相応しいかを、いま、ここで)

「……分かってる。もうそれから『逃避にげ』られそうにない。僕はセルドラ・クイーンフィリオンからの挑戦を受けるよ。『決闘』して、決めよう」

(助かる、カナミ。ここまで、ほんと長かったぜ……)


 本当に長かった。

 『人』の範囲から抜け出た『本当の悪竜』になり、こんな荒唐無稽な状況まで陥って、ようやく普通に誰かと談笑できた気がする。


 そして、ついに俺の望む『決闘』に、カナミは同意してくれた。

 視線が合い、次元が合い、ルールが合った。

 尋常に勝負するべく、俺たちは――


「かかって来い、セルドラ。――『本当の悪竜』退治をしよう」

(やってみろ、カナミ。――この時の為に、俺は生まれてきた)


 『決闘』開始の瞬間も合わせた。

 さらに発動する攻撃魔法も、同時。


「――《トルシオン・フィールド》」

(――《ヴィブレーション・フィールド》)


 どちらも本気で。

 敵への信頼と敬意をもって、初手で存在を消滅させる魔法攻撃を――『次元の狭間』を対象とした最大範囲フィールドで使用した。


 先に展開されたのは、カナミの魔法。

 カナミの小さな身体を中心に、巨大な渦が発生した。

 ただ、『竜』となった俺にとって巨大ということは、『人』の範囲を超えた規模ということ。その神懸かって無限大な渦に流れるのは、水でも空気でもない。『紫の糸』の流動する渦だった。


 一瞬で、その渦は『竜の視界』を埋め尽くした。

 おそらく、100層おとなり地上うえにある次元も含めて、どこまでも大きな流れ・・を作っているのだろう。


 その迸る紫の魔力の粒子は、どれも星々のように煌めいていた。

 『次元の狭間』の暗さも相まって、渦巻く銀河のように美しい。

 その星の魔力の粒子ほしのすなが、ぐるぐると――ただ、中に呑み込まれた俺にとっては、神の繭のときのように濁流でしかなかった。


 少し遅れてだが俺は、させるかと魔法を展開していく。

 自らの大きな体を中心に、本気の『竜の咆哮』を発生させた。


 水面を伝搬する波紋のように、『次元の狭間』を波打たせて、この魔法の銀河を中から搔き乱していく。

 先ほどの星の魔力の粒子ほしのすなが、炭酸水の気泡のように破裂し始めた。

 『次元の狭間』の空間が波打って歪んでは、偶に亀裂が入りもする。


 《トルシオン・フィールド》と《ヴィブレーション・フィールド》がぶつかり合う中、すぐにカナミは続きを紡ぎ出す。


〝――魔法《トルシオン》は万物を捩じらせる魔法の花。しかし、セルドラの精神と肉体を捩じるには、まだ足りないだろう。ゆえに、この味気ない空間に、まずは咲き乱れさせよう――〟


 瞬く間に。

 紫の花畑が、万華鏡を覗いたように、あらゆる方角にあらゆる角度で広がった。


 魔法の銀河の中で《トルシオン》の花々が、靡く水草のように揺れる。

 綺麗な光景だが、その花の一輪一輪が『竜』のサイズに合わされている。

 花弁一つだけで、一つの世界を終わらせる歪みが秘められていた。


 ――その全てが、一斉に散る。


 魔法の花吹雪が乱れ流れる。

 触れるだけで魂さえ歪ませる凶悪な《トルシオン》が――あらゆる方角からあらゆる角度で、俺に襲ってきた。


 すぐさま、『竜の翼』を羽ばたかせて、『竜の風』を巻き起こした。

 こちらの身体に触れさせまいと、周囲に魔法の大嵐を生んだ。

 その風で、花吹雪を全て巻き取っていく。

 さらに、胃袋で消化するように全て粉々にしてやろうと――する前に、カナミの次の『執筆』は奔る。


〝――セルドラの風に絡み取られると、分かっていた。ゆえに、その花吹雪には続きの術式がある。それは千年前のティアラの作った万を超える基礎魔法たち。さらに千年の歴史が発展させた応用魔法も含めて、全て。まずは『竜』の弱点を、『人』の歴史を以って検証しよう――〟


 『竜の風』に巻き取られたはずの花弁たちが、輪郭を崩して、別の魔法に転じた。

 読まれたとおりに、全てが攻撃魔法であり、別種の魔法。


 多様な属性魔法たちが全て暴走して、次々と破裂し始める。

 紫に偏った万華鏡に、無限の色彩が足された。

 慌てて俺は『竜の顎』を開いて、その極彩色の星々を食べ尽くそうとするが、カナミは次を『執筆』する。


〝――糧にはさせない。食らい、消化される前に、全ての魔法は火花となって、消える。そして、その新たに広がった七色の花園は、最高の魔法を作り出す肥沃な土壌となるだろう。いまの計測結果を元に、ドラゴンの最も苦手とする魔法が育ち、生まれる――〟


(…………っ!!)


 『決闘』が続く。

 しかし、またぺらぺらと。

 本の〝頁〟のように、俺たちの戦いは薄くなっていくのを感じる。


 こちらの形勢が圧倒的に悪くなっているというわけではない。しかし、次元を超えるほどに戦いが過熱すればするほど、薄く、遠く、軽く――

 まるで人差し指一つで本を捲っているかのような感覚だった。


 そして、戦っているカナミから視線も感じる。


 その漆黒の瞳が、俺に敗北の未来を悟らせようと訴えていた。

 どんなに俺というドラゴンが大きく、強く、恐ろしくなろうとも、完成された『星の理を盗むものアイカワカナミ』と向かい合えば、例外なく〝頁〟の中。


 『決闘』を宣言して、本気で向かい合ったからこそ、より薄くなるのは当たり前のこと。

 紙の上に滲んだインクの染みとして、セルドラ・クイーンフィリオンは『本当の悪竜退治』の物語に収められるのみ。

 神の支配というルールの押し付けに抗うことは、誰にもできない――


(……まあ、だろうな)


 間もなく、俺はカナミに負けるだろう。

 ここまで飛翔んでも、また俺は失敗する。


 最初から予感していたことだった。

 だから、ずっと俺は怯えて竦んでいた。


 そして、その敗因は、他でもない俺の本当の『魔法』となる。

 《神殺しの悪竜シン・ファフニール》は間違いなく、神殺しに特化している魔法だ。

 敵が天上にいる全知全能の神相手ならば、必ず俺は最後に勝てることだろう。


 しかし、違った。

 カナミと目と目を合わせて、談笑して、ずっとあった予感は確信に変わった。


 カナミの『神』の如き姿は、ただの『表皮かわ』だ。

 その奥にある『中身』は、必死に藻掻き、苦しんでいる少年こども

 『偽りの邪神』の名の通りに、ただ不相応な役割を演技しているだけ。


 だから、ずっと天上どころか、カナミは地獄を這いずり回っている。

 全知ではない。いまも慎重に、最善を求め続けている。

 全能ではない。いつも必死に、全力を振り絞っている。 

 そのカナミの『中身』を読み取れば読み取るほど、俺の《神殺しの悪竜シン・ファフニール》の力が、揺らぐ。


 そして、その時間をかければかけるほど有利になる特性をカナミは駆使して、油断なく俺の弱点を探り続けたあと、ついに――


「――は、ははは。セルドラ、やっと終わったよ。ここまでのセルドラの力を分析して、その『竜』の力を確実に殺す魔法が出来た」


 そう嬉しそうに話すカナミの手には、いつの間にか『アレイス家の宝剣ローウェン』が握られていて、足元からは大量の黒紫色の煙が溢れ出ていた。


 おそらく、次元魔法《ブラックシフト》のもや

 ただ、以前に見たときとは、色と出来が違う。


 その黒紫の靄を、カナミは剣の刀身に纏わせていく。

 小さなカナミよりもさらに小さく、細く、短い剣だ。

 だが、そのアレイスの剣は『竜』の大きさや硬さなど関係なく、次元を超えると俺は知っている。

 さらには、俺が『神殺し』を攻撃に乗せたように、その剣には『竜殺し』が乗るのだろう。


 カナミは魔剣を手にして、ゆっくりと上段に構えた。


「ありがとう、セルドラ。君のおかげで、マリアに研いで貰った魔法が、さらに研ぎ澄まされた。この『過去』さえも斬るつるぎで、これから僕は『本当の悪竜セルドラ・クイーンフィリオン』を殺す。――生まれ直そう・・・・・・フィリオンさん・・・・・・・


 カナミは完全に勝利を確信した様子で、『夢』の中での俺の名を呼んだ。


 敗北を完全に悟る。

 カナミは大事な『魔法』構築を中断して、たっぷりと時間をかけ、次元魔法使いの特性を活かし切り、必死に俺の弱点を探り続け、100パーセント勝てる瞬間まで忍耐強く待った。


 その判断は恐ろしく慎重で、戦っていた俺からすると完敗で――けど、それはいつものカナミの戦い方であり、その弱さの証明でもあり――やはり、カナミは『神』から遠い存在だと再確認できたことで――弱まっていく《神殺しの悪竜シン・ファフニール》が、『友人』としては嬉しくて。


 ――つまり、俺が戦っている相手はトラウマの『神』ではなく、千年来の『友人』。


 たとえ敗北が決まっていても、『逃避にげ』る理由は一つもない。


(カナミ、まだ『決闘』は終わってない……。ぐだぐだ言わずに、やってみろ。『なかったこと』になんて楽な道へ『逃避にげ』るやつに、俺たちは負けねえ)


 負けるからこそ、その『なかったこと』にする力だけは認められない。


 みんなのおかげで強くなった力で、そのみんなとの思い出をカナミは『なかったこと』にしようとしている。その明らかに『矛盾』している手抜きだけは、必ず食い殺してやる。


 そう誓う俺に、カナミは『詠唱』を以て返答する。


「……無駄だ、セルドラ。これで全ての戦いは『なかったこと』になる。いや、『なかったことにする』『なかったことにする』『絶対に・・・全て・・、なかったことにしてやる』! ――《ブラックシフト・オーバーライト・ライフ》!!」


 ノイから受け継いだ《ブラックシフト》に、カナミは人生ライフという言葉を足した。


 そして、一振り。

 その『半魔法の腕』で、黒紫の魔剣を振り下ろした。

 それはアレイスの剣であり、カナミの魔法――


 あらゆる次元を超えて、魔剣は全て・・を斬った。

 一瞬で、黒紫の靄によって『竜の視界』が塗り潰されていく。


 剣というよりは、筆のように。

 黒紫の靄が『次元の狭間』を――『現在いま』だけでなく『過去』も対象として、あらゆるものを『なかったこと』にし始める。


 それはノイのように隠したい人生の過去をくろで塗り潰して、ただ見えなくする妨害魔法じゃない。

 本当の意味で『なかったこと』にするもや


 その上で、先ほどの神の繭の中で見た『夢』のように、俺の人生を即興で上書きしようとしてくる。

 その新たな神の繭に――いや、『弱い人の塗り潰し』に閉じ込められて、俺は抜け出せなくなる。


 『竜の視界』は一面、もやのみ。

 進化したはずの『適応』が鈍い。

 おそらく、俺が攻撃されていないからだろう。


 《ブラックシフト・オーバーライト・ライフ》の対象は、時間だ。


 俺の生きた時間そのものに、『改編』を仕掛けているだけ。

 ただただ、黒紫のもやは俺の人生を優しく包み、埋め尽くしていくだけ。

 ここまで俺が食らってきたものを全て、癒すように吐き出させていくだけ。


 どんな攻撃ものも食らう『竜』対策として、理想的だった。


 ――つまりは、魔法《神殺しの悪竜シン・ファフニール》は結局、カナミ相手に全く特効でも弱点でもなく。

 むしろ、特効で弱点だったのは、俺相手に使う魔法《ブラックシフト》のほうだったということで――


 その致命的な相性と運の悪さが、『決闘』を終わりに導いていく。


(ああっ、■■■――!!)


 俺は悪態をつく。だが、その声は、すぐさま■で塗り潰された。

 それだけではない。その上で(ああっ、〝良かった〟――!!)と上書きされていくのを、『竜の視点』で読めていた。


 さらには、ここまでの神話的な戦いさえも、■で『なかったこと』にされていくのも感じて、俺は強く抗う。

 黒紫の■■■くらやみの中で、俺は『竜の咆哮』をあげる。


(ぁあ■っ、っがああぁあ■■あアアアアア■■■アア――!!)

「セルドラ……、いい本気だった。けど、神殺しのドラゴンなんて、いつかは『人』に討たれるのがお約束だ。もう諦めよう。僕と一緒に」


 塗り潰された■のどこからか、俺みたいなことをカナミが言う。


 ただ、その返答は、もうスノウがしている。

 敗北するからどうした。負けるからって、諦める理由にはならない。

 たとえ戻れなくなっても、勇気を出して、何度も立ち上がるしかな■――


(■■ア■■■アア■■ッ!! ■■■■■■■■■ッッ――!!)

「もう何も考えなくていい。十分に頑張った。だから、もうセルドラは赦されていいんだ――」


 その返答も、すでにグレンがしている。

 それでも、俺たちは頑張り続けるしかない。


 どれだけ苦しい道でも、死ぬまで生きて、死んでも諦■てはいけ■■――


(■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ――!! ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッッッ――!!!!)


 ずっと大切な『黒い糸』を通じて、背中を押され続けている。

 だから、塗り潰されながらも俺は、全力で『竜の顎』を開いた。


 ――負けながら、食らってやる。


 まだ《神殺しの悪竜シン・ファフニール》は続いている。

 相性と運が『最悪』だろうが関係ない。そんなの最初から知っていたことだ。


 たとえ相手が『神』でなくとも、それが神を騙る力ならば貪り尽くせ。

 狙いは、ずっとカナミの持つ不相応な『神』の如き力のみ。


 『適応』だって残っている。

 故郷の『里の一幼竜セルドラゴン』たちで作った『呪い』が、カナミの手抜きの魔法に劣るはずがない。

 全ては、このと■の為にあっ■と信じ■――


 必ず、『適応』できる。


 もし俺の身体が攻撃を食らっていないのならば、自ら食らいに行け・・・・・・・・ばいいだけ・・・・

 それ■『竜』の最大の攻撃。

 いまの俺ならば、恐ろしき黒紫の靄だろうと、『逃避にげ』ずに浴びに行ける。

 食らいに行く『最悪』の道だって選べる。

 みんなの■かげだ。この■を、自ら食らって食らって食らって、慣■ろ――!

 相手が『神』であろ■がなかろ■が、関係■かっ■。 

 『弱い人』も『強い人』も、関係な■っ■。

 もう好き嫌いも無い。この■を自ら浴びて、食らえ。■■■■■■■■■と、■■■■■■■■■■■から逃げずに、自ら食らい、『適応』しろ。その■に『適応』し■。自ら■を■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■浴■て■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■『■■』■ろ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■『■■』し■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■『■■』■ろ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■『適■』■■■■■■■■■■■■『■■』■■■■■『■応』■■■■■■『■』■ろ『■■』しろ■■■■■■■■『適■』■■『■■』し■『適■』しろ。『■■』しろ■■■■■■■、『■応』■ろ、『■■』しろ。『■■』■■『■■』■ろ『■■』し『適■』■■『■応』■■『■■』■■『■■』■ろ『適■』しろ『■■』■■『■■』■ろ『■■』し『適■』■■『■応』■■『■■』■■『■■』■ろ『■応』しろ『適応』■ろ『■■』■■『■■』■ろ『■■』し『適■』■■『■応』■■『■■』■■『■■』■ろ『適応』■■『適応』しろ『適■』しろ『■■』しろ『適応』■ろ『■■』し■『適■』■■『■応』■■『適応』■■『適■』しろ『適■』しろ『■■』しろ『■■』し■『適■』して『■応』しろ『適応』■■『適■』しろ『■■』しろ『適応』■ろ『■■』し『適■』して『■応』しろ『適応』■■『適応』しろ『適■』しろ『■■』しろ『適応』■ろ『■■』し■『適■』して『■応』しろ『適応』■■『適■』しろ『■■』しろ『適応』■ろ『■■』し『適■』して『■応』しろ『適応』■■『適応』しろ『適■』しろ『■■』しろ『適応』■ろ『■■』し■『適■』しろ『■応』し続けろ。

 この神を騙る力に食い飽きても、貪り続けろ――


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